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ハウル・アンセスター  作者: ありき かい
第一章  真実
3/57

2.


 ヨーロッパ 

 フランス

 

 

 当初のスケジュールにフランスも入っていたわけではなかった。 


 資料を集めたり、空想の世界を構築するきっかけになればと北欧メインで決めていた。

寒さの残る春先はリフレッシュにはもってこいだったし、明日に怯えずに今日を終えるのがどんなにすばらしいのかと感動した。

でも、帰国が近づくにつれて違った悩みが出てきた。


 ほんとうに書けるのか? と。


 一点のシミは目に付いてしまって、探さなくても見つけてしまう。

 ちょっと延びても、帰国後の生活で米と水、食パンをトーストして水で流し込むだけの生活だと考えれば自然と行動していた。


 コンビニか飲食店のバイト生活は必ず、私を待っていてくれるだろうし。採用してくれたらの話になるけど。


 そう思うと頭の中ですぐに浮かんだフランスに向かっていた。

 緊張すればするほど、顔に出ないおかげで旅慣れた風情が出ていたのか、適当に選んだ宿でもトラブルもなく拠点にすることができた。

 美術館、宮殿、街並み散策にただぼんやりとカフェで過ごす。

心身に栄養補助剤が染み渡っていく感覚を味わえた。これは比喩であってやましい類のサプリメントなどを摂取したわけではないのであしからず。



 ただ、日本ではインドア派で何十年と過ごしていたから、急に派閥変更するとそれだけダメージが著しい。もう限界とばかりに疲れのピークに達した身体で、ご飯屋さんと思う店に入った。


 その店──「アメルの店」に入ると指で席を指定され、無言の圧力で注文を急かされた。でも、私には優しさに触れた気分だった。

何軒かのカフェでは見えないふりをされたり、指差しで注文して喋れよと目で訴えかけられてキッチンで笑われているような気分になった。被害妄想だと思う。自意識過剰とも言うけど。



 とりあえず、ソーダ水を先に頂いて店内をちらちらと観察していた。

 スポーツ・バー的な役割にもなるのか、大画面のモニタが一番目につく。

 店内にある数々の家具は、いろいろな時代で広く親しまれていたようなものだ。現代では美術館とかにあってもおかしくない。それらに馴染む色にモニタを彩色してあり、目につくのにしっくりくる。店主がどれだけこの店を愛しているのかを感じ取ることもできる。


 気に入った。

 滞在中ずっと通いたいくらいの店内装飾の数々。

 だけれど、どこか奇妙な空気が肌にまとわりついてくる。拒絶されているというわけでもないけれど、そっと押し返されているような感覚。


 よそ者だからだろうなあ、とお行儀よく食べたら今日はお暇させて頂こう。

 そう考えているとモニタから臨時ニュースなのか、それとも電波ジャックなのか画面が切り替わった。さっきまではネイチャーチャンネルのような番組だったはずだ。



『私たちは認めさせねばなりません。歴史のひとつ、ひとつの章の舞台裏で行われた、迫害と根絶へとすすめられた殺戮。心を開いた、ともに歩んできた愛しき友だったはずの──』



「アメル。帰るわ」


 必死に聞き取っていた音声は重なった声に消えた。

 何を話しているのか気になったから、テロップだけでもと座って背伸びをする。店主に声を掛けた女性もよく見えた。

 ブルネットの髪はよく手入れされており、自慢にしていそうな雰囲気だった。

 キリっとした目元に、ブルーなのだけれど不思議な色合いでもあった。それは意志の強さと知性を感じさせて、見る者に従順さを持つことを覚えさせそうだった。でも、生まれもっての哀しみと闘いから生まれた孤独を共存させる雰囲気が瞳からも全身からも覗かせていた。

 姿勢、歩き方、その足運びにも無駄はない。常にリーダーシップを取っていたのかもしれない。


 ざっと三十秒未満、いや、それ以下の間に観察は終わりを告げた。耳がいつのまにかミュートになっていたけれど、再開させた。

 そう、惚れ惚れしていた。


 彼女のような人物を主人公にして物語を書きたいと心底思った。

 どんな物語にしようか。ファンタジー? アクション? 書いたことがないけれど、ミステリ? 


 ぐるぐるとたのしい空想に浸ろうとしたものの、再開した耳に入ってくる音声が気になる言葉たちを拾う。



『──「アビリティーズ」として確約します。虐げられてきた仲間がもう隠れて、怯えて暮らさないように。ただ違うからと言って、ほんとうの弱さを認めようとしない人という愚かな存在の下敷きにならない世界を!』



 唖然としてしまい、持っていたグラスが机という行き止まりに当たらずに地面に向かっていく。

 頭が真っ白になった。


「気をつけなさい」


 さっきまで違う場所、確か入口近くに居たよう気がするのに傍に立ち、静かにグラスを置いたブルネットの女性。驚きから完全に停止してしまった私は彼女がドアを開け、通りを歩く姿を見送ることはできた。


「ありがとう」

 と言葉を返しても聞こえることはない。でも、律儀に口にしていた。




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