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ハウル・アンセスター  作者: ありき かい
第一章  真実
24/57

12.8


「ケイ? ただ寝ているだけよね?」


 頭が床に強打しないようにダイアナはやさしくも強く支えた。


掛ける言葉に返事がなくとも、脳への酸素がうまくいかない状況でも声をかけて自分の存在を示しておきたかった。

 大切な宝物を胸にひしっと抱くように、この世の存在自体から保護したかった。


 ケイの心配だけではなく、やらなければならないことは無数にある。

 呼吸が停止しているならば致し方ないだろうけれど、不安定ながらも生きていることは素人目にもわかる。

 いつ何が起きても対応できるように、移送車の手配もしなければならない。

 それに思い当たり、唯一まともに携帯電話が使える玄関口に向かうために立ち上がった。



 ロレインはいまだに女を拘束している。

 その対応もそうだし、薙ぎ払った男への対処もそうだ。

 やることは無数にある。


 シャインとクイーンが単独的に行動していることへの目くじらがあるだろう。アカデミーに手を回しておかないといけないこともそうだ。


 一番、気になるのはアカデミーの幹部たちはどこに行ったのだろうか。


 まさか“アビリティーズ”に捕まり、どこかの部屋に監禁でもされているということはないだろう。

 ありないことを考えて、苦笑した。

 でも、ありそうなことではある。


 くすぶるような鼻につく臭いが漂ってきている。

 この敷地内で小火がある。最悪、ジョンたちが居るから消火活動に回るだろう。わたしたちは目的を果たしたのだから。

 驚異なるロレインに横目で合図をして、外に行こうとした。



「ディー、火の気があるわ」


 言っておきたかったのかロレインは周知の事実を言葉にした。

 ダイアナは男に歩み寄り、どうでも良さげな態度で冷えた表情で見下ろした。


「あんた、自分で立ちな」


 この男に対する感情なんてものは存在しない。

 ケイに直接、害をなした女の仲間。そうとも取れるような会話をしていた男。

 慈悲なんてやる必要などない。


 二人と三人。


 ロレインが料理する女。余分な体力を使わせるわけにはいかないという判断。

 誰しもが寒気を覚える笑みをロレインは浮かべている。

 その表情で口を開く。


「ごめんなさいね。応援を呼ぼうにもここは電波を故意的に遮断している場所なのよ」


 混線、妨害が正しいのだけれど、どうしてそうさせているのかをわからない相手にはこの言い方が伝わりやすい。

 二人にとってはただの男でしかないタロウは頷いた。

 知っていることを伝えるには、与えられた傷も折れているかもしれない箇所が阻んでいる。

 頷くのもようやく二人が認識できる程度の動きでしかなかった。


 どんな体勢でも身体が悲鳴を上げる。

 悲鳴を上げているから違う姿勢に変えても同じで、その繰り返しが歩を進めている。


 ダイアナは完全にタロウの存在を忘れていると言っても過言ではなかった。

 ロレインからは苛立ちが微かに伝わっていた。モヒニーが無駄だと理解していても抵抗しようと必死になっているからだった。




 ようやく隠された棟を出た。

 ヒトにだってわかるほどに煙と臭いが風によって運ばれてきている。

 ダイアナは鼻に皺を寄せたくなるのを堪えなければならなかった。

 火の気がある場所とこことの距離は、車を走らせる程度。

 でも、すぐ近くでもある。


 煙だらけの空気に隠されるように、緊迫している気配もあった。

 ここ以外の教育機関、アカデミーの分校以外か、それとも別のどこかで何かがあったと悟る。ロレインはいまだにその形を解こうともしない。



「ジョン、何かあったの」


 険しい表情のロレインが訊ねた。

 それだけで何人かが後退した。二人がこの場所にやって来たことでその者の本能が、それこそ尻尾ある動物であれば腹に尾を付けてしまうような雰囲気が充満していた。


 もともとロレインは親しみやすさが少ないせいもあった。

 何を考えているのかが窺い知れない見た目だけであれば、飛びつこうとする猛者は居たかもしれない。

 それすらも打ち消すのは、シャイン一族の中でも発言力のある長子という立ち位置と何が沸点になるのかがわからない未知数さによってだった。


 ダイアナが傍に居れば、会話を少しだけでもしてみたい気持ちを後押ししてくれる。

 それが今日は流れている雰囲気を壊すぐらいに、抱きかかえて離さない人物しか頭にないようだった。

 すべてを察したジョンが集まっていた者を軽く周囲を散らし、説明をした。


「シャインとクイーンともに、公にしている邸が火事になりました」


「そう。そこに誰が居たの」


「シャインには下の弟さんがオンラインゲームをなさっていました。クイーンには衣装整理を任されていた者が」


「怪我や被害は」


「弟さんは無事です。スプリンクラーなどのお蔭で水浸しと買い替えが必要ですが。弟さんとしては「ぜんぶパアっだ! すべての情報が!」だそうです」


 ロレインは冷静な顔で頷き、ダイアナに声を掛けようと振り向いた。

 すでに真後ろに居たダイアナの視線はケイにだけに集中していた。それでも聞かずにはおれなかったようで、その口を開いた。


「その者は無事なのね?」


「はい。犯人を捕獲するくらいに」



 母親と妹の衣装を管理している人物を二人は知っている。見た目を裏切るような手腕を持っている。ロレインとはまた違ったタイプでもあった。双方を知る者たちは、美しきものを怒らせてはいけないと刻み込んで生活をしている。


「ところで、それはどうします?」


 ジョンもケイの安否が気になりはしていたが、そのことを言葉にできないままロレインの獲物へと向けた。

 いまのダイアナがどう出るのかがわからなかった。

 大切な宝物を奪う存在認定されたくはなかった。

 ノマッドから付き合い──ケイがアメリカに来てからはじめて会話らしきものをしているけれど、距離を開けて視線を交わそうとしようともなれなかった。ダイアナがどう出るかが見通せないからだった。


「そこのあなた。これをお願い」


 ロレインはジョンの問いにようやく気が付いたのか、モヒニーを近くの者に預けた。

 まるで興味を失せた態度にダイアナとジョンが微かに笑った。

 視線で問いただしながらロレインはペットボトルの水で手を洗い、消毒をしてからラテックスの手袋をはめた。

 そうしてようやくケイを診るために近づいていく。



 その時、誰もタロウに気にかける者がいなかった。

 失態と言える。

 ただ、入り乱れる情報の中では仕方がなかったとも言えた。

 メモリー州ではクイーンとシャインの邸だけで済んでいるようなものだったけれど、他にも病院のホームページへの攻撃やクイーン・セキュリティ社への脅迫電話などもあった。

 アメリカ全土でも人外の血が入っている者が創業者だとされている企業や店などにもさまざまな嫌がらせやそれ以上があった。


 そんな中で、タロウがそっと離れていくとしても目を配る者が居なくても不思議ではなかった。

 ケイだけは、しっかりとした意識がなくとも見ていた。

 身体的苦しみから出る脂汗を垂らし、背中には覚悟を物語らせていた。その背中を虚ろな瞳に映していた。




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