13.
隠れ家までのある男の心情
キーがささったままのピックアップトラックを見た時、タロウは決意した。
それが年代の割りに真新しいものでも構わなかった。検問に引っかかる心配はないと、どこからか湧くのかわからない自信があった。
ほんとうは交渉してから、お互い円満の末に隠れ家に行くつもりだった。
ロレインたちにGPSで知らせて、“アビリティーズ”に小さな打撃でも与えるつもりだった。モヒニーともいずれかは“アビリティーズ”に波風を立たせて自分たちは退場しようと話し合っていた。
だけれど、そのトラックを見つけた時に、すべての行く末が見えた。
自分の退場シーンすらも。
それしかないと強く思った。
思うとともに、モヒニーを置いて行くという罪悪感が身体中の痛みを加速させていく。まるで責めているようだった。
そこまで遠くない昔。
もう戻ることのないあの頃。
この場所に連れて来られた日のこと。
それまでの生活を断ち切られた、決して忘れられない日々。
お互いの手を繋ぎ合って、心細くないようにしたあのいとしき時間。
どうしてこんな現在しかなかったのか──そう責め立てる。
現在に至る選択肢しか取らなかったのかと苦悩させる。
ただ、笑顔が多い日々が欲しかった。
それだけだった。
ちょっとした瞬間に、ヒトとは違うのだと思い知らされることで偽りの毎日が感じないような。
でも──だからこそ、マンガに没入していき、ケイと知り合って会話を楽しめることができた。他者と会話が楽しいと思えることがくるとは夢にも思わなかった。
ネットだけでは、本場日本のリアルタイムを手にして知ることは難しい。
話し始めるともっともっとと知りたくなってケイを何度も困らせた。
マンガという共通点があっても、細分化されたジャンルがあって好みがある。少しだけ重なり合うものの、違いが合ったりした。それすらも楽しかった。タロウが知らないマンガを教えてくれて、有名俳優もハマっているとかの情報も知れたりと嬉しい時間が流れていた。
ロレイン──ケイとの会話でもし、ヒト社会でも人外社会でもなく、ひとくくりにされた人という動物の生活を何度も夢見た。
ただあるがまま暮らしている。ずっと思い描いてきた人生。
ロレインと重なる人生の瞬間なんてない。
でも、何かのきっかけが訪れて出会ったら?
友人のままかもしれない。
友人からのスタートで、ゆっくりと育むのかもしれない。
恋人という期間は少しだけかもしれない。
クラブで知り合い、ひと時の合間なのかもしれない。
純粋に惹かれていないことはわかっている。
彼女のことは、公開されているデータとケイが見知ったことをそれとなく訊ねて知りえた程度。タロウ自身が探ったり、モヒニーが教えてきたことでしか知らない。
顔に惹かれてと同義だ。
蓄積された疎外感から慰めを求めてきた。
抗いようもない。
モヒニーへの裏切りだと断じる心があった。
でも、その妄想の中では、モヒニーも幸せそうだった。
いろんな自分の人生を妄想し、モヒニーもいろんな人生を生きていた。
誰もが羨むセレブになったモヒニーとその弟の時もあったし、慎ましやかな生活の中で仲良し姉弟だったりもした。
すべてをほんとうの夢にするために、スマホの電源を入れる。
そろそろ果てしなく単調な田舎道に入る。絶好のチャンスでもある。
タロウは指先の痺れからか、震えてうまくタッチ操作ができないことに罵りながらも動画モードを起動させる。
景色が変わり映えしないというのに、揺らいでいるような気もする。
固定させたスマホと前方を交互に見ながら、ゆっくりと喋り出す。誰もが聞き取れることを願いながら。
「やあ。これを観ている人たちは人外に対していろいろな意見や思いがあると思う。
実は自分も……と思う人も居るだろうし、それによって──いま世界でテロだったりで騒がしくなっていることに迷惑しているんだって人も。
そんな難しい話は気分じゃないからしないんだけど。じゃあ、切り出し方を考えろって? ごめんごめん。
よくあることなんだ、考えが口を出ちゃうタイプでさ。
えーと、何から話そうか。どうでも良い話を聞いて欲しいんだ。ただ、それだけかもしれない」