ゆきのひ
七つまでは神の子、という言葉をご存じだろうか。
これは、『子供は此岸と彼岸の間の、彼岸に近いほうにいる』という意味合いを持つ。
そしてそれと同時に神に愛される子、と言う意味も持つ言葉だ。
例えば、生まれたての子供が何もないほうへ笑いかけるのを、「神さまがあやしてくれているのだ」と言ったり。
例えば、不可解な子供の失踪事件を神隠しと呼んだり。
例えば、七つを待たずに死んでしまった子は神に気に入られてしまったのだ、と、言ったり。
私の家は、そんな今では忘れ去られてしまった言い伝えが、本当のことだと覚えている家だった。
古くて大きな、純和風のお屋敷。
どうやら私の父は「見えない人」だったようで、この静かな家に嫌気がさして出て行ってしまったらしい。
母は私を生んだ時に力尽きてしまったようで、私の家族は祖母一人だった。
祖母は、厳しくも愛にあふれた人だ。
最近になってやっとそれが分かった。
七つを迎えるまで、けしてあちら側の者と目を合わせてはいけない。
人よりも「見えて」しまう私を守るために、祖母はそう言った。
けれど、それも明日で終わりだ。
明日、私は七つになるのだから。
…そう、思っていたのが悪かったのだろうか。
私はその日、決定的な間違いを犯した。
◇
その日は、雪が降っていた。
あまりなじめない学校から速足で帰る途中、私はふと足を留めた。
学校からの帰り道にある小さな祠。
人が訪れるどころか人っ子一人通らないようなそこに、人がいることはめったにない。
しかしあちら側の者はそういうところなどによく現れるので、一時期近寄らないようにしていた。
まぁそれも杞憂だと気づいてからは気にせず通っていたが。
そこは珍しい事に、あちら側の者すら一切近づこうとしない。
私はそれがずいぶんと心地よくて、よくここで菓子を食べたりしたものだ。
そんな場所に、人がいた。
いや、人ではないだろう。彼の容姿は明らかにあちら側の者だということを示している。
彼の印象は、ただ一言、『白』だった。
服が黒くなければ、降っている雪に溶けて消えてしまいそうなくらい。
無表情に降ってくる雪を見つめるその横顔はひどく儚げで。
なぜか無性に、彼が存在しているという証拠が欲しくなった。
「ゆき、すきなの?」
私の問いかけに、彼はゆっくりと振り向いた。
白いふわふわの髪と白磁の肌に、目元に差された朱が良く生える。
白く透明な瞳が瞬かれ、開いた口からちろりと八重歯が覗いた。
「きみは、雪は好き?」
しゃん、と、鈴を鳴らしたような声だった。
少し気分が高揚して、頬が赤く染まったのが感じられる。
返された彼の問いかけには、少し考えてから答えた。
「すきなところと、きらいなところがあるよ」
「そっか」と短く答えた彼は、再び降ってくる雪に視線を戻した。
「ぼく、雪を創ったんだけれどさ」
とつとつと語り始めた彼の隣に並んで、同じように雪を見上げる。
私の真っ黒な瞳と彼の透明な瞳では見え方が違うのかな、なんてしょうもないことを考えつつ彼の話に耳を傾けた。
「子供たちが楽しそうに遊んでいるのを見て、あぁ創ってよかったなって思うの。でも、大人たちが苦労して、時に怪我なんかしているのを見ると、創らなきゃよかったって思うんだよね。どっちが正しいんだろう」
彼はどうやら、『雪を創った神様』らしかった。
降ってくる雪をつかんで溶かそうとしても、開いた掌からはつかんだ時より増えた雪が滑り落ちてくる。
それを見て、それまで感情が窺えなかった彼の瞳が、少し悲しみに揺らいだ気がした。
きっと関わっちゃいけないんだと思う。
関わってしまったら、祖母の言いつけを破ってしまうことになるし。
あぁでも、もう目が合ってしまったから同じかな。
そんなことを考えつつ、私は口を開いた。
「…どっちが正しいとか、わたしにはわからないけど。でも、つくってよかったとおもうよ。そのおかげでいまの日本の文かがあるってぶぶんもあるとおもうし」
私の言葉に、彼は大きく目を見開いた。
透明な、水晶の様な瞳が零れてしまいそうだ。
彼に向けて小首を傾げると、彼の瞳が潤んだ気がした。
天を振り仰ぎ、また小さく「そっか」と呟く彼。
「そうだよ」と返してチラリと横目で見ると、そこには、冷たい雪の中から顔を出して目いっぱい大きく咲いたふきのとうのような、大きくて愛らしいお日様みたいな笑顔があった。
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