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ハウル・アンセスター  作者: ありき かい
第一章  真実
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12.

 ダイアナとロレインはSUVで移動をしていた。


 その車内では着信音や話し声だけが厳かなBGMとして担っていた。

 車内の誰一人、やかましいとは思わずに前だけを見つめていた。

 二人だけは通話の合間にメモを書き込み、それを押し付けては次の通話やノートパソコンやタブレットに情報を開けたりとしていた。


 どちらもある程度、行き先の目途をつけていたけれど、入った情報の流れを掴んだのだろう。車内で交わすためにあるパネルメッセージを使い、どちらも運転手として座っているジョンに行き先の指示を出した。



「どっちなんです?」



 二人がバラバラの指示を出すのは、いつものことでジョンはマイクを通して訊ねた。

 慣れてはいるものの、このまま直進するのかUターンするのか。

 間を取ろうにも田園地帯とも言いにくい伸びるままにされた農業地を走らせるしかない。それだけは避けたい。

 ダイアナとロレインがまだ学生だったころにそれをやってしまい、苦情以上に裁判沙汰になりかけたことがあった。

 二人だけであれば若気の至りで済むような相手だったが、ジョンはすでに成人の見た目と身分証を持っていたためにその騒動になってしまった。

 苦い思い出に浸りきる前に、ダイアナもロレインも一旦、口を噤み、手も止めた。



「このまままっすぐ」


「一度、戻るのよ。数が不十分な物を手に入れておかないと」


 二人の声が重なる。

 まるでコメディーシーンの一コマのように二人は顔を見合わせた。

 譲り合わないまま、どちらもジョンが自分の言葉に従うというかのような表情をしている。何も変わらない、とジョンは思うと溜息混じりの笑みを浮かべて選択した答えを口にした。



「必要な物は後方車にもわんさかとあります。足りないのなら、その指示を出してください。そうすればおって届きます。このまま直進しますよ」


 途端に二人はそっぽを向いた。

 どちらの意見も飲まれたけれど、どちらの意見もやり込まれた気分がしているのだろう。

 それでも自分だけが優先されることなど遠い昔だったと知っている二人は何事もなかったかのように、先ほどの状況を再開させた。






アカデミー 襲撃時 ダイアナとロレインの足どり



 こういう状況で、アカデミーの幹部たちがどこをどうやって、どのように術を展開させるのかは把握していた。


 特にロレインは、アカデミーで成績では優秀な生徒だった。

 シャイン一族が許すのであれば幹部候補生として歩み、今頃では幹部としてどこかのアカデミーの席を埋めていたかもしれない。

 ただ、シャイン一族自体は元よりも、ロレインすらその名誉を突っぱねてしまったけれど。


 ダイアナは成績ではムラがあるようにしていた。彼女にとっても狼人間の血が濃い人外にとっても重要な理由がそこにはあったからだった。


 課外授業という名目で、こういった状況の術の展開を講義してくれた教師がいた。だからこそ、二人は知っていた。


 目的の場所に行くには迷路だと錯覚する仕組みの場所を何度か通る。その何度かを把握して、ある回数にくるとまた元に戻る。

 それを複雑に繰り返して、ようやく目的の場所にたどり着ける。


 この時、一度でも間違えてしまえばやり直しになる。それも門の外から。



 その回数には施術者の性格が表れる。

 ダイアナとロレインは、最近誰が術を上書きしたのかを見定めた。逸る気持ちを抑え、時間を掛けて見極めていく。


 生真面目な編み方だとわかる。


 真面目でいれば面倒なことを言われて、押さえつけられないと知っている。そんな人物だとわかる。

 面倒なことは回されてくるけどね──ダイアナが思った。


 その横でロレインが解き方の糸口がわかったという表情を向けてきた。ダイアナは軽く頷き、脚を踏み出す。


 今なお健在で、家長でもある祖母が教えてくれた“おまじない”を口の中でころがす。

 ロレインも唇だけの動きで、シャイン一族の長子だけが受け継いでいる言葉の羅列を唱えている。


 強行突破しようと思えば、ここの術はできる。強力な術を施すほどのものではないから。

 でも、誰もしない──ヒト以外は。

 隠れ住んできた人外たちがそれをしないのは、礼儀だからなのだ。

 強行突破するということは、施術した者にダメージがいく。また、した者は反体制を掲げたということになる。


 二人はただのダイアナ・クイーンとロレイン・シャインでしかないとずっと言い続けていきたい。

 アカデミーの存在を疑問視する者たちに祀り上げられることも、アカデミーのためにヒトと自然的なかかわりを手放すのは、自分の中の持って生まれた本能が違うと訴えている。

 その本能がどこからくるものかはわからない。

 その声を理性で聞こえないままにするのは、誰も彼もが口々に言う祖先の嘆きを封じ込むのと同じ行為だと知っていた。



 隠れされている棟に入っていくと、空間が振動していることに気が付く。

 ヒトには感じられない──敏感なヒトであれば何かを感じ取るだろうが──ほどの振動は不協和音で知らせている。


「“混じり妖精がいる”」


 ロレインが二人で戯れに考案した手話で合図してくる。不協和音の正体は、ロレインの方がよく知っている。


「“薄いし、目覚めたばかりなのか力の使い方があいまい”」


 ダイアナは頷き、警戒しながら玄関をそろそろと潜る。簡単に力でねじ伏せられる相手。

 ロレインにだって容易いだろう。俊敏さではロレインの方が上だ。でも、彼女は体力を消耗させるのは最低限で済ませたがる。ここぞというタイミングで、一発で終わらせる。



「“わたしが先に行く。広い視野をお願い”」


 ダイアナはいつも通りの方法を伝えた。お互いに意識を集中し、進もうとしたタイミングで術は無残に散らばっていく。

 建物自体が大きな力に押され、戻されているかのように揺れている。どう対処するべきかコンタクトを取るべく、顔を見合わせる間もなく、爆発音が追いかけるようにやってくる。施した相手にも大きなダメージを与えているであろうほどの破壊。


 視界が砂塵でぼやけている。ダイアナは目元を保護し、何が起こっているのかを耳をそばだてて知ろうとした。

 聴覚を頼りに、ピントを合わせては次へと繰り返していく。


 微かに上階で声がする。

 その声は耳に馴染んだものだった。


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