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蒼の騎士団

作者: 浅野弓子

 

 何で、こうなった。

 背負ってる瀕死の仲間の息遣い。それが耳朶に伝わる。普段なら気持ち悪いと思う感触でも、それが仲間の唯一生きてる証拠だと思うと手に力が入った。

「待ってて、今皆を見つけるから」

 仲間を背負い直し、山を歩く。

 ――何で、こうなったのだろう。

山中を歩きながら、記憶を辿った。



 パチパチと火が爆ぜる。

「クレノ」

 焚火に小枝を放り込む。

「何ですか、隊長」

 隊長はクレノの隣を座り、一緒に火を眺める。

「野営、初めてだろう」

「ええ、でも星空の下のキャンプって素敵で良いですね」

「だろう」

 実を言うと、野営は初めてではない。だが、そんな事どうでも良いだろう。

 ラングレーは笑う。笑った顔に八重歯が見え、噴き出してしまう。

「な、なんだ」

「隊長。恐らく、八重歯かと」

 カルロ副隊長の突っ込みに一同噴き出す。

 笑いが包まれる星空の下。

 クレノは微笑ましくも、暖かい胸中に癒されているとそれを掻き消す声が割って入る。

「笑うんじゃねえっ‼」

 シエンはラングレーの前まで来ると顔に唾を吐きかけた。

「部下に笑い者にされて無様だなあ、ラングレー隊長?」

 ラングレーは立ち上がる。

「いつもいつも、突っかかるな。シエン」

 ラングレーはシエンの胸倉を掴む。

 シエンは眉根を寄せ、拳をラングレーの顎に叩き込んだ。

「っ⁉」

 拍子に胸倉から手が離れる。

「どうした? まさか、この程度じゃないよな?」

 割って入ろうとするクレノを止める。

「どうして止めるんですか⁉」

「わざわざ怪我しにいくのか? お勧めせんね」

 アルバスは仲間を見ろと、促す。

 見ると仲間たちは静観していた。

 誰一人止めようとしないのだ。

「隊長と殺し合っていたら、身体がいくつあっても足らないね」

 隊長とシエンを見ると二人は銃を取り出していた。

 殺し合う気だ。

 それを分かっていても静観の姿勢を崩さない仲間にクレノは不信感を持つ。

 ――さっきまで笑い合っていたのに。

「……仲間、じゃないんですか?」

「ん?」

 どうやら、その言葉は届かなかったらしい。

 撃ち合いを始めようとする二人と仲間たちに絶望しているとミーシャが声を張り上げる。

「て、敵襲っ! 敵襲です!」

 ミーシャの耳は非常に良い。聴覚が優れているのだ。

 ラングレーとシエンは銃を抑え、仲間たちはそれぞれ木陰で敵が来る所で待ち伏せる。

「……ラングレー、話は終わってないからな」

「皆、敵を迎え撃てる準備をしろ‼」

 神妙な顔をする仲間たち。

 隣国の敵兵が姿を現した。



 自国と隣国は今戦時中にあった。

 敵襲があった夜からぶっ続けで歩いているクレノ達。

 山道で一番後ろを歩くルノー。よろよろとした覚束無い足取りに不安を覚え、クレノが近寄る。

「大丈夫?」

「ク、クレノさん。だ、大丈夫です……」

 不安だ。

 何か無いかと視線を手繰らせる「あっ‼」と仲間の声に視線を向ける。

 一本の煙が空に向かって上る。

「狼煙だ」

 雀蜂山に入ると隊長の元に駆け寄る。

 ルノーはやっと休めると地面に突っ伏した。

「隊長、狼煙ですが」

「ああ、丁度考えていた所だ」

 誰を行かそうか悩んでいた所だ。と言う隊長にクレノは言う。

「私が行っても良いですか?」

「良いが、一人でか?」

 了承を得ると、早速、狼煙があった場所へ向かった。



「クレノさん。良い子ですね」

 カルロが珍しく自分から話を掛けてきた。

「何だ、珍しい。まあ、俺とシエンの喧嘩に割って入ろうするくらいだ。良い子なのは間違いないだろう」

 嬉しそうに語るラングレー。

 カルロは陰りの付いた顔で話しかける。

「何故、シエンさんをご自分の隊に?」

 カルロが副隊長になったのは最近だ。異例の速さと国内最強の称号を持つ。

 疑問に思っても不思議ではなかった。

 ラングレーは黙ったまま、応えなかった。



 隊長の号令で、仲間は集められた。

 森の中、クレノが居ないことに気づく。

「あの、クレノさんが居ません」

 そう言ったルノーに、ラングレーは良いんだと言った。

「彼奴は狼煙を見に行ってもらってる」

「まさか、一人で⁉ 心配だ、見に行ってきます!」

「行くな、後心配なのはお前だ」

 今にも一人で行きそうなルノーを止め、話し合いに入る。

「先月末、王子が殺されたのを知っているな?」

 自国では、貴族派と王政派で揉めに揉めている。

「知っています! 知っていますとも! 王子が死んじゃって貴族派の連中が活気づいているのも!」

 ミーシャの声に顔を伏せるルノー。

「ミーシャの言う通りだが、今国内は緊張状態にある。王子が暗殺されたのも政略の一つかもしれん」

「でも、王子って王様に嫌われてるんじゃなかった?」

 エルメスが呟く。

「そこは知らん。親と意見が合わなかったんだろう」

「何で意見が合わなかったんでしょうね」

 アルバスが銃を手入れしながら気に掛ける。

「さあ……なんだろうな」



 クレノは狼煙があった場所に来ていた。

 (何もない)

 狼煙が一本、空に向かって漂う。

 来た道を戻り、仲間の居た所に戻ってきた。

 そこに、クレノの帰りを待つ仲間は誰一人いなかった。

「居ないっ! そんな、じゃあ、何処に!」

 道を間違えたのか? いや、荷物が置かれている。

「……仲間の身に何かあった?」

 呆然とクレノは立ち尽くした。



 先月末、自分は暗殺された。

 表向き、自分は死んだことになっている。

 今この場にいる身分もない自分は何か。

 騎士団に入り、身を潜める生活。

 自分を暗殺しようとした者が騎士団に居ることを知り、潜入し探っているものの、手がかりは一向に見つからない。

「王子って暗殺する価値あるのかね」

「アルバス、お前はまたそんな事を」

「アルバス君に同意です!」

 俯瞰した目で見ていると、ミーシャ「あっ‼」が呟いた。

「クレノちゃ……じゃない! 三、四人こっちに向かってきます!」

「やたら多いな、敵に会うのは二度目だぞ」

 皆、銃を構える。

 銃撃戦は予想出来た。

 木の陰に隠れ、大声で張り合う仲間たちの声。

 視界の隅に一人、戦線を離脱しようとする者が現れた。

 それを止めに追いかける。

 遠くから、隊長が「待て、行くんじゃない!」制止されたが、無視した。



 その仲間は通信器具を持っていた。

 何処かと連絡しているようだった。

「……ハイ、分かりました。それじゃ」

「何処に連絡してるんだ」

「……ルノー」

 ルノーは銃を構えていた。

「言え、場合に寄ると撃つ、ぞ」

 ぞ、の部分が途切れた。腹に暖かい感触が広がったからだ。

 銃声だった。

 ルノーからではない。

 外套の下から相手は隠れて撃ったのだ。

「銃を向けてから撃つと脅すんじゃなく、一発撃ってから脅すべきだったな」

 更にもう一発。倒れたルノーの背に撃ち込まれた。

 お腹と背中に二発喰らったルノーは、瀕死の重傷。

 背を向ける仲間を薄ぼんやりした視界に捉え、手を伸ばす。が、届くことなく力尽きた。



「ハア……ハア……」

 仲間が居ない。そんな焦りから森を駆け巡る。

 走り回ること数十分。ルノーを見つけた。

 見つけた時、涙が零れた。

 が、それも吹き飛んだ。

 ルノーの身体には血が付いており、地面に倒れていたのだ。

「ルノー! ルノー! しっかりして!」

 息があることに気づき、背負う。

何で、こうなった。

 背負ってる瀕死の仲間の息遣い。それが耳朶に伝わる。普段なら気持ち悪いと思う感触でも、それが仲間の唯一生きてる証拠だと思うと手に力が入った。

「待ってて、今皆を見つけるから」

 仲間を背負い直し、山道を歩く。

 草陰が動いた音がした。

 驚いて、振り向くと銃口を向けた敵兵が一人立っていた。

「クソッ‼」

 銃弾を掻い潜り、足首に当たる。

「ッ⁉」

 バランスを崩し、ルノーが離れる。

 しまった。ルノーに這い寄ろうとするも、敵兵の銃口が捉えている。

 銃声。

 歯を噛んで衝撃に耐える。が、一向に衝撃がこない。

 薄っすら目を開ける。

「大丈夫か⁉」

「カルロ副隊長‼」

 ラングレーが慌てて、ルノーを背負う。

「話は後だ。歩けるな?」

 足首を目にし「ハイッ!」と応える。



 仲間と合流し、ルノーの怪我が重傷だった。

「一体どうして……」

「撃たれたんでしょう」

 銃に詳しいカルロが言う。

「でも、一体誰に……」

 ルノーの介抱をするクレノは呟いた。

「……」

 沈黙する仲間に、隊長は言う。

「ルノーは戦線を離脱しようとした仲間を追って、撃たれた」

「……何が言いたい」

 シエンが唸る。まるでここから先を言うなと牽制するかのように。

「仲間の中に、裏切者がいるってことだろうね」

「!」

 一同、アルバスを見る。

「簡単な話。ここ最近、敵に会うのもその内通者のせいだろうってことね」

「だ、誰っ⁉ 誰なの‼」

 ミーシャがアルバスに煽られ、皆に疑いの眼差しを向ける。

「落ち着け、まだそうと決まった訳じゃ」

 ラングレーがミーシャの肩を抑える。

「いやっ‼」

 それを跳ね除け、ルノーの傍に走る。

 それを、判断できなかったクレノ。

「ちょっ‼」

「動かないでっ‼」

 ミーシャはナイフを持ち、刃の先をルノーの首筋に当てた。

「私は犯人じゃない!」

「それは分かってる! 何故」

 ミーシャは傍から見て錯乱していることが分かった。

「落ち着け! ミーシャ!」

「なら早く犯人見つけてきなさいよ! 私、ここから一歩も動かないから!」

 ミーシャの行動は犯人とって間違いなく益だ。

 それを分からないミーシャじゃない筈。

 だが、今のミーシャは冷静を掻いている。

 このままじゃ、危ない。

 ナイフがキラリと光る。

 組み付こう。ルノーをあの体制にしたら命に障る。

 組み付く準備をしていたクレノは、何かアクションがあればと考える。

「……はっ、あははっ」

 笑ったのは、ラングレー。

「おい、ミーシャ」

「な、何よ!」

「お前、今自分がどれだけ馬鹿なことしてるか分かってないだろう?」

「⁉」

「お前がしてることは、敵に利益を与えるだけだ――分かったならナイフを下ろせ!」

 組み付くクレノ。それに判断が遅れたミーシャ。

「っ⁉」

「ミーシャ、抵抗しないで」

 手首を強く締め付け、ナイフを落とさせる。

 良しっ! ナイフを拾い上げるエルメス。

「ミーシャを拘束する。縄を」

 カルロは手早く縄をラングレーに渡すとラングレーはミーシャの手を後ろに持っていき、縛った。

「ミーシャ、話を聞かせて貰うぞ。勿論、皆もだ」

 ミーシャは項垂れながらも頷いた。



「私、貴族派の、正確には貴族の娘なの」

「お前、確か、庶子の出って」

 ラングレーが記憶を辿り、ミーシャの書類には、平民の娘と記入されていた。

「あれは、嘘」

 本当はね、騎士団内で貴族派の勢力を強め、王政派の勢力を弱めることが目的だったの。

「? だった?」

 エルメスの疑問に、ミーシャは顔を暗くする。

「通信が途絶えたんです……王子が殺された日から」

「多分、貴族派も慎重になっているんだろう」

「違います……寧ろ、過激になってるような……」

「で、ルノーを何故襲った」

 一番重要なことをシエンが聞く。

「混乱していて」

 ミーシャははっきりシエンを見据え、言った。

 煮え切らない態度は皆もそうだった。

 カルロは特にないと言い、アルバスもそれに追従。

 エルメスは黙秘、シエンは隊長が怪しいと言い放つ。

「ラングレーがルノーを撃ったんじゃないのか?」

「やめろ、シエン」

 カルロが制す。

「俺は知ってるんだぞ、ここに来る前『ルノーが怪しい』って」

「何が、怪しいんだ?」

 シエンは落ち着いた様子で切り出す。

「……あの時みたいに仲間を殺すのか?」

「……」

「な、何の話」

 クレノが聞く。

「こいつが昔、今と同じ状況で仲間を殺した話」

「……!」

 ラングレーに視線が集まる。

「こいつは昔、俺の親友。ジェスカ=シトリーを殺した」

 今になって分かった。シエンが隊長を憎む理由。

「嘘ですよね、隊長?」

「……否定はしない」

 ラングレーは背を向ける。

「拘束しろ! カルロ、縄を」

 カルロは青ざめた顔でシエンに縄を渡す。

「……シエン、俺は」

「黙れ、言い訳は聞きたくない!」

 拘束される隊長をただ、黙って見守ることしかクレノには出来なかった。



 混乱の渦中。

 一人内心。ほくそ笑む奴が居た。

 さあ、さあ、もっと仲間同士疑り合え。

 自滅しろ。自滅しろ。

 呪詛のように、脳内が甘く、言葉は毒のように全身に回る。

 仲間の中に、一人、裏切者が居る。



 ラングレーが拘束され、シエンは仲間が殺された時を思い出していた。

『……シ、シエン! 逃げろ!』

『ジェスカ! ジェスカしっかりしろ!』

『ジェスカは反逆を起こした。辛いだろうが――』

『ジェスカが国を裏切るわけないだろう!』

 閉じていた目を薄っすら開く。

「シエンさん、ここに居たんですか」

 足音でクレノだと気づいた。

「何だ、クレノ」

 クレノは頬を掻き、躊躇う。

 大方、ラングレーの事だろう。

 大仰に溜息を吐き、言葉を紡いだ。

「……クレノはラングレーが殺したとは思わないんだろうけど、事実だ」

「……」

「彼奴は人殺しを平気でする奴さ」

「……何か、事情があったとは考えないんですか?」

「事情? 仲間を殺す事情ってなんだよ?」

 シエンはきつく睨んだ。

 その瞳には硬い決意が彩ってるようにも見えた。

「……すいません」

 いや、良い。シエンは暫く一人にしてくれと告げた。



(危ういな)

 シエンを見て思ったことがそれだった。

 決して、冷静ではないとは言い切れない、だが、感情的でもないかと問われると微妙だ。

 突けば破裂する風船のよう、クレノはそう感じた。

「……シエンの様子はどうでしたか?」

 仲間が撃たれてから、カルロは態度を一変させた。

「別段、普段と変わりませんでしたよ?」

 クレノは嘘を吐いた。……これ以上、負担を掛けたくなかった。

「そうですか……良かった」

 心の底から安堵する。

「……隊長の件、ですが」

「それは今は置いておきます」

 今は、内通者を特定するのが先です。そう言ったカルロの顔に一筋の汗が伝った。

「……」

「クレノは、隊長とミーシャの見張りを」

 分かりました、とクレノは言うと隊長とクレノが居る小屋に向かう。




「ミーシャ」

 ミーシャは顔だけ此方を向けた。

「何ですか、隊長」

「お前、何で嘘を吐いた?」

「嘘?」

 ミーシャは心底意外そうな顔をする。

「そう、嘘だ『私は犯人じゃない!』と言った奴が、犯人だとすぐ肯定するのは可笑しい」

「……」

「お前はあの時、何でルノーを人質に取った?」

「……」

「答えない、か。なら言い方を変える。誰を庇ったんだ?」

 ミーシャの顔が歪む。そこにギィィと木が軋む音。

 反射的にドアの方を向き直る。

「すいませーん、見張りのクレノです。何か欲しい物……」

「……クレノ」

「何で、がっかり顔ですか?」

 ミーシャは二人が会話に夢中なのを、後ろで手を弄っていた。指輪の先端にはキラリと光る刃の様な物。

「ミーシャさん」

「……え、何」

 会話に夢中だった筈のクレノが突然、声を掛けてきた。

「何か欲しいものは?」

「えっとじゃあ、パンと水」

 分かりました、取ってきます。そう言ってドアに吸い込まれるように消える。

「……私が誰を庇っているか、だけど、そんな証拠何処にあるの?」

「証拠はない、だが、確信した」

 お前は誰かを庇ってる。そしてそいつはルノーを殺そうとし、敵国とも繋がってる内通者だとな。ラングレーは言う。ミーシャは顔を伏せ、横に振った。

「そんなの、貴方の憶測じゃない」



 コンコン、と部屋のノック音。

「……誰だ」

「私です、カルロ」

 シエンは扉を開く。

「何の用」

「単刀直入に言います。ルノーさんが撃たれた場所一緒に探しませんか?」



「あれ、副隊長とシエンがいないね」

「あ、本当ですね」

 アルバスに言われ、気づく。

「まあ、いいや、部屋に食事運んどいてね」

 部屋に食事を運ぶ。

 以前、目を覚まさないルノー。

 その瞼が微かに動いた。

 それに気づかず、怪我の包帯を巻き、寝かせる。

 部屋を出て、隣の部屋、副隊長とミーシャの部屋へ行く。

「二人とも起きてます?」

「……起きてる」

「……おはよ」

「寝辛かったでしょ?」

 それぞれ、思い思いの感想を言う。

「首痛い」

「腰にくる」

「あはは」

 三人は笑った。

「クレノ、他の皆はどうしてる?」

 ラングレーの質問に「ああ……」と考える素振りを見せる。

「副隊長とシエンさんが見当たりませんでした」

「ってことは、残ってるのはアルバスとエルメスだけか」

 直後、大声が聞こえた。

「大変だ、ルノーが居ないね!」



 カルロとシエンは沈黙し、ただ己が見つめる者が嘘であって欲しいと願った。

 ――死体。

 焼身の死体だが、持ってる銃は見覚えがある。

「……俺たちと、同じ銃?」

「恐らく、仲間の」

「戻って確認するか?」

「……いいえ、銃を持ってない人に心当たりがあります」



 ルノーは引きずられながら、薄目で顔を見上げた。

「……エルメスさん」

「気づいたか、ルノアール殿下」

 ルノーは凍り付く、そう此奴が自分を撃ったのだと記憶がフラッシュバックした。

「お前は襲われる理由に見覚えがあるだろうな」

「……何の話、ですか」

 白を切るルノー、直後木に叩き付けられる。

 背を打ち付けたルノーはむせ返る。

「お前は、俺が、何に見える?」

 ルノーの視界にエルメスの顔、が近づく。――そうか、こいつは。



「……悪魔をご存知ですか? シエンさん」

 シエンは眉根を寄せる。

「悪魔だと?」

「人の姿に化ける、勿論、言葉通りですよ」

「……」

 黙って聞くシエン。

「昔から悪魔はいた、ただそれはドッペルゲンガーや双子、同じ姿をした他人。悪魔は人が持ってる姿にしか化けれない」

「つまり、アレは」

「そう、悪魔の仕業」

 カルロは続いて言葉を吐く。

「悪魔はまず、姿を真似た相手を殺す習性があります」

「エルメスは――」

「模写されたんでしょう。急ぎましょう、隊長たちが危険です」



「悪魔、だったんですね、エルメスさん」

 ルノーが言うと、近づけた顔を離し、空を見上げる。

「一本の狼煙、アレは合図だった」

 エルメスは語る。

「お前を誘き出し、殺すことが」

 銃口をルノーの額にくっ付ける。

「死んであの世でバラカに謝れ」

 ルノーは引き攣った笑顔を見せる。

 直後、銃声。



 撃たれた感触は来なかった。

「ルノーさん!」

――クレノさん。

「大丈夫か!」

 隊長。

 撃たれたエルメスは膝から崩れ落ちる。

 撃ったのはアルバス。銃を構え、銃口から硝煙を出している。

「ルノーは無事みたい、シエンとカルロも今の銃声で駆けつけてくると思う」

 ミーシャがルノーを支える。

 エルメスは額を撃ち抜かれていた。

 ――即死。

 カルロの次に銃の扱いに長けてるアルバス。本当に恐ろしい。

「ルノー、お前全部が抱えてるもん全部ぶちまけるね」

 アルバスはいつもの口調で淡々と言う。――それが辛かった。

「僕は、本当はルノアール。子の國の王子。そして、実父に命を狙われ、騎士団に行き着いた者」

 ルノーはたどたどしく、要領無く喋る。

「王は、王ではない。いや、いつからか王で王じゃなくなったか分からない。僕が生まれた時、自我が芽生えた時、既にソレだった」

「……ソレって?」

 クレノが尋ね、ミーシャは陰りを一瞬見せた。

「悪魔」

 その単語を出したのは、この場の誰でもない。

「……シエン」

 シエンは睨み付け、隊長へと銃口を向けていた。



「いつから」

「……シエン」

 隊長は懺悔を乞うように、目線を伏せる。

「いつから、ジェスカが悪魔だと知っていた」

「……冬の騎士のトーナメント、だ」

 シエンは唸り声を上げる。

 全員が、ルノー以外が銃を向ける。

 それぞれに。

 シエンは隊長に。

 ミーシャも隊長に。

 カルロはシエンに。

 アルバスはミーシャに。

 隊長はシエンに銃を向けたまま、「お前も悪魔だな」と問いただす。

 クレノはルノーに銃口を向けていた。

「……クレノ」

「……」

「あの遺体の銃は入れ替わりで、貴方がエルメスの、いえ、最初から持っていたんですね」

 死体の銃は、クレノ。だが、クレノはそれを魔術で隠し、エルメスかのように見せかけた。

「ミーシャが庇ったのは、クレノ。そしてクレノは信用していないのか、監視役を勝手出る」

「ルノーを殺すチャンスが合ったのに殺さなかったのは、それぞれ悪魔の命令系統が違うからだろう?」

 ミーシャが動く。

 クレノはそれを数瞬、遅れた。

 指輪、小さな先端が喉を掻っ切る。

「ミーシャ!」

「勘違いしないで! 私は名門貴族家。ルノアール殿下を守る!」

 逃げるシエン。そこに現れるのは。

「え?」

 ――今しがた殺されたクレノ。

「クレノ!」

「すいません! 狼煙見つかりませんでした!」

「この頓珍漢!」

 シエンが銃をクレノに向ける。

 クレノはそれを交わし、首に手刀を入れる。

 綺麗に入らなかったのか、まだ気絶してない。

 カルロが銃剣で「止めは刺すな」隊長の命を忠実に守り、足を狙う。

 逃げることを封じられたシエン。

 シエンは尚も唸る。

「猿轡を、此奴は危険だ」



『シエンー!』

『ジェスカ!』

 お互い、呼び合い肘と肘をぶつける。

『通ったな! 試験!』

『ああ、これでお互い騎士だ!』

 ジェスカと知り合ったのは、騎士の試験を受け付ける広場。

『これより、騎士の試練を行う! 書類にサインし、青銅の門扉を開けよ!』

 騎士候補生を取りまとめる人の声。

 それに夢中で聞き入っていたシエンを指で突く。

『……何だよ』

『……君、騎士候補生だよね?』

『……見りゃ分かるだろ』

『……頑張ろうね!』

 それが、ジェスカ=シトリーとの出会い。

 打ち解けるのに時間はいらなかった。

『なあ、何で騎士を目指すんだ?』

『……家が貧乏だから、かな』

『……ふーん』

『それより、僕ね』

 ――ラングレー隊長に目を掛けられるようになったの!

 嬉しそうに語るジェスカ。

 尊敬する人。と語っていた。

 なのに。

『ラングレー!』

 叫んでいた。

 彼はジェスカを殺した、目の前で。

『ジェスカは貴方の事を尊敬していた、いや、今や既にそれに値しない!』

 睨みつける。冷めた目で見るラングレーにシエンは。

『いつか、貴方を殺す』

 ラングレーの眼の色が一瞬変わる。だが、それを抑える様にまた冷酷な陰りに変わった。

 それから、何日か経った後、ラングレーの部隊に引き入れられた。



「起きろ、シエン」

 薄っすらと目を開く。

 シエンは猿轡と両腕を拘束されてることに気づき、再び目を閉じようとする。

 横合いから、衝撃。

「寝るな」

 視界にラングレーを捉え、抗議の視線を送らないように自制する。

 ――負けたのだ。色々利用して、負けた。

 項垂れ、ジェスカの事だけ思い浮かべる。

「シエン」

 項垂れたまま、表を上げないシエン。

「殺すチャンスなら幾らでもある」

 それを聞き、ラングレーがカルロに呼ばれ、部屋を出る。

 外に見張りが居るのだろう。シエンは項垂れた頭を持ち上げ、壁に凭れ掛かる。

 顔は髪で覆われ、口には猿轡。

 ――恨み言も、泣き言も言えない。

 シエンはただ、ジェスカにもう一度会いたいと願った。









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