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夢拡げましょ、VR

「……あ、あの彩音さん。俺なんかしたッスか?」


 サブ研所属の大学2年生である俺は困惑していた。何故かって? それは、俺が座っているテーブルの対面に居る三條彩音さんじょうあやね先輩が、俺に殺意マシマシの視線を向けてくるからだ。

 彩音さんは奇人変人、下手すれば怪人すらも居ると言われるサブ研でも、屈指の戦闘力を持つ恐ろしい美女である。前園先輩曰く、「彩音は信○の野望でいうと、武勇90くらいある剣豪武将ポジ」だそうだ。

 なんだよ武勇90って。なんだよ剣豪武将って。まず剣豪なのか武将なのか、はっきりしてくれよ。

「――ねぇ、後輩クンってさぁ……。もしかして、センパイに惚れてる?」

「えっ、っがっ――――!?」

 まるで気道へ手刀を喰らったみたいに、俺は言葉どころか息すらも詰まった。なんてこと聞いてくるんだ、この先輩。おまけに俺の狼狽える様子を見て、彩音さんの視線に宿っている殺意が更に増加している。

 まさか、まさか彩音さんは。

「どうした~、後輩クン? 冷や汗が滝の様に出てんゾ? お腹でも痛いのか~?」

「い、いやぁ。突然突拍子もない質問をされたんで、食ってたト○ポが喉につっかえたんスよ~」

 やばいぞ、目が微塵も笑ってない。おまけに彩音さん、自分の鞄からおもむろにメリケンサックを取り出しやがった。なんでそんなにデコった可愛い系の鞄から、よりにもよってメリケンサックが出てくるんだよ。しかも、なんでそんなにメリケンサックが似合うんだよ。まずい、まずいぞ。ここで判断を誤れば、俺は彩音さんに殺される。

 

 やはり、そうか。彩音さんは、いや彩音さんも先輩が好きなのか。まさかそっちの気があるとは思わなかった……。いや、何となく視線が違うなぁとは思ってたから、そんなに意外でもないか。

 となると彩音さんと俺は、先輩を巡っての恋敵になるワケだ。もっとも、あの色恋沙汰に疎い先輩が、俺たち2人の思いに気づいている筈もないが。

 さて。ここで状況を整理しよう。今、サブ研の部室に居るのは俺と彩音さんの2人だけ。テーブルに向かい合って座り、互いの距離は1メートル離れているかどうかというところ。彩音さんの武装はメリケンサック。対する俺の武装は、動揺を隠す為にポリポリと齧っているトッ○だけ。

 

 いかん、このままだと俺は死ぬ。


 喧嘩は先に仕掛けた方が勝つ。だが、○ッポ1本でメリケンサック相手にどう仕掛けろというのか。最後までチョコたっぷり、だからどうした。くそ、勝ち筋が見えやしねぇ。

 しかし、先輩なんてこれっぽちも好きじゃねぇ、なんて口が裂けても言えない。なんやかんや言いつつも、やっぱり俺も先輩が好きだ。あの人への気持ちに、嘘はつきたくない。

 なら、ここで勝つしかないワケだ。

「で? 結局のところ、後輩クンは先輩に惚れてんの?」

 勝負は一瞬。ここで俺が先輩大好き宣言を行い、彩音さんがそんな俺の顔面に文字通り鉄拳を叩き込んでくるであろう、その一瞬だ。その瞬間に俺はト○ポの先端を牙突の様に突き出し、彩音さんの拳を迎え撃つ。確かにトッ○は、横方向の衝撃には激弱だ。カイワレ大根より少しマシな程度と言っても過言ではない。

 だが、縦方向ならばどうだろうか。誰も縦から○ッポを潰そうとしたことなんてない、はずだ。つまり、縦方向の衝撃に対する○ッポの耐性は未知数。サブ研屈指の戦闘力を誇る彩音さんの拳とぶつかるその瞬間まで、勝負の行方は分からない。

 勝機はある、……あるのか?

 ええい、こうなったらヤケだ。世界の中心ならぬ、部室の中心で愛を叫んでやる。覚悟、決めるぜ。

「良いッスよ……。答えましょうか、彩音さん。俺は、先輩のことが――!」

 さぁ、来い。


「V、R――――ッ!」


 彩音さんの鉄拳よりも先に、前園先輩が部室の扉を勢いよく開け放ってきやがった。この乱入に驚いた彩音さんは、慌ててメリケンサックを鞄に仕舞う。俺の方も危うく本人に大声で告白しかけ、テーブルへ頭を打ちつけることで緊急停止を行い、どうにか事なきを得た。

「……どうしたんだ、我が後輩」

「い、いやぁ、眠たくなったんでボケた頭を醒ましてたんスよ」

 くそぉ、ぽけーっとした顔しやがって。もう少しである意味最高のタイミングだったぞ。

「お前もなかなか、面白い奴だなぁ。まぁいい。とにかくVRだ、VR!」

 そう言って、名誉部長専用の椅子へいつもの様にどかっと座る先輩。昨日は新しいゲーミングPCが欲しいって言ってたのに、今日はVRか。まぁ、この人が熱しやすく冷めやすいのは、今に始まったことじゃないからいいけど。

「けどセンパイ、お金無いのにVR買えるんですかぁ? アレって2、3万円じゃ買えないですよぉ?」

 さっきまでの修羅と同じ人間とは思えないほど、あざと可愛い声を出している彩音さん。マジで声帯に変声機でも埋め込んでるんじゃねぇか。

 ただ、前園先輩が万年金欠なことについては同意する。この人、つい先週も煙草買う金ないからって、俺から借りたばっかだぞ。

「……良いか、彩音。人間は実現不可能と思われることに対して、常に想像力を働かせてきたんだ。あんなことが出来たらいいな、買えたらいいな。その欲望を常に、想像の力で補ってきたんだよ」

 ドラ○もんの歌か。つまり、金が無いから妄想して済ませるってことじゃねぇか。


「だってしょうがないじゃんかぁ! 今月は前季アニメのブルーレイが届いたし、新作ゲームの発売日だったんだよぉ! もう財布の中には200円しか入ってないんだよぉ!」

 子供の様にみっともなくじたばたする先輩。ちょっとだけ可愛いが、やっぱり見苦しい。ていうか、財布の中身が200円って、最近の小学生でももう少し持ってるぞ。

「……はいはい、分かりましたよ。で、先輩はどんなVRゲームをやりたいんスか?」

「グラン○セフトオート。しかもオンラインで」

 間髪入れずに、何てことを言いやがるんだこの人は。あのゲームのドンパチ世界をVRでするくらいなら、まだTHE・WI○NESSで延々と風景パズルを探していた方がマシだ。

「いや、将来性ある革新的技術の使い方が、あまりに殺伐としすぎでしょ。どうぶ○の森VRとか、ぼくのな○やすみVRとか、他にも色々心穏やかになるゲームはあるじゃないッスか」


 自然豊かな田舎で、童心に返って虫取りや魚釣りに興じる。そして誰もが幼かった日を思い出す田舎のひと夏を、ゆったりと体験するのだ。VRでぼくの○つやすみは最高の癒しになるんじゃなかろうかと、俺は自分のアイデアを自画自賛する。

 しかし、先輩はそんな素晴らしい癒しを真っ向から否定し、対抗意見を提示してきやがった。

「馬鹿野郎! そんなものは、実際に電車乗って田舎に行けば済む話じゃないか。罵声とロケットランチャーが飛び交う空間を、スポーツカーで颯爽と走り抜ける。こんなこと、現実じゃできないぞ。これこそ仮想空間で体験すべき夢だろう」

 いや、体験したくもないわそんな夢。しかもあのゲーム、CERO:Zだけあってグロと下ネタと罵倒の嵐じゃねぇか。圧倒的没入感であんな世界を体験したら、頭おかしくなるわ。なんでソマリアもびっくりな阿鼻叫喚の地獄絵図に、自ら高い金を払って飛び込まねばならないのか。

「単なる地獄巡りじゃないッスか! で、最後はそのスポーツカーすら盗まれて、中指立ててファ○キューですよ! やっぱ、圧倒的没入感は癒しにこそ使うべきッス!」

「牙の抜けた獣か、お前は! それに、ぼくのなつ○すみだって32日目以降のアレがあるじゃないか! あんなものをVRでやったら、精神崩壊するわ!」

「なんでバグプレイ前提なんスか! 普通に遊びましょうよ、普通に!」

 ヒートアップする俺と先輩の議論。


 だがその時、議論の輪に入ろうとしたのか。或いは俺が先輩と話しているのが、どういう形であれ気に食わなかったのか。

 彩音さんが言ってはならない禁句、即議論終了の核ミサイルを放ってしまった。

「まぁ、とりあえずセンパイは、お金貯める所からですよね~」

 その一言が彩音さんから放たれた瞬間、前園先輩はゼンマイが止まったブリキ人形のようにがくと膝をつき、項垂れてしまった。いや彩音さん、それを言ったらお終いなんですよ。

 ぐうの音も出ない正論を叩きつけられ、前園先輩は顎をしゃくらせて唇を噛み、悔しさを顔いっぱいに浮かび上がらせている。その顔は最高に面白かったが、流石にこれをずっと見ているのはしのびない気がするな。

 だが、それでも一矢報いたかったのか。前園先輩は『ショーシャンクの空に』のティム・ロビンスよろしく、部室の天井を仰ぎ見ながら手を大仰に広げてこう叫んだ。


「夢を見ることすらお金がかかるなんて、世の中間違ってる――!」


 恐らく、この言葉が今日の訓戒になるだろう。そう思いながら、俺と彩音さんは前園先輩にツッコんだ。

「「世の中、何をするにも金がいるんですよ」」

 何とも世知辛い世の中ではあるが、俺たちは今日もくされ大学生として元気に過ごしているので、そんなことをいう資格はない。

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