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5 捜査会議1 目隠索

 捜査会議は16時から、不動研究所の会議室Aで行われる。

 第一発見者となった目隠(めかくし) (さぐる)は、壁際で目立たない事だけ考えていた。

 会議室は既に満室で、異様な緊張感に包まれていた。

 上座から順に、県警本部長に警視庁のキャリア組が着席している。それに加え、検察、法学者、哲学者にSF作家、学者、プログラマにエンジニアまで、多種多様な専門家が招聘(しょうへい)されていた。彼らの中に、繋架(けいか)八起(やおき)。主任研究員、(いつくしみ) 満夏(みちか)の姿もあった。


 以下の2点により、捜査会議は不動研究所で開かれる。

 1 博士を殺害したNが、研究所から出られない。

 2 知見のある人材が警察に存在しない。


 目隠は不動研究所で様々なことに驚かされた。なによりもNだ。知能があり、人間と自然なコミュニケーションが可能なロボット。事情聴取にも自然に受け答えし、その姿は事前にプログラムされた偽物のようには見えなかった。

 次に研究所の設計思想だ。15階建ての研究所。その2階~14階までがサーバールームに占拠されているのだ。サーバーの大半がNの演算処理に用いられているという。人間に割り当てられたスペースは、15階の研究室と、1階の会議室だけだ。巨大なビルに反比例し、研究員はたった10名。人間よりAIの方が優遇されているではないか。


 そんな事を考えているうちに、スクリーン横の方で人が動き始めた。16時になったようだ。

 普段は上座に座っている部長が演台で進行を務め、簡潔な挨拶の後に担当刑事を紹介した。

 紹介を受けた刑事は時系列順に事件の概要を説明しはじめた。


 会議室の照明が消えた。

 スクリーンには研究所15階の上面図が表示され、不動博士、N、各職員の位置を示すポインタがその上に重ねられている。

 職員のセキュリティカードは、Wi-Fiによって定位されており、位置情報は、1秒ごとに記録されていた。このログをベースに、各PCのネットワーク使用状況、所内の入退室記録、チャットのログ、証言を照らし合わせ、事件の全容は非常に高い精度で可視化されていた。


 画面右下に、時刻が20:30と表示されていた。刑事がログを再生すると、事件当時の職員の動きが地図上で再現され始める。時刻の表示は高速で進み、1分が10秒程度に圧縮されているようだった。

 Nを表すポインタは青く表示され、他の職員の部屋に入ったり、廊下をフラフラと移動していた。ドアは地図上で緑色で表現されており、開閉時のみ表示が消える。職員を表すポインタは白色で、各自の部屋に留まっており、まれに室内を移動する事はあるが、特に気なる動きはない。


 しばらくは何事も無く進み、時刻は21:00を通過した。

 すると、扉の表示が緑色から、ロックを表す赤色に変化した。Nのポインタは廊下を移動し、不動博士の部屋に入る。そのまま不動博士のポインタと重なり停止。

 21:10。この瞬間が、不動博士の殺害時刻と考えられている。

 21:30頃から、ある職員の白いポインタが、部屋の中を細かく移動し始める。扉がロックされている事に気付いたようだ。そのポインタが再び停止した。しばらくすると、他のポインタも部屋の中を移動し始める。職員がチャットに書き込み、徐々に情報が伝播していく様子が記録されていた。

 22:05。全ての白いポインタが停止した。Nが放送を行った時刻である。その後、白いポインタは、室内を動き回ったり、静止たりと落ち着きがなくなった。Nと不動博士のポインタは止まったままである。

 表示時刻が22:20を過ぎた頃、エレベータを表す表示が緑に点灯した。目隠が現場に到着した頃だ。その後、22:35頃から、エレベータの表示が点灯を繰り返しはじめる。警察の応援が到着してきた頃だ。

 22:45を過ぎると、赤色で表示されていた職員のドアが、緑色に切り替わった。Nがロックを解除したのだ。この間も、Nと不動博士のポインタが動くことは無かった。


 ログの再生は終了した。

 マクロの視点では、移動する点と色の切り替えに過ぎない。だが、目隠は昨晩の質感や匂い、手触りを覚えている。

 顔のない、金属の手足の生えた立方体が、博士の首を抱えている。その姿が頭からこびりついて離れない。


 人間では無い何かが、人間の真似事をする。

 目隠にはそれがたまらなく不気味に感じた。


 我々はNを逮捕し、裁くことになるのだろうか。

 刑罰――。


 刑罰の目的とはなんだろうか。

 1 犯罪者を市民から隔離する

 2 犯罪者の更生を促す

 3 犯罪者に罰を与える

 4 犯罪を未然に防ぐ


 犯罪を犯したロボットを、例えば刑務所に隔離する。その結果として市民の安全は保障されるかもしれない。

 しかし、寿命の概念が無いロボットにとって、10年、20年独房で過ごすことが、どれほどの罰や更生に繋がるのだろうか。どれほどの予防効果があるのだろうか。

 そもそもロボットの10年と、ヒトの10年は同じものだろうか。


 彼らと我々との間には、決定的に相容れない溝が存在する。

 その溝は、深淵のように底が見えない。

 Nの心理を理解する事は、深淵を覗き込むような行為ではないか?


「あなたが深淵をのぞき込む時、深淵もまたあなたをのぞき込んでいるのだ」

 目隠は、どこかで聞いた言葉を思い出すのだった。

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