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ハウル・アンセスター  作者: ありき かい
第一章  真実
42/57

18.8


 深呼吸する代わりに、ロレインはカクテルをゆっくりと傾けた。

 流れるような動作の中で、ぎらりとした目つきが目立っている。

 寒気を覚えるもの、とでも表現するのが妥当だろうか。

 だが、私はそうじゃないと感じた。彼女は言葉にずっとできない何かを抱えていた。それを吐き出そうとしているから、そういう目つきになっているのだと感じた。



「あたしは一族の中で、現在生存しているって意味で、その中で最弱なの」


 身に着けているアクセサリー類、ピアスやブレスレットに時計や指輪があればロレインは間違いなく弄っていたと思う。

 そういった類はないから、彼女は置いたグラスの位置をずらしたり戻したりを繰り返していた。そんな彼女を見たのははじめてだった。

 いつも自分の進む先と来た道、誰かが遺した日々を取り出しては今に役立ているとこしか見たことがない。

 その彼女しか知らない、だけなんだと痛感する。



「どちらかって言うと魔女の力が強くは出ている。それでも、ヒトに近い。物覚えは良い方だし、カバーしていくことも可能なんだけど、一言でまとめるとあまり名誉なことじゃないの」



 もうグラスを弄ぶことに飽きたのか、不安を隠そうとするよりも吐露してすっきりする方が一番だと感じたのか。

 ゆったりとソファに身を預けた。

 いつも見慣れているロレインがそこには居る。ただ、纏う雰囲気はひどく幼い子どもで、心細さを必死に隠そうとしている。



「術を操ることも結構早い段階から覚えて、アカデミーの中でも上位だったの。それこそマニュアル遵守しちゃうような感じ。

 ダイアナは想像できるように、結構個性的だったからよく怒られていたんだけどね。でも、良い術を操るしその場その場で行動もできる子だとも評価されていた。あたしはその評価だけが最下位だった。

 悔しい──そんな気持ちを抱くにはあまりにも力量差が違いすぎたし、なによりも彼女はどんな場所も均してしまえるオーラがあった。ボスの器ね」


 昔を懐かしみ、砂時計が流れるままを楽しむかのようなまなざしをしていた。

 タロウがほんとうに好きだったかはわからないけれど、ロレインのこの顔に引き寄せられたのだろうなと思った。


「でも、ロレインもすごいよ。瞬時に日本人だと判断して、医療事情の知識をフル回転させて、何が必要かだなんてできることじゃない。それをやってのけたのは、すごいからでしょう?」



 語彙が乏しいから正確なことを伝えられない歯がゆさがある。

 ノマッドで応急処置してくれたことの内容確認の説明を受けたときに、人種で一括りされなかったことに驚いた。

 日本の医療がどのような状況で、海外に行く際に必須の予防接種などの知識や総じた体質のことも知っていたことにも。


「あたしの一族は変わり者なのよ? 気になったらどうしようもなく、それに手を付けてしまうの」


「なかなかできることじゃないよ」


「そうかも。今はそういう風に考えることができるけど、一族を束ねる立場の娘がこんなんだなんてがっかりしているって思った時期もあったの。

 だから、リジーに出会って自分を変えられるって自信が持てるようになった。多くの人に囲まれなくても、役割を見つけ出すことも作り出すこともできて、なおかつそこで奮闘すればいいだけだって思えることができたの」


 そこで言葉を切ったロレインに続きを強請るだなんて、無粋すぎる。

 その横顔にはひとつのノートの最後にピリオドを綺麗に収められた晴れ晴れしさがある。




「たとえば、両親とは長期的に一緒に暮らしてこなかったから、コミュニケーション不足だとかを認識できたし。

 ダイアナが居てはじめてロレインが成立するあたしを打破しようと躍起になってる姿を両親はどう説得しようと悩んでいたみたいなの。

 その時──リジ―を紹介した時のあたしは誰の声も聞けそうになかったから、ダイアナでも無理だろうって沈んでたみたい。

 たしかに無理だったんだけどね。かなり怒鳴り合って、喚き散らし合って、リジーが利用していたことが目の前に置かれてはじめて──パチっパチっ! どういうこと? って」



 少し前であれば、家族に繋がる話を地雷だと知らずにしていれば、すぐさまシャットアウトされていたはずだ。

 それがロレインの深いところに繋がる階段室のドアまで案内されていた。むず痒いような、でも嬉しいような気分になる。


「愛からくる冷たさに近いんだね、ダイアナとは」


「ラブ? ラブって言った? 正気?」


「友愛だよ、フレンドシップ。そこまでダイアナを嫌がらなくても──」


「あのわんわんはヘタレなのよ? ケイは知らないかもしれないけど、こわいから大切なものは抱えたくないって抜かして、誰かと親密になるのを避けてきて逆に背中を晒してしまったおバカさんなのよ? ケイと出会ったフランスだって、そのせいで休暇という避難をしていたのよ」



 人生の一コマ。

 ちょっとドアを開けて、脇によけなければ見えなかった景色がある。

 でも、そこには何も変わらない日常でもある。



「あたしはケアすることしか知らないし、自分のことをこうして話すのもダイアナにだって少し抵抗がある。でも──……ありがとう」


 延々としそうなダイアナの話を止めて、ロレインはそう言った。

 それからは何事もなかった顔してリストアップを見せながら説明をしていく。

 正直、展開の速さに瞬きの回数が上がった。




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