だから今年もサンタさんは来ない
シャン、シャン、シャン。
シャン、シャン、シャン。
遠い夜空に響く、賑やかなリズム。
それは、サンタさんのそりを引くトナカイの首輪で揺れる金の鈴の音です。
夜空に瞬く、赤い点滅。
それは、空中を走るトナカイの真っ赤なお鼻の輝きです。
そう。今年もまた、サンタさんがやってきたのです。
「サンタさん。もうすぐです。いよいよ、あの国に入りますよ」
子供たちへのプレゼントをいっぱい積んだそりを、たった一頭で引っぱる力持ちのトナカイは、赤い鼻をぴかぴかさせていいました。
「そうじゃな。今年こそは、なんとしても行かなければ。きっと、たくさんのよい子たちが待っておるじゃろうて」
答えたサンタさんは、すこし悲しげな表情でした。
そりはますますスピードを上げて、トナカイの鼻の光が、まるで流れ星のよう。
「サンタさん、これなら、きっと今年こそは」
「おお、そうじゃな。きっと今年こそは」
曇り顔から笑顔に戻り、すっかりもう、みんなの知ってるサンタさんです。
ゴロゴロ、ゴロゴロ……。
ゴロゴロ、ゴロゴロ……。
すると、どうしたことでしょうか。
どこかで急に雲がうなりだしました。
「サ、サンタさん! まさか!?」
「急げ、トナカイ! 急ぐんじゃ!!」
顔を真っ青にしてサンタさんが大声で叫びます。
トナカイは鼻まで真っ青になって、さらにスピードを上げました。
いったい、なにがどうしたのでしょう。
「待てや、ゴルァ!」
「ジジイ、ゴルァ!」
うしろからドスの利いた重苦しい声が追いかけてきます。
驚いてサンタさんがふりむきました。
すると、むくむくとふくらんだ雲がすごい速さで近付いてきます。
「ああっ! サンタさん、もう駄目です!」
「あきらめるな、トナカイよ! よい子たちが待っておるんじゃぞ!!」
サンタさんにはげまされて、トナカイは力のかぎり頑張ります。
けれど、ふくらむ雲はどんどん速くなって、そして、そりまで、あとすこし。
すると、雲のあいだから、にゅうっと一本ずつ太い腕がのびてきて、そりをがっちり捕まえました。
「オゥ、ジジイ! また来たんか、ワレェ!」
それは、輪っかでつないだ太鼓を背負った、鬼のような雷神さまでした。
「毎年毎年、何しに来とんじゃ、このジジイが!」
それは、大きな袋をわきに抱えた、鬼のような風神さまでした。
「わしらは、ただ、この国の、よい子たちに贈り物を……」
サンタさんは去年と同じことを正直にいおうとしました。
「ウソつけ、このジジイが!」
その話を途中でさえぎって、風神さまが怒り出します。
口をゆるめた袋から、強い風がびゅうびゅうと吹きはじめました。
「ジジイ、お前、アレじゃろ? ワシの代わりに風神の座を狙ろとんのじゃろ? そのデカいズタ袋がなによりの証拠じゃい!!」
そりに積まれたプレゼントの袋を指さして、風神さまは、もうカンカン。
「いや、これは、こどもたちへ」
「なんやと!? ジジイ、お前、その袋に入った風を子供らへ浴びせる気やと!? いくら子供は風の子いうても、限度あるで!? 下手したら死んでまうわ!!」
その話も途中でさえぎって、雷神さままで怒り出します。
ゴロゴロ鳴った稲妻が、雲のあいだで光りました。
「ワシの座を奪おういうだけでも許せんのに、その上、この国の子供らにまで手を出そうとは……! なんちゅう……! なんちゅうジジイなんじゃい、お前は!!」
怒りのあまり、風神さまは震え出しました。
ガチガチと音を立てているのは、口から飛び出した鋭い牙と尖った歯です。
サンタさんはもう、おそろしくて仕方がありません。
それでも、なんとかわかってもらおうと必死でした。
「わ、わしは、よい子に贈り物をあげる、サンタクロースという者で」
「「違う! お前は鬼や!!」」
まるで鬼にしかみえない雷神さまと風神さまにそんなことをいわれても、サンタさんはただただ困るばかり。
いったい、どうすれば、この誤解はとけるのでしょうか。
「ホンマ、西洋からは悪いヤツばっか来よる! 大体なんや、そのカッコは!」
「そうや! ワシら見てみぃ! トラの腰巻き一丁やぞ! ええ服着よってからに、このジジイが!」
怒った神さまたちにかかっては、サンタさんもどうすることもできません。
あっというまにサンタさんは、身ぐるみ剥がされてしまいました。
寒さと怖さと恥ずかしさとで、ガタガタ震えるパンツ一丁のサンタさん。
これには黙っていられません。
それまでおそろしくて身をすくめていたトナカイも、勇気を出していいました。
「誤解です、お二人とも! どうかおちついて、サンタさんの話を聞いてください!」
ぎろり。
それをにらむのは、紅白のおめでたいズボンをはいた雷神さま。
「五回どころか、何回も来とるやないか! このトナカイが!」
じろり。
紅白のおめでたい上着をはおった風神さまも、トナカイをにらみます。
「お前、ちょっとデカいツノ生やしとるからって何をいい気になっとるんじゃ! この鹿もどきが!」
怒りがおさまるどころか、かえって火に油をそそぐ始末です。
「待って、待ってください。ちゃんと話せば、きっと」
「「黙っとけ! こん畜生が!!」」
雷神さまと風神さまの鋭い回し蹴りが、左右から同時にトナカイを襲います。
実にトナカイらしい変な声を上げて、そりごと海へとまっさかさま。
そして、大きな水柱が上がりました。
そりもプレゼントも粉々になって、海の底へと沈んでいきました。
身も心も凍える冷たい十二月の海を、サンタさんは泳ぎます。
早くみつけて助けなければ、気を失ったトナカイは、溺れ死んでしまいます。
服を脱がされていて泳ぎやすかったのは、不幸中の幸いでしょうか。
どれほど泳いだことでしょう。
ついにサンタさんは見つけました。
ぷかぷかと浮かんだ、ぐったりしたトナカイを。
「これ、トナカイ! しっかりするんじゃ!」
なんとかまだ息はありましたが、トナカイは目を覚ましません。
このまま身体が冷え切ってしまっては、サンタさんもトナカイも死を待つよりほかにありません。
すると、どうしたことでしょう。
抱きついたサンタさんごと、トナカイの身体が宙へふわりと浮かび上がったのです。
どこからか優しい風が吹いてきて、冷たい海の水を身体からそっと吹き払いました。
サンタさんが目を上げると、そこにはなんと、風神さま。
抱きかかえた袋から風を吹かせていたのです。
そして、となりには雷神さま。
サンタさんとトナカイを、腕組みをして見下ろしています。
サンタさんの目から涙が一粒こぼれました。
神さまたちが助けてくれたのです。
きっと、いままでの誤解もとけたに違いありません。
胸がいっぱいになったサンタさんは、怖い顔をしているけれど本当は優しい神さまたちに、感謝の言葉をいおうとしました。
そのとき、雷神さまと風神さまが話し出しました。
「のう、風神の」
「なんじゃ、雷神の」
「今年はまだ、秋田のなまはげに、お歳暮を贈ってなかった気ィするんやが」
「そういやあ、そうじゃのう。なにがええかのう」
「あいつ、年越しはいつも忙しくしとるしなァ。精のつく物がええな」
「ちょうど、ここにいいのがあるぞ。変な鹿の肉じゃ」
ああ! まさか、そんな……!
あまりのことにサンタさんは言葉を失いました。
「なんや、ジジイ。まだ生きとったんか、ワレェ……」
「まったく、しぶといジジイじゃのう……」
「「これでも喰らえや!!」」
そして、海の上は、竜巻が荒れ狂い、雷が鳴り響く大嵐になりましたとさ。
みなさん、もうわかりましたね?
大体いつもこんな感じで、サンタさんは毎年この国にたどりつけないのです。
でも、きっとまた、来年もサンタさんは来てくれることでしょう。
別の元気なトナカイが、大きく立派に、ちょうどおいしそうな食べ頃に育ったら。