6.8
世界には名家と呼ぶに等しい家は数えきれないほどに存在する。
それは一般にはよく耳にする家柄だとか、その道に光を照らしたからだとか、さまざまである。
いつしか言い方はセレブリティという華やかな呼称に取って替えられた。
ただどうしても、その呼称だととても軽く受けとめられたり、「時の人」という印象も与えてしまいやすい。
その影にはいつだってそれを利用する人間は居る。
善であろうと、悪だろうと。
そして──これまでは一括りにその種類しかなかった。
“アビリティーズ”の声がそれを変えてしまった。歴史の影に隠れていた人外たち……彼ら彼女らも、名家という隠れ蓑を使っていた。
名家は名乗るものではなく、誰かがそう口にするからこそのもので、それまでの経緯は簡単に言葉にできるものではない。
こちらでは悪者だとされ、あちらでは聖人君子だと言われ、またどこかの口に上る人物像では子煩悩であり良き伴侶とされている。
公式文書では家庭内暴力だと思わしき通報が過去に何件かありと記されている。その文書は袖の下によって勘違いや妬みなどによるいたずら通報で締めくくられていたりもする。そう指示を出したのも人間味らしさを出すためで、ほんとうは無かったことにしたかったのだろうが。
そもそも何をもってして、名家と言えるだろうか。
世界各国の、その基準はまちまちで、会社を何代も持続し、地域貢献をしても名家と呼ばれない家もある。その逆も然り。
ではアメリカを取り上げてみよう。
比較的若い国であるアメリカは、南北戦争で闘いを率いていた家であったり、鉄道王やホテル王だとか大統領を輩出した家系だからだとか伸びる産業にいち早く手を伸ばした創業者の一家だからだとか、とある歴史的事件の弁護士を祖としているからだとか……基準が曖昧ではあるように見受けられる。
とりあえず世界のどこの場所でも、無数の不明確な基準で呼ばれることは確かだ。
それは人という社会でだけの話である。
“アビリティーズ”が表に出てきて、想像上でしかなかった人外を解放してしまった現在、名家は別の深い意味に気が付いてしまう人々はいる。
T──すげえこと気が付いたぜ! 聞けよ? ツーマウンテンのあの家ってかなり昔からあるじゃん? 実はさ、当主っていうの? ずっとおんなじ顔なんだよ。学校アルバムを見てみろよ? 腰抜かすぜ!
B──マジかよ?! 魔女? 吸血鬼?
S──“アビリティーズ”が言うには、ダブルスじゃねえ? 生き残るには、いろんな種族と掛け合わせてったって
T──掛け合わせって、意味深だなkk じゃあ、掛け合わせなかったら?
S──ナチュラルっていうらしい。“アビリティーズ”には数多く居るらしい。コンマでしかないらしいけど
A──日本の情報! こっちは学校のクラスは別だけど、選択授業みたいな形で一緒になるんだって。わくわくしてきた!
『最近、昼にだって外に出られません……通りですれ違う人がほんとうに……? って考えてしまって……』
『そりゃあ好きで付き合って子どもを作りましたよ。あの人が、出て行ったあの人がもしかしたらって思うね。もっと言えば、ちょっと前まで愛しく思っていた我が子がその血を引いているかもって(※不適切な言葉の数々のため字幕処理してあります)』
『──本日未明、オーストラリアとアメリカ ニューヨーク州で同時デモが行われました。先月からヨーロッパ各地で広がっているデモやパレードの波が徐々に世界に──』
『速報! リック・ロバーツ下院議員が何者かによって襲撃されました。目撃情報では単独犯とされていますが、近くに居た運転手によると人外否定主義者である氏を罵る言葉を吐き捨てており、そのことから背後には複数もしくは、特定の集団がいるのではないかと見られています。現在──』
楕円形テーブルの一番見やすい場所に置かれた、間に合わせのモニタは特定の情報を次々と流していた。その度に囲み座っている面々は表情筋が小さく動いていた。
速報情報が流れた途端に、一人が威嚇するような顔つきになった。
「あいつらは何を考えておる!!」
白髪の老紳士と言える、品のある風貌からは似つかしくない怒鳴り声だった。同時にテーブルに拳を打ち付け、その音は体躯からは到底出るはずもなさそうな轟音だった。
何人かは声よりも前にテーブルから身を離しており、振動を回避したことが窺える。
ただ憤りを体外に出したかったことは理解できるが、そのとばっちりを受けたくはないこともわかるだろうというような目配せを数人同士が交わしていた。
「そう怒ればすべてが変わるとでも?」
一人だけ、テーブルから身を離さずに静かに元のままで座っていた少しくすんで見えるブロンドを短く刈りあげているせいもあり、中性の人物が声を掛ける。
一切の動きが顔からも身体──それも腕、指を含めて感じさせないまま、先日の“アビリティーズ”が行った電波ジャックの映像を流した。それによって白髪の老紳士はひとつ深呼吸をする。
「すまない。少し、感情のコントロールをするのを放棄していた」
「あなた方が怒るのもわからんでもない。私も同じ気持ちだし、他の方々もそうだろう?」
楕円形テーブルを囲む他のメンバーに声を掛け、同じ感情に心が突き動かされていることを確認していく。
中性の人物は場を支配する権利を長年、手にしてきた。そうした経験からわかりきった推測を言葉にしていく。
「今後はさらに収拾がつかなくなるだろう。人外として目覚めた者も、我々のように連携を取っている者たちも──なによりも気がかりなのはヒトが特殊集団のような造られた者の形を成していると聞く」
その言葉は、自らが見たわけではないので確証が持てないということを含めていた。ヒトという境界をいつでも超えてしまおうとする瞬間に、目にする機会を得てしまった言いようのないタイミング。
「あの時代の再来か。笑えてしまって、どの感情を出せばよいのやら」
テーブルを囲む面々が、まさに考えていた、思っていたことを言った白髪の老紳士は笑い泣きのような顔をしている。その瞳は意志を全うすべきことを見つけた者のものだった。
じっと目を凝らさないとわからない程度の頷き合いをして、手元にあるただの資料を各々は見ていく。一字一句、読み漏らさないようにしないと呼吸が止まってしまうと宣告されたみたいに。
「ただ、懸念事項がある。QとSがヒトを保護しておる」
「何を考えているかわからんバアサンに似て、孫もよくつかめんな」
「いっそのこと、デライト家と縁組をさせて繋がらせればよろしい」
そうブロンドの中性の人物が言った瞬間に、モニタはあるニュース番組に切り替わった。
『ハイ、マイク。ホワイトハウスから何かお知らせがあるそうね』
『ハイ、エリー。先ほどからさまざまな憶測がこの場所で流れています。特に今日は室内ではないからこそだと思います。正式な発表まで、報道陣に配られた映像をご覧になっていただこうと思います』