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その4

 休憩時間、残り半分。

 騎城から受けた恥辱は、大好きな猫ちゃんポテトと唐揚げを同時食いという圧倒的幸福によって水ならぬ胃液に流してやることにした――騎城、許すまじ。



 大学生の頃から働いている、ファミレスでは珍しくチェーン展開もされていない1店舗のみ家族経営でやってるこの『デリシャス・ヘル』。


 …デリヘルって言ったやつは等しく呪う。


 私にとっては家族経営というよりかは親戚経営という感じなのかな?

 もとはおじいちゃんとおばあちゃんがふたりでやっていた、どこにでもある町の定食屋さん。

 ハンバーグや唐揚げが当時のままの味なのは、孫である私が保証しましょう。

 

 そんな古き良き大衆食堂に文明開化の嵐を吹き荒らすべく世襲したのが、現店長の秋音ちゃん。

 秋音ちゃんはお母さんの妹で、冬護くんのお姉さん。

 大学時代にちらほら湧き出る――海外行ったら価値観変わったとか言っちゃう勢とは一線を画す、海外行ったら価値観しか無くなった価値観の女。

 

 北極に行けば星になり、南極に行けばペンギンになったと言う秋音ちゃんは、昔からあらゆるものの影響を受けやすく且つ吸収力が半端なかった。


 彼女は何に対しても本気だった。



 私がまだ小さかった頃である。


 秋音ちゃんと冬護くんはお母さんとは大分年が離れていて、私にとってふたりは姉と兄みたいなもので、今にして思えば私のパーソナリティは概ねふたりによって形成されているように思う。

 冬護くんはまだいい。

 初恋が少し年上の、姪っ子だからと何でも受け入れて甘えさせてくれるお兄ちゃんで在り続けたというだけで、同級生の男子が量産型鼻くそ製造機だったりミドリ虫の擬人化にしか見えなくなったくらいの弊害しかなかったし、それは冬護くんが悪い訳ではなく冬護君に至れなかった男子達が悪いだけだ。



 問題は秋音ちゃん…私を混沌の黒へと堕とした原初の魔女よ……。


 秋音ちゃんとして私が思い出せる彼女は、例えば白塗りのコープスペイントを首までしっかりと、眉まで潔く削ぎ落とし、髪をがっちがちに逆立てた妖精トロルのようなセーラー服を着た化け物。今なお続くトラウマである。

 それでいて秋音ちゃんは絶望的に不器用で美的センスが欠如しており、目の周りを黒くするだけでなくなぜか削ぎ落とした眉毛の上に激太眉毛を乗せたり、鼻の下に意図せずついたチョビ髭まで生やして、バカな殿様も真っ青な仕上がりでどや顔を決めてきたのである。

 自分の部屋のドアを開けたら目の前にキッスでトロルな殿様が無言で見下ろしていたのだから、トラウマもののだっふんだとしか言いようがない。

 


 またある時の彼女は、川に迷い込んだ哀れなアゴヒゲアザラシだった…のかもしれない。

 そんなあやふやな言い方にしか出来ないのは、当時の私はそれが奴だと断定しうる情報を得る前に、それが奴だと断定されてしまう恐怖に耐えきれず、全力疾走で帰宅したからである。

 

 …話が逸れた。

 ともかく。

 ころころと己を変える秋音ちゃんが、深夜アニメの魔法少女に触れ。

 直後に何かと契約を交わしたらしい、外見は綺麗な秋音ちゃんの魔法少女のキマりっぷりに、まんまと私もときめかされ。

 ――結果将来の夢を魔法少女と決めた幼い私は、秋音ちゃんをそれまでのヤベェ女から血盟を統べる師と仰ぎ、数回の魔術講義を前のめりで受けたのはもういつの頃か。


 秋音ちゃんはそんな私を愛弟子と思ってくれていた――はずはなく、むしろ私に語ることでますますと自分を高みへと至らしめた。


 ある時ウチにやって来た秋音ちゃんが、肩に乗せた鴉をファミリアと呼んで私に紹介してくれた事があった。

 そのときの私はまだファミリアという言葉が使い魔という意味だとは知らなかったけれど、ふたりがボロボロになっているのを見て、秋音ちゃんは鴉と喧嘩したんだなっていうのだけは分かった。


 勿論、何も言わなかった。


 突然のカラスに目を丸くして動けない私に秋音ちゃんはこう言った。

「あんまり見つめるんじゃない。その綺麗なお目々が啄まれてしまうよ」

 ――と。

 


 私は泣いた。


 そして母が来た、家の護り人春美様が来た。



 害獣の不法侵入――春美は吠えた、鴉は飛翔した、秋音ちゃんは逃げた。



 そこから後の記憶はない。

 直後秋音ちゃんは姿を消した。

 魔法ではなく、飛行機で高飛びした。冬護くんに秋音ちゃんの行き先を尋ねてみたけれど、魔導の神髄を極めに行くと告げられ、荷物ももたず着の身着のまま家を飛び出したとの事だった。

 

 

 ――私以外の誰もが秋音ちゃんの事を気にする素振りなく。

 私も私が魔法使いになってしまった事で秋音ちゃんの存在、そして彼女を師と仰ぐ気持ちをナチュラルに風化させていった数年後。


 

 突然帰ってきた秋音ちゃんは、丸眼鏡、黒タートル、リーバイスのブルージンズにニューバランスのスニーカーというとてもシンプルかつ見覚えのある恰好で、右手に握りしめた林檎を高く掲げて私にこう言った。


「革新をしよう」

「まず靴を脱げ」


 ――そう言い放った当時の私は、変わり続ける秋音ちゃんよりも、大きく変わり果ててしまっていたのだろう。


 だって。

 受験生、だもん!!

 

 ――ん、魔法少女?

 それはまぁおまけの話。



 でも。

 でもでも。

 秋音ちゃんをヤベェ奴から一気にマイ・マスターへと進化させるのに、幼かったと言えどもたかだかコスプレ程度の素材で可能にする程、私は良心的な子どもだったであろうか?


 なにか、秋音ちゃんが魔法少女だと信じてしまうような奇跡を見たような……見てないような……。

 うーん……ま、いっか!!



 休憩時間、もうちょっと!!

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