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ハウル・アンセスター  作者: ありき かい
第一章  真実
39/57

18.5


「あたしは誰かが家に居ると安らげないのよ」


 キーボードに指を走らせていると背後に静かな怒りを抱えたロレインが経っていた。その顔は真っ白で、口元は強張っている。


「じゃあ、ダイアナのとこに行けばいい」


 ちょっと前だったらこんな風に言うことなんかできなかっただろう。


「ふざけないで。誰かが居るのが嫌って言ったの。聞いてた?」


「うん。でも、退院してしまった私は誰かが居ないとダメってなったんじゃない」


 大きなため息を吐き出すとロレインは私が座っている椅子を自分側に向けさせた。

 そのまなざしは鋭く、容易に触れてしまうとすっぱりと切断されそうなものだった。


「ケイ、あなたがダイアナのところに行けばいいじゃない。それを言ってるの」


 ぽんぽんとお互いの言い分を口にできることが嬉しいと思ってしまう。ただ気がかりなことはある。


「それがさ、返信すらしてくれなくなったんだ」




 リジー・バンクスが独占インタビューを受けた日からちょうど一か月。


 駄々こねを繰り返すことも、よくわからない状態になることもなくて、ロレインは大丈夫だろうと判断した。

 病院に空きがあれば、そのまま収容されていたかもしれないが、そうも言ってられないような状態でもあった。

 物理的な攻撃でもなく、精神的に攻撃されたかもしれない人や人外コミュニティネットワークの誰それが怪我をしただとかが日々発生していた。

 セシル記念病院は専門医療機関としても機能しており、医学的に見て回復している我が儘な元患者を手厚く保護しておく言われはなかった。


 何が起こるのかわからないということはあったから、監視付きのアパートに移動すれば良い。という判断をダイアナたちは下した。

 前に居た部屋から荷物を運び、ついでに私を拾ったドライバーには悪いことをしたとは思っている。その人を説き伏せてロレインの家にまで案内させて、待ち伏せにまで付き合わせたのだから。


 凍てつくようなまなざしで睨まれたドライバーは、人外ではなかったら腰を抜かして、気絶もしていたかもしれない。

 私も少し、心臓が止まりかけたから。



 でも、あの時のロレインの精神状態がどうしても気にかかっていたから行動したまでだった。

 毅然として、リジー・バンクスとの過去の因縁を乗り越えきったと誰しもが思うような態度。

 それは見せかけではないとは思う。ほんとうに乗り越え切ったんだろうけれど、インタビュー映像だけで動揺を隠せない状態を含めて指すのならば。

 ダイアナに見せてしまったならば、それは長年育んだ友情の結果だとは思うし、良いことだろう。

 でも、私は言ってしまえばケアする側とされる側。私的なものだとしても、段差がある。それを超えさせてしまうほどの動揺。



 マイナス同士を向かい合わせてみると反発する。その反動は凄まじいだろう。ケアする側からすれば、下に見られたとか隙を見せたと思ってしまいかねない。


 数学の世界に場所を変えてみると、違った結果になる。


 どちらに転ぼうと、やらないでむざむざと傍観しているだけは嫌だった。

 あの時、テレビ画面を見つめて、壊されていくかもしれないことにも気が付けない彼女をただ見つめているだけなのはもう経験したくない。



「いってらっしゃい。そう声を掛けると魔除けになるんだって。じいちゃんが言ってたよ」


「おかえりなさい。この言葉には、今日も一日よくぞ、無事に帰って来てくださいましたって意味があってね、出掛けに込めた魔除けを解くことと変質してしまわないようにするんだって」


 こんな会話を仕掛けてみても、返って来るのは生返事ばかりだった。

 ロレインのこころの中にはどっしりとリジー・バンクスが居座っているようだった。

 魔除けという単語にすらあまり興味がないのか、私という異物が安らぐはずの家に居座っているからなのか。


 今日、ようやく立ち退きに応じてくれるような手ごたえがある。そう思うのは、ただの思い上がりだろうか。


「ダイアナは、確か……そうね、共同プロジェクトだかのマネージャー兼任になったのよ」


 歯切れ悪く、知っている情報を隠そうとしている彼女の表情は感情を窺えない。とっさに隠すことに慣れているはずなのに、それができないのは少しだけ新しい側面を発見したような気分だった。

 ちょっと前だったら、ダイアナにも告げられていないことがあるということで、お荷物──それも抱え込まなくて良かったはずの存在だと決めてかかっていじけてしまった。



「ダイアナってほんとうにすごいんだね。ヒーローというか、生まれる前から知っていることを変えなくてはいけない使命みたいなのを持っているようなところがあるし」


「あの子は、それが当たり前だとして生きてきたから」


 ロレインはどこか寂しそうに答えた。

 私が知らないふたりの歴史に触れても良いのか、今はそっとしておくべきか考えあぐねているとつけていた映像配信の広告がCMモードに切り替わっていた。




『誰しもがあるがままの自分で、自らが否定しないでよい生活を送れること。

 誰かに否定をされても自分を見失わないでいい瞬間を多く持つ毎日。

 生まれたときから抑え込まなくて良い人生。

 私たちはそれらすべてを肯定します。

 その支えを約束します。

 ぜひ、“アビリティーズ”へ』



 この一か月で“アビリティーズ”の態度が変わった。そして、世間の見る目も変わった。こんなCMも流すようになったし、どこかで必ず聞くようにもなった。リジー・バンクスの影響だろうか。



「あのさ、このプラチナブロンドの男性。誰かに似ている気がする。アカデミーで見たような気が」


「よくある顔でしょ」


 いつものように私という存在を追い出して、メールチェックを開始した。


 気になって仕方がなかった。

 アカデミーで見た顔に似ているだけではなく、ほんの少しだけ、空気のブレというか人外が纏う違和感が似ている気がする。人では出せない、その空気の種類。


 私がダイアナたちに保護されたのは、この空気を見分けることができるからでもあった。ロレインが検査をするのは、それがどうして私が見分けることができるのかでもあった。



「たぶん、アカデミーだと思うんだよな」


「アカデミーの幹部は、大半が入れ替わった。ケイが会ったやつらは一応は、死亡認定されているわ」


「え? まじ?」


「ええ。このメールチェックが終われば、リストを見せるけど」


「公式でそんなの出してるの?」


「非公式。ダイアナとあたしの弟がすべて手掛けたセキュリティツールを使って見るから、読みやすいってわけじゃないけど」


 そういえば、ぜんぶ英語か。一番の目的は人物画像だからいいか。

 そうしてロレインを待つ間に、映像配信を流し見していると、この一か月でお馴染みになった人物が喋りはじめた。


『こんにちは、ブライアンです』



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