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ハウル・アンセスター  作者: ありき かい
第一章  真実
19/57

11.


 九十年代に差し掛かるまでは、手入れが行き届いていただろうかつての豪邸は、草木に覆われて昼間でも人を寄せ付けない雰囲気を放っていた。


 土埃に汚れた窓、蔦木が絡まった外壁、わずかに見える玄関へ誘う外階段はひびが入っている。玄関は嘆きしか言えなくなった者の口に酷似していた。


 そこに二本足で歩き、感情や自分や他人のあれこれを考える存在が住んでいるとは、誰も思わないような場所だった。


 打ち捨てられた廃墟。



 そんな場所に、新車同様の車が一台近づいてきた。

 九十年代よりも前に製造された古い型の車。アメリカでよく見かける社のピックアップトラック。

 好きな人が見れば口笛を吹き、目でどこまでも追いかけていくような類の車。

 そんな車だというのに、運転席に座る者は行倒れという言葉が、オブラートに包んで言うような有様だった。

 運転の仕方も恐る恐るとしているが、ここまで警察官並びに保安官に停止を受けずに来れたものだと言えるものだった。


 そして、なんらかのモニュメントらしき物に激しく当たり、停止した。

 やたらと目に付くそれは、きちんと運転していれば避けられた。

 それができないほどに運転手は消耗が激しく、誰が見てももう間もなく、この地上から姿を消す者だった。


 邸内から何人かがその様子を窺い見ていた。

 男が踊っているかのような降り方をして車から出てきた。

 その男を介抱するために、襟付きシャツとスキニーパンツという出で立ちの女性が出て行こうとした。さっとそれを読み取ったプラチナブロンドの男が引き留めた。わずかに首を振り、ぎゅっと手首を強く握った。


「どうして!?」


 スキニーパンツの女性は声を荒げた。


「これは止めようもない闘いなのだ。我々の祖先が叫びをあげながら命の炎を吹き消されなかったら起こらなかったんだ」


 プラチナブロンドの男が言うことが納得できないという顔を作り、なおも介抱しに行こうと身体に力を入れる。見越していたかのようにさらに強く、痣ができるほどの力を込められた。

 スキニーの女性の顔に顔を近づけて、目線を合わせて力強く説明した。



「彼は自分自身の名誉を汚した。そして──我々の祖先すらも。どういうことか、きみにならわかるだろう? この場所を特定させる証をのこしているんだ」



 その事実はスキニーパンツの女性にとっても、不都合だった。わかっているものの、窓の向こうには優先すべきものがあると理性も本能も訴えていた。


 プラチナブロンドの男はそれに目も向けず、小さな声で「ここを離れるぞ」と言って女性を引きずるようにして窓から離れて行った。






 さかのぼること前日


 私立の教育機関が一斉に襲撃される事件がアメリカで次々と起きた。

 このテロによる救いがその日、最後の授業が終わり、特別棟などの生徒が立ち入らないエリアで起きた点だった。

 凶器ではなく、すべて術で攻撃されており、負傷者は正確な人数にばらつきがあるけれど、史上最少人数だとも言われている点でもあった。



 それでも──テロはテロだ。



 学校という未来を育み、その孵化の途上にある弱者でもある者に危害を加えた事実は人々に、新たな考えを抱かせるには充分だった。


 報道は人外至上主義者たちの過激な行動として報じた。どっちつかずでもあり、状況によってはすぐさまに多数派やら少数派の意見の代弁者に早変わりをする態度でもあった。


 ただ皆の心には、“アビリティーズ”の仕業だと決めてかかっていた。世界中の誰しもが、過激イコール“アビリティーズ”という方程式になっている。


 最初は熱に浮かれたように支持されていたが、今回のテロ行為によって、支持者は減っていくだろう。



 襲撃されたのは、アカデミーも同じだった。

 彼ら彼女らはアカデミーを探していたのだから。


 純血種だけの世界にはすでに存在しているダブルス──ハーフは不適格なのだ。


 たしかに今後もダブルス──ハーフは存在するだろう。

 だけれど、独自の世界を築き上げてきた存在は、自分たちの足で立つことも、歩くことも走ることもできる。

 それでは“アビリティーズ”がこの先、迎える安定期に反撃の機会を与えてしまうのだ。そのようなことがあってはならないのだ。

 不要な種は火で燃やし尽くしておかねばならない。


 そうしてアカデミーを探すためだけに、“アビリティーズ”は私立の教育機関をしらみつぶしに捜索したのだった。






 戻って本日

 かつての豪邸──もう潜む者も居なくなったその場所



 男は絶え絶えとした息と心臓が、頭の中を響かせてくることに驚いていた。

 死の瞬間は誰もが想像するしかないから、これが半分以上のそれよりも首まであの世に浸かっている状態なのかと笑いが出てきた。


 かつて貪り読んだ日本のマンガではもっと恰好よく死にざまを晒す登場人物ばかりだった。自分はどうなのだろうか、と片眼で空を見上げた。


 この手で最愛の存在に刃を向けてしまった。


 真実はどうあれ、その事実が身体的苦痛を凌駕して涙を流させる。


 驚いた顔とそんな時にだけ大きな声を出す友だちの顔が交差していた。


 そこから先は思い出そうにも、ずっと昔の記憶しか流れてこなかった。

 これが走馬灯なのかと白黒になって、黒の度合いが強くなった景色を画面代わりに流れてくる映像を見て微笑んだ。


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