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ハウル・アンセスター  作者: ありき かい
第一章  真実
37/57

17.8


メモリー州 キング郡 郡保安官事務所



 ダイアナは閉ざされた空間の中でモヒニーと対峙していた。


 あれから何度も顔を突き合わせている。

 だというのに、時間ばかりが虚しく消費されていくだけだった。


 こんなことをして何の意味があるのだろうかと感じては消え、自分たち──ダイアナとロレインを筆頭に──は何をしたいのだろうかとすら思い始めていた。


 この部屋がそうさせるのか。

 この部屋に染みついた、数多の質疑応答の歴史がそうさせるのか。

 部屋どころか、保安官事務所としてこの場所が成り立つ前の歴史がそうさせるのか。

 そもそも、祖先たちがこの地に踏み入れたときの想いが染みついているから、ダイアナに訴えかけているのか。


 そんな無数の思考を疲れが引き寄せだした時、モヒニーはずっと閉じていた口を開いた。


「ササキ ケイに会わせて。そうすればターと何をしようとしていたのか。“アビリティーズ”がどう動こうとしていたのか。リジー・バンクスが何を掴んでいて、誰が招かれたのかを教えるから」


 ダイアナの心が全力で牙をむいた。

 何を言っているのか。

 ケイに会わせろだなんてできるわけない。

 リジー・バンクスが誰かの操り人形だなんてどうでもいいことだ。ロレインを傷つけたのは赦せないけれど、すぐに傷をつけようとできるわけではない。

 でも、モヒニーはケイに会わせた途端に行動するだろう。

 もう術を展開させることは不可能だけれど、物理的にはできる。爪を剥がして指を折っていようとこの女は何が何でもやるだろう。


 ダイアナの会わせたくない理由を脇にやったとしても、なぜ会わせないといけないのだろうか。

 目を眇めてモヒニーを見ているだけのダイアナに気が付いたのか、ただ単に焦れたのか、モヒニーは理由を話し出した。


「もちろん、先にひとつかふたつの重要なことを教える。どんな最期だっていい。あんたらの人間盾でも。ただ、きちんと会ってみたいんだ」


 モヒニーは本心からそう思い、それを口にした。


 タウス──タロウが最期に気を変えた理由の何かに、ササキ ケイという存在がある。

 ぼんやりとした印象しかないし、すれ違っていることはわかるのに繋がらない。だから会ってみたい。タウスが生きていた事実を手にして最期を迎えたいから。


 タウスと交わした約束は数えきれないほどある。

 奇想天外なことから、ふたりが確かに恋仲だったものまで。

 でも、ここ何年か前からしていた内容は、命を縮めることばかりだった。


 その中のひとつに、どちらかが先に離脱しても世界に突きつけることは止めないということがある。


 一度すべての種族、それはヒトも含めて魂も本能も心も解放しないと共存の道などないということ。

 解放には起爆剤が必要になる。

 自分たちは小さなそれで、あとは空中に舞う粉や燃えやすいものがあれば良い。起爆剤としての役割にはなる。


 そんな装置を作り出すにはふたりには無理だった。

 ではどうすれば良いのか?

 シンプルにどこかの組織か集団に入り込めばいいだけだ。

 話し合っていたときには、おぼろげでしか“視えない”様々な発火要因の中で一番自分たちが潜り込めたのが“アビリティーズ”だった。

 すでにリジー・バンクスはそこに居た。作りものめいた顔で歓迎された。



 ササキ ケイならば、それ以外にも入り込めるだろう。

 比較的裏表のない人外との共存政策を掲げている日本の作家。

 入り込む表向きの理由やコンタクトは“名家”であるクイーンとシャインがどうにかするだろう。

 危機的状況に陥ればクイーンが駆け付けるだろうし、ササキ ケイのなにかが動いて何とかするだろう。



「それで人質にして逃げようってこと」


 ずっと黙っていたダイアナがようやく口を開いたが、感情を隠しながらも滲み出ていた。そのまま出て行こうとドアノブに手をかけたところで、モヒニーは引き留めるように矢継ぎ早に話し出す。


「リジー・バンクスは政府をバックにつけている。その政府とアカデミーは長年夫婦か兄弟のような関係だったし、いまも変わらない」


 ダイアナは背を向けたままだったが、ドアノブから手を離していた。

 少しだけ安堵の息を吐き出すとモヒニーはずっと言いたかったことを言えると思った。


「ねえ? クイーンは覚えていないだろうけど、あたしは覚えてる。ターとあたしがアカデミーに連れて来られた時にクイーン、あんたが腫れもの扱いなんかせずに接してくれたことを」



 覚えていないだろうことは充分にわかっていた。

 もしかしたらと僅かな期待を持っていたけれど、素振りも話で上がることもなかった。


 ダイアナ・クイーンの頭の中では、変化していく世界で誰もが加害者にも被害者にもなることが多くを占めているのだろう。瞬時に立場が変わってしまうその中で、救済する道を手探りで見つけようとしているのだろう。


 高尚なことだ──モヒニーは薄ら笑いをしてしまう。

 でも何かを手にしている者がしなければできないことでもあると思った。

 ちょっとだけ手にしている者だと簡単に私欲塗れになってしまう。

 モヒニーとタウスのように、“アビリティーズ”や忍び寄る有象無象の影のように。



「悪いわね。わたしはその時々で自分にとっての快適さでしか動いていないから、覚えていない」


 昨日、誰それの服の色を覚えていない、そんな軽いノリで答えたダイアナにモヒニーはなんだかどうでも良くなってしまった。だからと言って、そのまま終わらすつもりもなかった。


「じゃあ──ササキ ケイはいつだって快適さを提供するんだ」


 もっと意地悪なことが浮かんだが、その言葉が出るよりも早く、ササキ ケイの存在を持ち上げるような発言が飛び出ていた。

 少しだけ皮肉な温度がこもっているかもしれないが、仕方ないだろう。


「そうね。ケイは光りや灯りではない。それは断言できる。周りを明るい気分にさせるわけでもない。イライラさせられるし、曖昧なことばかり言うことが多いし。まるでくすぶっている火みたい」


 いつか燃料などを与えたら、また温度を取り戻すかのよう。


 その言葉はダイアナの知らない魂が言ったことだった。

 うっすらとダイアナは知っていた。ケイが幽霊との間にできた子どもだろうとなんだろうとどうでもいいことと一緒で、ただ信じられる理由のひとつだった。


 モヒニーは目を見開いたが、微笑みに変わった。

 その気持ちがなんとなく理解できるからだった。

 なにもササキ ケイに対して理解できるわけではない。

 他人に対してこころを開く理由は言葉が見つからないものだし、短所が多く上げてしまうものだということが理解できるのだ。



 ふたりは静寂の中でそこに居た。

 さまざまな気持ちも感情もなにも、存在しない空間を共有していた。



 針が一周するころに、モヒニーは話し出した。

 知っている情報を出し惜しみすることなく、ダイアナが仕掛けていた術の影響で脳が絞り切れる痛みを感じようとも晒していく。言葉にするのが難しいときは、ダイアナに術で手助けをしてもらい、映像にして見せもした。


 タウスは喜んでくれるだろうと、久しぶりに湧き上がる感情に包まれながら。




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