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ハウル・アンセスター  作者: ありき かい
第一章  真実
32/57

16.


フロリダ州 ハイクラスな療養所の一室



「あの投稿主が主犯として政府が掲げたのは構わない。しかし、どうして私たちが死んだことにされ、ここに隔離されているのかが納得いかない。解せない」



 くすんだブロンドの男はベッドの中から静かに感情を吐き散らかした。

 普段の彼には珍しく、言葉がどこか乱暴だった。

 ベッドから三歩の距離に立ち、その男の感情をずっと聞いていたのは、金髪に染髪し、一本でもこぼれないようにシニヨンにしている女性だった。



「聞いているのかね。新たな人物としてリスタートを切るのは構わない。祖先たちはそうして暮らしてきたのだからね。──ただのヒトのように屠られたのがとてもじゃないが耐え」



 最後の言葉を結ぼうとした口元と表情のまま、彼は大きく目を見開いて世界との縁を強制的に切らされた。

 血も体液も一切の水分が身体から失われた男は、干からびており、灰色の皮と骨に少しばかりの頭髪が乗っている状態だった。入院用の着衣がぶかぶかで、それこそミイラに着せているようなものだった。



「純血の魔女に事切れさせられたなら本望でしょう? ニコルス教官」



 男──ニコルスに声をかけた女性は、何の感慨を見せずに部屋を後にした。

 廊下に出ると指を鳴らし、止めていた時間を再び動かしだした。病院特有の静寂の中のざわめきが再開され、漂う匂いも空中を飛び交いだした。




─ ─ ─ 



ヴァージニア州 


 番組速報とテロップをつけていたその情報は、通常の番組からは想像もできない空気をまとっていた。


 司会者である女性目当てでチャンネルを選んでいる視聴者が目にするのは、ハンサムだともてはやされた時代をとうに過ぎてしまった男性だった。


 特ダネ周りを専門にするには、知識も行動力も足りない。

 もてはやされ、空調の利いた室内を味わった過去を忘れられずに業界から足を洗うことができない。こうして手が空いている専門キャスターが居ないときにだけ、駆り出される。


 その彼が今回は活きこんでいた。

 これで専門番組に指名されるかもしれないと。

 簡単に用意された原稿に、ここ最近、駆り出されて得た知識と好奇心から調べたことを発揮するという顔つきだった。

 間を置くタイミング、聞きやすくも情報への驚きを強調させるアクセントを心がけて話し始めた。



『本日未明、不可解なメッセージがワシントンに届いたと発表がありました。

 先日、教育機関を狙ったテロ行為はアカデミーという存在を暴き出すという“アビリティーズ”の行動だとする文章だった模様です。

 そのメッセージの送り主はアカデミーに救われ、充実した環境の中で育ち、そのときの感謝と自身とおなじような子たちへの手を差し伸べたいからと職員にもなった人物によるものでした』


『ブライアン、その送り主は今もそこで働いているの?』


『それがわかっていないようです。政府はそう言い添えていますが、ほんとうは掴んでいるのかもしれません』


『なんとも我が国の政府らしい発言ね』


『暗号化、それも高度に暗号化されたもので、印刷もできなかったそうです』


『初恋とおなじで記憶と思い出だけが頼りなのね』


『近いものがありますね。

 一部の政府職員がスマートフォンで急ぎ撮影していたようです。その幾種類かを精査して、対組織犯罪の専門家や部門責任者、国外の協力者からのアドバイスで発表に至った模様です』




同州 政府、もしくは大学だと思われる建物内の一室



 複数台あるモニターから音声が流れているのは一台だけだった。その音声すらもミュートにし、観ていた男はこめかみを揉んだ。


 ここ最近、仮眠ばかりで視神経が一気に衰えてきたように感じる。

 アカデミー襲撃時に目くらましの術を受けたのが一番の原因かもしれない。

 ただ、術の受け身だけをメインに鍛えてきたからこうして誰よりも動いていられる。

 ベッドに括りつけられるほど、精神を乱している者も、医学的に問題ないのに首から下が動かない者も居る。

 ニコラスは火傷を負ったのだったか、と考えたところで止めた。


「親友の愚行を血で贖ってやらないとは……魂がつかまれる」


「新しいまとめ役には必要なことです。旧いままではこれからを生きられません」


 微かな灯りすらも届かない、遠ざけるかの声が男に応えた。

 その声の持ち主は次々に姿を変えていく。

 老婆から少女、少女からどこにでも居るような若い女性に疲れ切った母親、貧困層に居そうな年齢不詳の女性からセレブリティ特有の年齢不詳へと。



「そうだな。新しい時代になる。だが、変えようとしても変わらないものもある。それだけはわすれてはいけない。心の中の城に閉じ込められてしまうからな」


 男の言葉にぴたりと姿を止めた。

 あどけなさを残した二十歳前後の女性の姿になった。

 それがほんとうの姿なのかはわからない。その姿のまま、彼女は声を立てて笑った。その年頃がよくしているような笑い声。


「政府との長年のプロジェクトで成功したニューホーンの一人だというのに。それも欠陥品だったのに、やさしいんですね」


「私はお前を娘や孫のように思っている。優しさは当然だろう」


「ええ、ええ。よくしてくださいましたとも。ウォルフはまさしく紳士でした。だから、淑女らしくあろうと思います」


 彼女は凍り付いた表情をして、リボルバーに手をやった。

 流れるような動作をしているが、ウォルフと呼ばれた老紳士からはすべての動きが予見していた。それでも彼は何もしないまま膝の骨を撃ち抜かれるのを黙って見ていた。



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