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ラブコメ万能論

 いつも通り、俺は講義が終わると部室棟の二階右端にあるサブ研の部室へと足を運んでいた。他にやる事もないので足を運んでいるが、正直なところ前園先輩たちのオタ話にはほとんどついていけない。

 読んでいた漫画雑誌は週刊少年ジャ○プで、見ていたアニメもそれくらいのメジャーなものしかない俺にとって、先輩たちはあまりに深すぎる。時々先輩たちは部室でアニメの上映会をやっていて、それを見て少しでも話を合わせようとするがどうにも興味がもてない。とりあえず、ラノベのアニメは結構な割合でラブコメかファンタジーだと、最近気づいたくらいだ。ゲームの方も、とりあえず任○堂の主要なものだけやっていた俺は、スチー○だのおま国だの聞き慣れない単語の意味を覚えようと、入部当初は必死になったもんだ。

 先輩に会いたいのはもちろんだが、サブ研のメンバーはどいつもこいつも面白い。頭のネジが数本飛んでる奴しかいないけど。しかし同時に、オタクの話はそれ相応の知識がなければ難しいし、話の流れも速い。俺の数少ない趣味である映画鑑賞のおかげで、辛うじて映画関連のネタについていけるくらいだ。

 この何とも言えない悩みを頭の片隅に抱えながら、今日も今日とて俺はサブ研に通うのだった。


「ラブコメって言葉、万能すぎじゃね?」

 そんな俺を含めた、今部室にいるサブ研部員三人に向けて放たれた先輩の第一声が、コレである。先輩は腕を組み、これから議論するぞという気概満々だとアピールしていた。

「えぇ~、そうですかねセンパイ」

 ソシャゲに興じていた三年生の彩音さんが、スマホの画面から先輩の顔へと視線を向ける。俺の勘違いなのかもしれないが、この人の先輩を見る目は時々、何というかねっとりしている様な気がする。何かこう、どことなく俺と同類の気配がするのだが、深く詮索すると危険そうなのでこれ以上勘繰るのはやめとこう。

「またか、前園さん。何度も言う様にそれは貴女の主観的な意見であって、客観的なデータと分析が大事だと……」

 一方、『古代エジプト文明の謎』と書かれたハードカバーの本を読みながら、先輩の話に反論しているのが、綾音さんと同じく三年生の野川賢次郎(のがわけんじろう)さんだ。黒ぶちの眼鏡とその下にある凛とした切れ目は知的なイケメンという印象を受ける。低く、落ち着いたいい声で先輩と冷静に話しながら歴史書を読む姿は、こんなカオスな部室より図書館で司書をやっている方が似合っている。

 ホント、後は体重九十キロを超える肥満体で、常時別々のカードゲームのデッキを六個持ってなければ、マジで完璧なんだけどなぁ……。

「黙れ知的デブ。面白くないし、なんかうざいのでその意見は却下する」

「そうだぞ、知的デブ~? センパイの言葉に逆らうとか、絞めるゾ?」

でもって、サブ研での立場も俺と同じくらい弱い。いくらなんでもあだ名がひどすぎるだろ。

「だから! 僕には野川賢次郎という名前があると言ってるだろう! 何だ、やはり決闘(デュエル)で決着をつけるか⁉」

 腰のベルトに装着しているデッキホルダーから、カードゲームのデッキをひとつ取り出す賢次郎さん。しかもそのデッキを片手にかっこつけてるんだから、やっぱりこの人もサブ研のメンバーだわ。後、そのルビ振りはなんとなくまずいと思うッス。

「で、元の話に戻るぞ。マジでラブコメって言葉は、『ヤバい』と同じくらい万能なんじゃね、とアタシは思うワケだ」

 決闘(デュエル)を始めようと準備(スタンバイ)している賢次郎さんを無視して、先輩と彩音さんは話し始める。俺も正直、仮にも美人な二人と話していた方が目の保養になるのでそちらの話に加わる。すいません、賢次郎さん。けど、やっぱむさい男より美人なんスよ。

 テーブルにある自分が買ってきたスナック菓子をつまみながら、俺はとりあえず先輩の話にツッコミを入れる。

「いや、流石に言い過ぎっしょ。つうかその『ヤバい』だって、何でもかんでも使いすぎだって言われてるじゃないッスか」

「後輩クンはむしろそれを言われる側っぽいでしょ~。茶髪でピアスつけてるし、普段からパーカーとかのポケットに手を突っ込んでるから、チンピラみたいな怖い人だって女子の間じゃ評判だよ~?」

 ぐさっと、にやつく彩音さんの口から俺の心に言葉のナイフ、いや弾道ミサイルが着弾する。マジか、そんな風に思われてたのか。どおりでたまに食堂とかへ行ったら、女子たちの視線があちこちから刺さると思った。

 とりあえず、高校の頃からイキがってつけてた耳のピアスを引きちぎるか。

「彩音……、我が後輩の耳から多量の出血が発生するから、冗談はほどほどにしとけ。だが実際、これはアタシが発見した、限りなく真理に近い何かだと思うワケだ。例えばそうだな――」

 顎に手を当てて少し考えた先輩。そして、指を折りながら何かの数を数え始めた。

「学園ラブコメ、ファンタジーラブコメ、戦国ラブコメ、異世界転生ラブコメ……」

 そんな感じに、知っている限りのジャンルへラブコメという言葉を合体させていく先輩。その数は先輩の両手の指が何回も繰り返し折れるほどだ。もはや意味が分からない俺にとって、先輩の言葉は早口言葉と同じだ。

「……でもって、SFラブコメ。まぁ、思いつく限りだとこんなもんか。どうだ、全部なんとなくの雰囲気っていうか設定は頭に想像できるだろ?」

 あらかた言い終わったのか、先輩がどや顔で俺たちの方を向く。いや、俺にはまったく理解できないッス。

「ホントだ~。流石センパイですね~!」

「確かに……。悔しいが想像できる」

 しかし、綾音さんやいつの間にか席についていた賢次郎さんはうんうんと頷いている。なんだこの人たちは。

「いやいや、おかしいっしょ。俺には微塵も想像できないッスよ」

 抗議声明を上げる俺に、三人は怪訝な顔をしている。綾音さんに至っては、先輩の言葉に異を唱えたのがまずかったのか、笑顔で指の骨を鳴らしていた。めっちゃ怖え。

「いやいや、我が後輩よ。こう何というか、あぁこういう作品っぽいなって予想はつくだろ?」

 きょとんとする先輩と、頭を思いきりぶんぶんと横に振り回して否定する俺。相変わらず、この人たちの脳内は、俺のような非オタには理解不能だ。

「つかないッスよ。じゃあ聞きますけど、戦国ラブコメってなんスか」

「美少女になった織田信長とか、豊臣秀吉とかとキャッキャウフフする作品だろ。個人的には宇喜多直家とか尼子経久あたりが美少女化してくれたら、十万まで出す」

 しれっと当然のように、とんでもない事を口にする先輩。ちょっと待て、信長とか秀吉は思いきりおっさんだろ。既に一つ目でツッコミどころが多すぎんぞ。

「どういうコトっスか。なんでむさいおっさんが美少女なんスか。初手で既に意味不明ッスよ」

「やれやれ、しょうがない。ここはひとつ、先輩であるアタシが例を出して教えてやるか……」


   ◆◇◆


「ねぇ忠家。実は前に娘を送ったあのボケ豪族共、なんかこの宇喜多直家サマに対して頭が高すぎるんだけど。()っちゃっていい?」

 俺の名前は宇喜多忠家。ごくごく普通の戦国武将だ。今は姉である宇喜多直家の補佐をして、日夜浦上家とかいう連中の残党をぶっ飛ばしたり、毛利と織田の間をウロチョロしたりしている。

 だが、この姉はマジで怖い。娘とか他の姉妹を送って親類ヅラした後、頃合いを見て暗殺とか日常茶飯事だ。一応、家臣とか暗殺者は大事にしたりする優しい面もあるが、やっぱり怖い。

なので俺は姉に会う時、常に鎖帷子を身につけている。

「いや、直家姉さん。仮にも縁戚関係の人を、そうやって次から次へと殺すのは……」

 姉さんは俺の言葉などまるで聞いていない。自分の息子である八郎を、自身の膝の上で可愛がっている。

「だってウザくなったんだもーん。ねぇ、八郎~? お前はこの直家サマが頑張って、将来五十万石くらいの大大名にしてやるからなぁ~」

 はぁ、いくら嫡男とはいえこんなに溺愛していて、宇喜多家は大丈夫だろうか。そう思いながらも、俺は政務の仕事を進めている。

 まったく、やれやれだ。

 

   ◆◇◆


「と、まぁこんな感じが良いな。ラノベでもいけるし、エロゲでも問題ないだろ。タイトルは宇喜多忠家の憂鬱とかで」

 茶番を終えた先輩は、満足げに自分の近くに置いてあったペットボトルのコーラを飲む。

どうする、何処からつっこめばいい。

「まずそのタイトルはもろにアウトだと思うッス。でもって暗殺って言葉の時点で、キャッキャウフフとはかけ離れてる気がするんスけど。それにヒロインと会うのに鎖帷子を着こんでる主人公とか、ヒロインも主人公も並々ならぬ修羅じゃねぇッスか。つーか、もうツッコミのキャパがオーバーしてるんで勘弁してください」

 まだまだだな、とか言いつつ先輩は俺のスナック菓子を、まるで戦勝国が敗戦国から賠償金をもぎ取っていくかのようにつまんでいった。

 くそぉ。次こそは例えようもないものを指摘してやる。

「じゃあ、コズミックホラーラブコメってのはどうなんスか?」

 実のところ、俺もコズミックホラーというジャンルはよく分からない。ラブクラフト全集をちょっと読んだくらいだ。だがあの気味の悪い雰囲気や化物とラブコメは、おおよそ対極にある存在だろという甘い見立てでツッコミを入れた。

「異星からの侵略者が実は美少女で、主人公とキャッキャウフフする作品だろ。お前が深淵を見ている時、深淵もまたお前とキャッキャウフフしているんだろ。ラブ(クラフト産)コメディって事だ」

 意味不明だわ。その言葉を聞いただけでニーチェとラブクラフト、ついでにツッコミどころが多すぎて俺の頭の血管もブチ切れるわ。なんでひとつツッコんだら、十個くらい新しくツッコミどころが増えるんだよ。もぐらたたきかよ。

「これに関しては例え茶番をするまでもなく、代表作があるな」

「ニャ○子さんですよね、センパ~イ」

 おまけにそれが既にあるんだから、オタクの世界は広い。つうか、広すぎだろ。

そしてまた一口、俺のスナック菓子を先輩につままれた。何故か作品名をあげた彩音さんにもつままれたと言うには無理があるくらい豪快に食われる。こうなったら俺も意地だ。例え菓子が無くなってもツッコミ続けてやる。

「だったら、ミリタリーラブコメはどうッスか? 流石に男むさいミリタリーとラブコメは無理があるッスよ」

「美少女化したAK47や、M4とかとキャッキャウフフする作品だろ。定期的に色々なところをメンテナンスするんだ、よ……」

 そう言った後、やっぱり下ネタは恥ずかしかったのか、先輩は顔を赤らめてうつ向いた。

 やっぱりこの人は可愛い。正直言って写真を撮りまくりたいくらい可愛いが、もはやツッコミの鬼となった俺は躊躇せずにツッコミを入れる。というか写真については既に彩音さんがスマホで連写しているので、後でそれを買い取ればいい。

「アンタとりあえず美少女化して、とりあえず主人公とキャッキャウフフさせとけば良いと思ってるでしょ。いくら何でもパワープレイすぎるッス。後、しれっと下ネタぶち込んでも分かるッスよ。でもって、後で恥ずかしくなるんなら初めから言うな」

 顔を赤信号と同じくらい真っ赤にしながら、先輩はそのTシャツ越しでも分かる大きな胸を張り、まるで俺を論破したかのように勝ち誇っている。図星だからってさっきの俺の話をスルーしたな、この人。

「どうだ、ラブコメ万能説! 実際、今の世の中でラブコメという括りにぶち込めない作品の方が珍しいからな!」

 くそぉ、先輩が鬼の首を取ったようにしている。しかしその可愛さと大きい胸が見れた事と、先輩が話をごまかすのに必死でスナック菓子をつままれなかった事に免じて、とりあえず論破された事にしておくかと俺はスナック菓子をもう一口食べる。

 そこで、今度は賢次郎さんが異議を唱えた。この人もこの人でめんどくさいな。

「確かに、後輩くんの言う通りだな。美少女化という前提条件がなければ、流石にラブコメといえども万能ではなくなるのではないか? つまりそういった、所謂『萌え』の要素が少ない洋画などではどうだろうか」

 おいおい、せっかく俺が和平条約を結んで平和にしたのに、何やってんだアンタは。よりにもよって俺の好きな洋画村にまで、ラブコメの戦火を広げようというのか。

 そして更にまずいのが、その賢次郎さんの意見に異を唱えたのは彩音さんだという事。


「BL、ボーイズラブって言葉があんだよ知的デブ~?」


 そう、この人はそちら側の知識を持っている。先輩ですら二の足を踏むような魔境の知識を。そして彩音先輩はBLという武器を構え、その銃口を洋画村の村人たちへ向ける。

「センパイや後輩クンが好きな映画も、その手の連中にかかればBLとして十分に脳内補完可能ですよ~?」

 いやいや、そんなワケない。

「例えばダー○ナイトなら、日夜ヴィランたちと戦うバ○トマンが(ある意味で)大好きなジ○ーカーとの話ですし~」

 やめてくれ彩音さん、その技は俺と先輩に効きまくる。やめてくれ。

 先輩も俺も、思わずそれを想像してしまった。

「違うんスよ! いやまぁ確かに劇中で、お前が俺を完璧なモノにした、とか言ってた気もするけど違うんスよ!」

「やめろ彩音――――! 明日辺りまた見ようと思ってたのに、そんな事言われたら脳裏にそれがちらつくだろうがぁ!」

 映画好きの俺や、ジョー○ーが大好きな先輩はしばらくテーブルに頭をぶつけて悶絶する事になった。ようやく先輩が復活したのはそこから十分後。それまで俺と先輩は他の洋画すらも例えに出してきた彩音さんによって、もがき苦しんでいた。

 彩音さんの例えによって色々な名作が犠牲になってしまった。そして、そんな大惨事になってから、俺たちはあるひとつの簡単な事にようやく気づいた。

「まぁ、うん……。とりあえずこのラブコメ万能説に関しては、消費者側であるアタシたちがラブコメだけを偏食しすぎているのも一因だ。事実、ファンタジーにしろ学園ものにしろ、ラブコメ要素があった方が今は売れるしな。制作側も需要があるなら、それを盛り込むのは当然だろ」

 先輩と俺の目は死んでいた。神妙な顔をして、俺も黙ってそれに頷く。

「そしてアタシたち特有の文化である美少女化やBLとかも、節操なく持ち込むとエライ事になるというのが分かったな……。入門編としてそれを楽しむのは良いが、ところかまわずぶち込むのはそれを純粋に楽しんでいる人へ不快感を与えるかもしれん」

 彩音さんも少しやり過ぎたという風に苦笑いしていた。賢次郎さんに至っては、もう勝手に某世界一お金がかかる某カードゲームのオンライン対戦を、自身が持ってきたノートPCでやっていた。

 そう、それは当たり前の事だったんだ。俺と先輩は、今回のラブコメ万能戦争という戦火で荒らされた幾つもの作品やジャンルを見て、ようやくその当然の配慮に気づいたのだ。

 先輩が、よろよろと紙にペンを走らせてサブ研の訓戒を新たにひとつ作っている。俺たちサブ研は時折こうした議論で得られた事を、訓戒として書き記しているのだ。普段は単なる思い出作り程度に思っていたが、今回はまるで長年続いた戦争の講和会議における調印式だった。

 先輩は乾いた笑みを浮かべる。

「……今回の訓戒は、遊○王にまつわる言葉をもじってみた。カードゲームと言えば、やはり賢次郎だろ。というワケで、賢次郎が読んでくれ」

 先輩の言葉を受けて、PCから顔だけを逸らした賢次郎さんが良い声で、おまけにノリノリで宣言した。

「ルールとマナーを守って、楽しくオタク!」

 そう、つまりはそういう事だ。みんなも気をつけよう。


続いたよ! そして、これからも気分転換に投稿していくよ!

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