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その2

深い深い闇が捻じれ。


 ひとつふたつと分かれてはゆるりと大きく拡がって空間ごと掻き混ぜる。

 漆黒以外何もない此処で、音もなくただぐるぐると一帯を削り、膨らみ――また削る。

 

 ……なんやこれ。

 露骨にメンタル反映しすぎぃ、はぁ。


 気づけば混沌達はダムのように。

 混ざり合った渦はぽっかりとした虚空を形成し、下へ下へと奔流を滑り落としてゆく。

 未だ音のないその暗闇が寂しくも、どこか心地よいのが自分の夢である何よりの証であろう。

 俯瞰し、介入出来ぬその世界の中で、黒い滝の中空に浮かぶ小さな白に気づくと、オートマティックに視点がそれへと近づいてゆく。

 

 うーん。

 少女趣味というか、こっち系への憧れってもういくつになっても消えないんだろうなぁ。


 真っ白なワンピースに、重力に逆らわず流れる艶やかな黒髪。

 起立すれば腰ほどの丈になるであろうそれは、漆黒の空間に紛れる事のない煌めきを放ち、横たわって浮かぶ少女からふわふわと穏やかな波を立てている。


 目を閉じたままそこに固定された幼い自分を見るに、おそらくは魔法を使えるようになった10程前の年頃であろうか。


 確かにあの頃は魔法使いに憧れて、もっさいおさげを自慢げに振り乱してたなぁ……あぁ黒歴史。

 でもかつての私はこんないかにもな真っ白ワンピースに恋することは決してなかった。

 黒こそ至高、闇isマイフレンドフォーエヴァー。

 嗚呼、黒歴史よ永遠なれ。

 穴があったら押し込みたいのに、この子はどうやっても動かせはしないのであろう。

 夢なら思い通りになりやがれ忌々しい。

 

 きっとこれは、魔法使いに憧れ。

 そして魔法使いになってしまった私の後ろめたさがみせる夢。

 現状の自分に対する不安もあるかもしれない。


 今、現在の私はもう、真っ白な服はワンピースどころかニットですら躊躇うような性格になってしまったし。

 汚れちゃうとか、膨張しちゃうとか、似合うはずもないとか……。

 

 お母さん……ねぇ、お母さん?

 なんで私があんな時代錯誤な三つ編みにしてって毎日せがんで、背が伸びる度季節が変わる度に黒い洋服ばっかりおねだりしてたのに「可愛い、はいかわいい」って何もかもをこんな娘の自主性にまかせてくれちゃったの?


 お母さん、ねぇお母さん。

 あの頃は、私とは違って本当に可愛い妹にかかりっきりで。

 だから――でも。

 確かに他人に迷惑をかける子ではなかったし、手のかかる子でもなかったと自負はしているよ。

 でもね、おか……お母さん?



「何よぉぉぉっ!?」

「うぉぉぉぉっ!?」


 !?!?

 何が起きたかも分からず、私が起きていると自覚したときにはベッドの上に直立不動。

 顔の前で防御を取る両腕の隙間からは、目を丸くしたお母さんが同じくファイティングポーズでこちらを見つめていた。


「あ、あんたが呼んどいて何なのよ一体!?」

「よ、呼んだつもりは無かったけど……なんか、ごめん」

 まだ定まらぬ視界のまま、どうにか床へと足を落ち着けてベッドに腰を据える。

 どうにも居た堪れぬ私と共に小さく揺れるベッド。

 笑顔を無理くり浮かべ、母にご機嫌な朝の挨拶と共に「大丈夫だよ~あなたの娘はどこも壊れていないよ健全だよ~」アピールをするのもやぶさかではないのだけれども、逆効果になる予感が脳裏に走ったのでやめておく。

 こういう時の予感がとてもよく当たるようになってしまったのは魔力の影響なのだろうか。


「……今日、バイトは?」

 ため息交じりの母の声。

 その調子だけで見上げずともすでに嘆きやら憂いを隠そうともしないおどろおどろしい仏頂面をしていることは、魔力を抜きにしても感知上等余裕綽々慣れたもんです。


「今日は休み」

「今日は、ねぇ」


 はい、そぅですが別に今日「も」とかでは無く基本週4シフトで入ってますが何かぁ?

 などと言えない肩身の狭さをきゅっ、と肘を内に寄せる事でさりげなくアピール。

 ――えぇ、慣れたもんです。



「…まぁいいけど。私は仕事に行ってくるから、晩御飯お願いね」

「はぁい」


 まったく、そう呟いたのをもう何度も呟きすぎてお母さんはもう気づいてないかもしれないけど、私の耳と心にはしっかり届いてるよお母さん。


「あ、お母さん」

 閉め切る前にドアが動きを止め、隙間からさぞ煩わしいというのを一切隠さない奴さんの左眼に貫かれるも、私は精いっぱいの笑みを作って手を振りながら挨拶をする。


「いってらっしゃい、あ、あとおはようお母さん。気を付け――」

「何時だと思ってるの、もう昼だよっ!」


 バタンッッ!!

 とドラマのように荒げて閉めることもなく、まるで何もなかったかのように静かにドアを閉めるお母さん。

 お前の為に傷める家はねぇと言わんばかりの所作、さすがは我が家の守護者(ガーディアン)だねお母さん家には優しいねお母さん。


 階段を下りる足音が聞こえなくなるまで、私は息を殺して目を閉じる。


(まったく……)


 うん、お母さん。

 お母さんは気づくはずもないけれど、お母さんの強い心の声は私の思念感知にしっかりと引っかかっているよお母さん。

 私基本的には余計な感知はオフにしてるんだけどどんだけ感情乗せてんのお母さんねぇおかあさん。


 玄関のドアを閉める音は意図的に鳴らしてくれるお母さんがどうやら外へ出たようなので、よっこらせぃと再びベッドの中に潜り込む。


 大体お母さんだってパートなんだし、自分のことを仕事って言うんなら私のバイトだって仕事って言ってくれればいいのに。

 

 視界を毛布が覆い、もこもことした感触に包まれるこの状態はお気に入りだけれど、息苦しさに私はすっと顔を出して天井を虚ろに見つめてみる。


 ――世界を救ったって、就職出来なきゃなんの価値もねぇ。


 もうすぐ大学を出て2年になるだろうか。

 大学3年、周りの人がみな就活に悪戦苦闘している中――。

 

 私は世界各所に舞い降りた12人の魔神……12匹?

 まぁなんでもいいけどあいつらを倒すのに孤軍奮闘していた訳で。

 

 あ~……思い出しただけでも腹が立つ。

 ひと月ごとに1匹ずつとかほんと無駄な演出過ぎてたわあいつら、いっぺんに来てたら一瞬…とはいかずとも余裕で就活出来てたのに、はぁ。


 …まぁ。

 就活なんてどうにでもなるって余裕ぶってた私も悪いってはもう理解してるけどね。

 魔法が使えるようになって、そこらへんの危機感とか自己認識が甘くなってる事をほんとに痛感させられたよちくしょう。

 

 手に職が欲しい……魔法なんて……幸せに出来るのはせいぜい世界中の人だけ……むにゃ。

 

 こうして私は再び黒い夢の中でまどろむのであった。

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