14.9
どこか、今までに接してきた同年代のこどもたちや大人たちと違った雰囲気を纏っている。
モヒニーはそう感じ取った。
タウス──タロウの手をしっかりと握った。タウスも何かを察していたのか、きつく握り返してきた。お互いに顔を見合わせて、微かに頷き合った。
「何も心配はいりません。馴染もうだとか、ここを早く飛び出すとかを考えるよりも、もっと実のある探求心を持ってください。そのためにアカデミーを最大限に利用なさってください」
完璧な笑顔を見せて、台本のセリフを何度も言い慣れているおかげで感情の込め方がどこか白々しさを一層増していた。
なにかノルマのようなものでもあって、モヒニーやタウスを無理やり引き離したのだろうと強く思う。
私立の費用がどれだけの額は知らないけれど、なにかが秀でていたわけでも、誰かに目をかけてもらっていたわけでもない。
それにこの世話役を買って出て──この女の一族の者が母親とモヒニーたちをバラバラにさせた──きた理由がわからない。
疑いのまなざしを隠すことなどしなくても良いだろう。
「あなたたちが望むなら、名前も何もかも新しくしてもいいのよ? どう? 素敵な名前に憧れとかある? ふたりとも、ヒトの年齢よりも少しだけ小柄だからそれも変えることができるわ。妖精の利点ね」
吐き気がした。
夏場に冷蔵庫に入れ忘れてしまった牛乳を飲んだ気分がせりあがってくる。
父親からのたったひとつの贈り物。
もう、絶対に逢えない父親。目の前の良く知りもしない人々が、勝手に断罪したのに。
案の定、タウスは感情を爆発させた。
子どもの癇癪、というにはひどい不協和音が出る。傍に居る者はもちろんのこと、半径一キロは確実に耳や頭が痛くなる類の音を発する。脳が割れそうな音とでも言えばいいのかもしれない。
「やめて! 止めて! 早く、その子をなんとかしてちょうだい!!!」
目の前の女が頭を押さえながら、自らの吐しゃ物に塗れながら崩れ落ちていく。
さまざまな大人たちが集合したけれど、タウスの爆発は収まることはない。モヒニーにしても、こんな時の対処法は知らない。放っておくしかないと母親に言われた。
「あんた、うるさいよ! 止め方ぐらいきちんと知ろうとしなきゃ」
ブルネットの少女がそう言って、タウスの口を塞いだ。年下の子どもの扱いに慣れているのか、片手で耳を押さえて、片手はタウスの口をぎゅっと掴んでいる。顔はしかめっ面をしていて、いやいやながらもこの場に居るようだった。その音を聞き続ける方がもっと嫌だったから来ていることはわかった。それ以外の感情はなかった。害意も、それこそ大人に褒められたいという承認欲求に近いものの。それはタウスにもわかったのか、きょとんとしていた。
音は残響があるけれど、止まったようなものだった。そのまま少女は立ち去って行った。名前も知らないまま、どう受け答えをしたらいいのかモヒニーもタウスもわからないままその背を見送った。
その日、ふたりは隔離された。ご飯抜きかと思っていたけれど、サンドウィッチと水が出された。
あの日以降、誰も近づこうとしなかった。
異質な存在が、もっと近寄ってはいけないふたりという立場になった。
妖精がヒトに産ませた子どもは、タブーなのだと知った。
ふたりの歳まで生きてこれたこと、そして隠されてきたことが奇妙だったようだ。
「あんたらにとっては戸惑いや不愉快なことばっかだけど、あんなときにどうすればいいかってのをここで知ったらいいんじゃない? ただ爆発させるでけじゃなくて、ピンポイントでやる方が効果バツグンだし」
ブルネットの少女と意図せずに再会したとき、そう言われた。
不思議とこころの強張りがほどけていくのを感じた。
タウスもそうだったのか、それ以降、癇癪の気が出そうな前兆はあったけれど、完全に爆発させることはなかった。
だけれど、ブルネットの少女とは親しくなることはなかった。
会えばあいさつはしてくれたし、手を振ってくれたけれど、モヒニーとタウスは周囲から異質な存在として見られることに疲弊していた。
なにより、会話もままならない見えない壁がいつも立ちはだかっていた。ブルネットの少女の家は、ある州の名家らしく、それも次期当主としても有力だと噂されている。
そのやさしさは、持つ者だからなんだろう。モヒニーはそう思うと悔しさが湧き出た。
選ばれるしかない立場。
それには武器がいる。
美しさであるとか、知性だとか教養、驚異の頭脳だとか、秀でている何かを持っているか、感服するくらいの人心掌握。
思い浮かぶかぎりのそれらは、手に届かない。
今さらどうしようもない。
思って、溜息をついて、諦めてしまった。
そして、モヒニーはタウスとまちがった道ばかりを選択し続けてしまった。




