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ハウル・アンセスター  作者: ありき かい
第一章  真実
14/57

7.8

主人公視点ではありません。

フロント・シティ

PM 6:30


 ミリアド・シティは州都として存在し、一番人口の波が盛んであるのに対し、フロント・シティは郊外の中でゆるやかな時間が流れている。


 横長で、真ん中が少し膨れたような形をしたメモリー州。

 小さいながらも自然豊かな土地で、国が指定した保護区も州自体が管理もしている場所もある。

 過ごしやすい時期になるとその場所には数多の動物がやって来る。

 ヒトもその中には含まれる。

 ヒッピー文化、とでもいうのか、その言葉が会話の中で口にされなかったことはない時代には、勝手に野営されたこともあったと州の公式文書には書かれている。

 その時、クイーン一族とシャイン一族は自然と手を組み、対処にあたった。それがどういった対処方法かは、今は話さないでおこう。



 膨れた部分にミリアド・シティがあり、小さな郡を挟むかそのまま進めば州境地域になり抜けてしまう。

 程遠いが大西洋側を目指す形で進めば森とも言えない自然を堪能してフロント・シティに入る。

 さらにさらに進めばその二つの市の次に有名なキングス郡という大きな郡に入る。広大で国が指定した森と郡指定の自然保護区、湖もある郡だけれど、少し不便さが先だってしまうような場所だった。


 なによりもメモリー州にあるハイクラスの住民が多く暮らす地、フロント・シティが有名だ。

 メモリー州の住民はどうにかしてこの場所に住みたいと願う。

 住むということは人生の成功の切符を手にしたも同然だった。

 治安も良いし、公立学校も私立も選べる。


 一軒一軒の敷地内は広く、住宅地内に警備会社の支所が必ずある。

 何か所かの共同ではなく、その地区専用。

 他にも上げれば上げるほどに、どれだけの住み心地なのかと妄想が止まらなくなる。

 もっと言えば、シャイン一族が多く暮らすフロント・シティだからこそかもしれない。



 ロレインもフロント・シティで暮らしている。

 ただ、こじんまりとした平屋の一軒家で独身を満喫していた。

 双子の弟がおり、シャイン一族の今後の心配はそちらに任せてしまえば良いとして誰かと伴に過ごそうとは思わなかった。

 仕事以外に手を割きたくない──そう思っている。耳も身体も口も甘くなりたいと思えば、戯れ相手は探す程度だった。


 そうして今日は、溜まった論文に目を通している最中だった。

 カナダで教授をしている一族が面白い論文を送ってきていた。

 早く読みたくてサプリメントすらも摂るのが惜しいくらいだった。


 ダイアナがやって来てもぞんざいに招き入れ、勝手にさせていた。

 冷蔵庫を漁られようと、戸棚ではなく、鍵付きの飾り棚から食器を出されようとどうでも良かった。

 通常であれば、小言が出たかもしれない。けれど、シャイン一族は明日には変化してしまうことにも愛着を覚える。

 諦めとかではなく、形があれば壊れる・崩れるを快く受け入れるのだ。


 鍵を付けているのは、誰かから奪い取ることでしか手にできない者除けだった。物を知らない者に、その存在を(はずかし)められたくないからだった。


 そして、いま、ソファから立ち上がっては悪態をついているダイアナを無視して読みふけっていた。時折、愛用のマシンにメモを打ち込みながら、一読が終わりかけていた。



「ロリー、リジー・バンクスが復活したのに何も思わないの?」


 ダイアナは苛立つ狼そっくりだった。

 少しだけ長い期間、一緒の時間を過ごしたヒトと観た映画の中に登場した狼そのものだった。

 ケイが見たら、心拍数が跳ね上がり、呼吸にも乱れが出るだろう。顔には少しだけしか出ていないだろうが、ロレインやダイアナなどの人外には簡単に動揺しているのがわかる。



「知の探究にのめり込まずに、見せかけだけで成功を掴もうとしている相手はどうでも良いわ。言いたいことはそのことではないでしょう?」


 ぎらぎらとした感覚が肌を刺してくる。

 殺気に近い。

 ダイアナが殺意を抱けば、これ以上だと知っているロレインからすれば、甘噛み程度のものだけれど、ダイアナに頭を垂れる者は青ざめるかがちがちと歯を鳴らすだろう。

 ハーフでもダイアナよりも力が下だと腰を抜かし、下履きなどを濡らしているかもしれない。


「ケイが、アカデミーに居る」


 ロレインは論文が入っていたタブレットから顔を上げた。

 ひどく幼い口調のダイアナを見たのはいつぶりだろうか。

 先ほどまでは気にもならなかった悪友の周囲に漂う、ニコルス教官の香りがあることに気が付いた。


「ニコルス教官……アカデミー」


 思考が勝手に声帯を震わせていた。

 それはダイアナの耳に届き、首肯をさせていた。

 声にしたことにより、ロレインもどういうことかがわかった。タブレットは意志を持ったように手から滑り落ちていく。



「どういうこと? 自分から? 小説の取材? 日本では作家だって言っていたけど、それのために?」


 そんなことは無いと断言できるが、そう問えば返ってくる答えはそうだと聞きたかった。


「ニコルス教官、アカデミーが保護したって」


 心もとの無い、頼りのないダイアナはそのままソファに座り込んでしまった。

 先ほどまでの狼はどこに行ってしまったのだろう。

 ロレインはそう思うと汚い言葉が次々に弾丸さながらに出てきた。

 普段はその口から出ることのない言葉の数々。悪態を吐くのはダイアナだった。


 ロレインは、丁寧に手入れをしているブロンドに近いブラウンの髪をくしゃくしゃにしてしそうになり、抑えと浮いた手を動かすために雑に髪を結ぶ。


 もともと好きではなかったアカデミーへの反感が自然と言葉になっていく。

 ダイアナはそんなロレインが好きだった。

 生まれながらにしてシャイン一族は、誇りを纏っている。

 それは心を許されていない証拠だと知っているけれど、知らなかった頃はそんなロレインが嫌いだった。

 だからこそ、悪いお手本を積極的に見せてからかってやった。

 それは自分自身が日々、掛けられているプレッシャーへの解放でもあった。

 由緒あるクイーン一族の長子だから──ヒトとの決別をした“あの日”を生き延びた祖の子どもである名にふさわしいからという期待という何かの力。



「どうするの? 乗り込むの?」


 ひとしきり罵れば気が済んだロレインは聞いてきた。

 答えはわかっているわよ、と顔に書いてあった。

 心を許しているからそんな風な顔もする。

 だけれど、ダイアナの答えは予想外だった。


「リジー・バンクスが何を企んでいるのか突き止めてから」


 むしろ裏切りに似た気分が胸の奥に広がる。


「どうしてよ!?」


「アカデミーの方が安全だから。“アビリティーズ”が闊歩している状況と、名もなき日本人であるという理由。それにフランスでの傷が──完治していても、どう変化するかも未知数だから」


 もっともらしい理由に何も言い返せなくなる。

 でも、フランスでの傷は、あたしが主治医だと言おうとした瞬間に重なるようにして言いつのられた。


「シャイン一族は、バンクスを再起不能にしなければならないでしょう」


 疑問形でありながらも、そこには問いではないものを引き合いに出していた。

 言葉にはしない共有された過去を。

 そう言いながらもダイアナの本心は顔に書いてあった。


 ──ケイをアカデミーから引き離したい。


 だからといって納得できなかった。

 聞き返した。結構、馬鹿にしたように。


「だから、バンクスが“アビリティーズ”と繋がっているかもしれないし、もっと違う集団かもしれない。血液学の基本を知っているのなら、悪用をしようと目論む小金持ち以上はスポンサーになりたがる。純血種、ハーフ、クオーター問わず。ヒトだってね」


「それでも……だからと言って……」


 それ以上、ロレインは言葉を続けることが叶わなかった。

 なんとか言葉にしようとしている。

 でも、難しいのはダイアナも一緒だった。



 ダイアナだって、ケイをアカデミーに委ねることがどれだけ危険と隣り合わせかは理解している。

 そこには様々な人外がおり、その背景も同様だからだ。

 ヒト社会の中でも人外の中でも名士の出は多いけれど、どうしようもなくアカデミーを頼った者も居る。

 個々の考え方もその家の主義もそれぞれだ。

 それこそ留学という(てい)を使っている者も、生国での息苦しさで逃げて来る者など。


 アジア系の容姿を持ったふたりの兄妹が居たことを思い出す。

 ふたりだけの世界にこもり、誰とも、それこそ教官ともかかわり合おうとはしなかった。

 たぶん、アカデミーを頼ってきたのだろう。最低限の衣食住は保障がある特別優待生扱いだったはず。


 でも、思えば誰の紹介で来たのか。

 今はどうしているのかはわからないことだらけだ。


 そのことを話そうかと思ったけれど、ロレインはアカデミーが保管している医薬品を検索している。

 それに忙しそうだった。


 他に何か考えを巡らせていないと、ダイアナは爆発しそうになっていた。理性が場を切り盛りさせるための何かを考える。

 結局、アカデミーのことだった。



 表向きは教育機関のそこは、小学校から高校までを持つ私立学校。

 国内の三か所に分散させており、ざっくりと北、南、中部に場所を設けている。


 そこだけを頼りにして、世の中を知るのか、それともヒトとの差を誤魔化すために短期間利用を繰り返したり、特定の期間だけにするのかは家や個体によって変わる。

 ダイアナは小学校の一部分と高校だけだった。

 ロレインは中学校から高校だった。

 それぞれの兄弟らは性格によって違った。ダイアナの弟と妹は高校だけしか利用しなかった。

 全寮制が不満だったらしい。

 弟はヒトが少ないのが閉鎖的に感じてしまい、小学校のはじめに大声で車まで走って行った。ボンネットにしがみつき、意志表示をしたと聞く。


 完全にヒトが少ないわけではないけれど、教官と生徒の数は年度によってまちまちだった。

 理解があってもなんらかの知識がないと教官にはなれないし、お金がないと生徒にはなれない。


 アジア系の特別優待生のような例は、後ろ盾がないと認められない。

 教官以外の職が必ずあるわけでもない。

 結婚適齢期かつそのヒトの背景を含めて子を継ぐには、導きがあるからのことだ。そうそうあるわけでもない。

 だから、居ない年月が存在する。

 片手程度で、三か所もあれば顔を合わさない日々にだってなる。


 今のアカデミー内にはヒトが居るのだろうか。

 ケイが保護されて滞在している場所には。

 それに──ヒトを快く思わない者や一族はどれくらい居るのか。

 気になることが多すぎた。


キリの良い箇所がどうしてもここまででしたので、長くなりました。今後も文字数が長い話数があると思いますがお付き合いいただければ幸いです。

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