9.
「キミは一体、何者なんだ?」
その問いの答えが欲しいのは私だ。
ずっとその問いが、私の中で一緒になって歳を重ねてきた。
祖父に手を引かれて、夜の繁華街を歩いて次に暮らす地に向かっている時。
都会だというのに排他的な地域の学校で迎えた転校初日。
自然を全身で楽しんでいるかのような人々が住まう郡で一か月だけの生活をした時も。
学校の夏休み期間だけの生活をしている時も。
その問いが傍に居た。
友だちという存在に憧れた。
その代わりに心か脳で友だちを作ることは拒んでいた。
だって、言ったことと違うことが友だちから言われたら、反発したり感嘆したり、大笑いをしたりするものだから。
心か脳では、自分が良いように──反発でも後から慰めの言葉だとかが出てくる──してしまうのはわかっていた。
街中で、学校で、テレビや映画で繰り広げられている友だちたちの会話から、自分だけでは到底難しいと知ったから。
たぶん、その問いは友だちだった。
いやだと思っても、私が死ぬ時までずっと傍に居てくれる得難い存在だと思う。
祖父は言っていた。
「人以外に存在するのは、姿かたちが人以外のものでしかない」
と。
後に続く言葉は決まっていた。
「幽世なんぞない。それは自分自身の弱さでしかない。だから──墓参りは午前中に訪れるべきだし、弱っている時に足が向かない場所に無理して行ってはいけない」
だから、引っ越しを繰り返すのだと。
どうして、だからと続くのかと聞いても答えてはくれなかった。
しつこく強請ってようやく、現在居る場所がどうにも肌に合わないからとしか言わなかった。
それが答えではないことを指摘する勇気はなかった。
祖父は何かを隠しているし、それを言えるほどの言葉を持っていないのだと私が高校生の頃にやっと悟った。すでに祖父は亡くなってしまっていた。
光をとり入れるためだけの窓と仕切りだけはされている手洗い場。それこそ謹慎目的に作られた部屋だとわかる。その目的には似つかわしくない上質なスプリングがきいたベッドで丸くなり、過去が囁いてくる。
その声から逃げるように、三か月前の出来事を思い出す。
フランスで、その時はすべてが不明の中、人ならず者の襲撃を受けた。
祖父は信じていないと断じた幽世から迷い込んできたような生物だった。
何を望んで、ノマッドまで行こうとしたのか。
意志はたしかにあったけれど、それは何だったのか。
ただただ、日本に帰りたいと希っただけなのか。
でも、日本に一体、何があるのだろう。
ファンに支えられている小説家で、SNSでその声を聞いてどんなに数字が立ちはだかっても書いていこうと力をもらっている。
ただ、アイデア発掘旅行に出る前に、あるレーベルがお題から物語を書くという企画で最下位だったそのことが頭から離れない。最下位どころか、圏外の扱いだった。ファンが慰めを掛けてくれればくれるほど、不甲斐なさを実感した。
今日も明日も、その先も新人や這いあがった小説家たちが物語を紡ぎ出していく。
一筋の光が射し込んでも下と上でも大違いなのだ。
下からは大空という希望を見出そうとできる。
けれど、上からは光りが当たる場所しか見えないのだ。よく目を凝らしても全体をじっくりと観察しようにもできない。
そう考えていくと、「窓口 門」という作家が欠けても問題はないのだろう。
でも──「生きたい」と強く思った。
「生きたい」と心から願った。
そのまま言葉にしていた。
赤の他人も同然の相手に。
現実味も想像も超えた生物に牙を立てられながらにして、「生きたい」と。
そもそもなぜ、ダイアナは助けてくれたのだろう。
慈愛に満ちた言葉で、選択肢をくれた。
自分が何をうじうじと悩んでいるのか、それすらもわからない。
大きな隔たりがあると感じているのは、実は私なのだろうか。
特殊な菌という言葉で認識するしか、英語での語彙がなかった私は聞けば、一か月間意識がなかったそうだ。
一か月と五日後にようやく瞼が開き、数値管理か何かをしてるロレインの顔を見た。覗きこみ、心配そうな顔と医者の顔を見せた。声を掛けているのだろうと思っても、音声を拾うことはできなかった。
再び、眠ることになった。さらに五日後、喋れないものの完全に瞼を開けて、音声が耳から脳に伝えることができた。その間、定まらないまま開けては閉じてを繰り返していたらしい。
ロレインが記録をしていた。
そうしてさらに七日後、頷きなどの意志表示をすることが可能になった。
ロレインの記録ではなく、これは私の記憶なのだけれど、その二日後ぐらいにダイアナに対面した。
フランスで起きたことはただの序章でしかないということを知った。
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