7 探偵退場
時刻は20時を過ぎていた。
会議室では、いまだに捜査会議が続いている。
議論は法的対応に移行し、探偵達の居場所は完全に無くなった。
「帰ろう」と八起が言った。
今度は繋架も否定しなかった。
最初から、探偵の解くべき謎など残されていなかった。
残っていたのは、既に起こった悲劇の後始末だけだった。
捜査会議の間、八起が質問する事は一度も無かった。
繋架と八起が会議室を出ると、エントランスで職員と出会った。
解と呼ばれたその男性は、八起と古い知人のようだった。二人は事件とは関係の無い、彼らの間だけで通じる符丁のようなジョーク(何が面白いのか、繋架には全く分からなかった)を言い合い、その度に八起の口の端が吊り上がった。繋架は、その奇妙な表情が八起流の笑顔なのだと思った。
解と別れ、不動研究所の外に出た。
日は沈み、いつの間にか霧雨が降っていた。窓のない研究所では、外の様子が分からない。繋架は研究所を振り返った。巨大な黒い箱に見えた。空間に突然現れた、抽象的なオブジェ。その中は、外の世界と違う時間が流れていたような気がした。
帰りの車中は、お互い無言だった。
間欠的なワイパーの音。
運転をしながら、繋架は事件の事を考えていた。
なぜ、Nは博士の首を切断したのだろうか?
なぜ、Nは職員を閉じ込めたのだろうか?
どのように、Nは安全装置を突破したのだろうか?
首の切断は、それだけ激しい恨みがあったとすれば説明できる。
職員を閉じ込めた理由は、犯行を邪魔されたくなかったと説明できる。
安全装置はブラックボックスによって説明できる。
だが、それではどこか違和感が残るのだ。
気持ち悪いしこりのような物が引っかかっているが、その正体は分からない。
「なぜNは博士を殺したのでしょうか」
「その疑問に答えは無いよ」と、八起は答えた。
「でも……」繋架は確かに何かを言おうとしたが、既にそれは通り過ぎてしまい、続く言葉は出てこなかった。
八起は、繋架を一瞥した。
「……満夏主任も言っていたろ? ブラックボックスだって」
八起の言葉は、どこか言い聞かせるように聞こえた。
「心の中は、憶測はできても、理解する事はできないんだ。決してね」
繋架は考える。
ブラックボックス。
そももそも、私はエクセルやワード程度のPC知識しかない。
日常的に使っているPCやスマホですらも、仕組みが分からない以上はブラックボックス――、魔法や魔術の世界だ。しかし、理解できなくとも、それらには仕組みやロジックがあるはずだ。
今回の事件では、ブラックボックスという言葉が、それこそ都合の良い魔法のように使われ、本質が覆い隠されている。そんな気がした。
事件の本質。
ブラックボックス。
その中は理解できない……。
繋架は助手席の八起を見た。
朝とはどこか違う印象を受けた。
……煙草を吸っていない。
吸い殻で一杯の灰皿、不機嫌だった朝の八起。
会議の間、一度も質問する事が無かった八起。
研究所で、解と親しく話していた八起。
何かがハッキリと繋がるのを感じた。
それは根拠の無い閃き。
だが、不思議と確信はあった。
急ブレーキを掛けた。
車はスキール音を上げ、道路の中央で停車した。
驚いた八起は、口をパクパクさせ、何やら抗議めいた事を口にしている。
構わず、問い詰めた。
「八起さん、事件の謎を解いていたんですね?」