8 ダイナー1 八起の推理
「八起さん、事件の謎を解いていたんですね?」
八起は思わず口ごもった。それは自白に等しかった。
「……ただの可能性の一つを思いついただけだよ」と答える。
「聞かせてください」
「根拠は無い。それでも?」
「納得がしたいんです」
繋架は目を逸らさなかった。
「コーヒーでも飲もうか」
「えぇ、じっくりと」犯人を追い詰めた探偵のような事を言い、繋架は車を出した。
八起は煙草に火を付け、深く煙を吸い込んだ。
それが最後の一本だった。
国道沿いの、煌々と光が灯るダイナーに入った。
カウンターに座っていたウェイトレスがこちらを向き、「いらっしゃいませ」と挨拶をした。
「ホットコーヒー2つ」
彼女は頷き、厨房へと向かった。
店内は程よい暗さの照明にジャズが掛かり、ゆったりとした時間が流れている。
雨のせいだろうか? 客は読書をしている高齢の女性のみだった。
八起と繋架は道路に面した窓側のテーブル席に座った。
繋架は八起が話すのを待っている様子だった。
八起は窓の外を見た。
街灯が、霧雨に乱反射し、光が滲んでいる。
シミュレーションのように、理想的な環境であるなら、光は滲んで見えたりしない。
しかし現実世界には塵や水蒸気が存在する。光源から射出されたフォトンは、それらに衝突し、屈折し、散乱してしまう。
八起は呟くように言った。
「……首を切断する事で、Nは何を成し遂げたのだろう?」
「首の切断……」繋架は考える。
「研究員を閉じ込める事で、Nは何を成し遂げたのだろう?」
繋架はテーブルをじっと見つめている。
八起は思った。彼女の視覚バッファは、恐らく脳で処理されてないだろう。
「推理小説では……」テーブルを見たまま、繋架は続ける「バラバラ殺人は、死体を移動させるため、死体を利用する為、何かを隠すために使われます」
「うん」
「今回の事件では、研究員を閉じ込める事で、ある種の密室……、密室殺人になっています。でも、犯人は脱出できていないので、密室の成立条件としては怪しいです」
少し間を置き、八起は言った。
「満夏主任は、安全装置は書き換えられていなかったと言ったね」
「はい、ブラックボックスによってバイパスされたと……」繋架は八起を見た。
「僕は、そんなブラックボックス……、いや 魔法と言っても良い。そんな都合の良い物は無かったと思うんだ」
「ブラックボックスは無かった……。とすると……」
「うん、安全装置はしっかりと機能し、Nは人に危害を加えられなかった」
「いや、待ってください。現にNは博士の首を……」
ハッと、何かに気付いたように繋架は固まった。
「博士は……既に人では無くなっていた……」
繋架の瞳に、光が灯ってゆく。
「そう……、不動博士は自殺していたんだ」