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ハウル・アンセスター  作者: ありき かい
第一章  真実
35/57

17.


 ダイアナとロレインに語ったことで過去が傍で話しかけている。

 親密でいて、そっけない。


 たしか、制服の問題を解決したときだった。

 似たデザインだからと衣替えのシーズン──夏休みだったはずで、私が祖父との生活で決めた高校では夏服はセーラー服のようなデザインだった──までは着ていた。

 おばさんがしきりに誂えるようにと話してきても、勉強についていくのに必死だとかを言い訳にしていた。


「いっこうに行こうとしないからこれから行くわよ」


 おばさんがぎこちない表情をしていたことを私は良くない方向に捉えていた。


 紙の上では子どもだけれど、年に数回未満でしか会わない人同士の気まずさを年上ゆえに払拭しようとしているのだと。気を遣わせてしまって申し訳ないな、と。


 採寸され、日常生活のあれこれ聞かれて、怪訝に思っているとおばさんは耳打ちしてくれた。


「ここの制服屋さんはね、服の摩耗を気にして何度も買うことがないようにしてくれているのよ。プライベートなことだけど」


 そう言うと支払いのやりとりをするために、受付に向かって行った。

 ほんとうはもっと聞きたかった。

 帰りに聞けば良かったという思いは後からになって湧き出てくる。

 でも、当時はおばさんの時間を消費させてしまった。という思いが勝っていた。



「恵ちゃんは将来どうしたいかとか言っていたかい?」


「なんにでもなれるんだから、わたしたちがどうこう言ってもプレッシャーだけでしかないでしょ。やりたいことができたら助力したらいいのよ」


「そうだけど、気がひけてしまって言い出せないとかないかな?」


「それはあるだろうけど……でも、いまだってそうでしょ? 制服も一緒に行くって引っ張らないと行かないんだから」


「気にしなくていいのに」


「仕方ないわよ。“おばさん”の響きにね、赤の他人に対して言うおばさんと伯母さんに対するものの微妙な揺れ動きが感じられるの。

 この人はほんとうはどういう気持ちで自分の面倒を見てくれてるんだろうって」



 トイレに行った帰り、帰宅したばかりのおじさんと晩酌を用意するおばさんの声が漏れ聞こえてきた。盗み聞きがまるで習慣になってしまった私は、物音を立てないように注意しながらその会話を聞いた。


 そして、思った。

 面倒な子だ、可愛げのない子だと思われているのだと。



「でもね、どういった経緯の子でもわたしはあの子をほっておけない。これが母性なのかもね」


「昔やんちゃしてたくせに、口調も物腰も変えたのは恵ちゃんのおかげ?」


「ん~? おしえない」



 笑い声が満ちる前に与えられたベッドに逃げ込んだ。

 疎外感があったから。

 すべてを悪い方向に考えてしまった。

 そう考える自分自身も怖かった。

 何が怖いのかは説明がつかないままだけれど、疎外感で人はどうにでも変化してしまうということを本能かどこかで知っているからだろう。




「ケイ?」


 指を鳴らしてロレインが私の注意を引いた。入ってきたことすら知らなかった。


「入院しているからその理由のために回診させてちょうだい。ま、好き勝手に弄るとも言うんだけどね」


 ロレインはいたずらっ子の笑みを見せて、体温計を差し込んだ。

 たしかにこれくらいは自分でできる。

 でも、ロレインは必ず自らの手でやる。ちょっとだけ、気まずくなった。


「安心して。あたしにとってケイは研究対象と保護対象でしかないから」


 キリっとした顔もすぐに噴出した笑いで台無しになった。


「ロレイン、ダイアナって過保護だと思うんだけど」


「まあ、狼だからじゃない?」


「狼だからって関係あるの?」


「あるんじゃない? あれ? ヴァンパイアだっけ? ロマンス小説のお得意芸って」


 あれこれ書いたり、診たりして適当なことを言っていたロレインがすべての動きを止めた。

 顔だけをロボットのように点けっぱなしだったテレビに向けると、目を見開いていた。


「リジー」


 その名前だけを聞き取れるぎりぎりの声量で発すると立ち上がって、テレビに引き寄せられるようにして歩いていた。




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