3 密室2 暗号鍵解
時間は少し戻る。
Nによる殺人の告白から約10分後。
通報を受けた目隠が、不動研究所に到着した頃である。
自室に閉じ込められた解は、セキュリティ対応を放棄していた。
管理者権限は剥奪され、密かに作っておいたバックドアも無効化されている。権限を奪われた現在、ソフト的な解決策は思いつかない。研究所の扉は、こじ開けるのは難しいだろう。
解は考えた。この騒ぎは一体誰の仕業なのだろうか……?
自分の他にシステムの管理者権限を保持している人物は、所長の不動博士、主任研究員の慈 満夏だけだ。
チャットの情報を信頼するなら、他の研究員も全員閉じ込められている。
そして現在、不動博士との連絡は付かない。
先ほどの放送を信頼するなら、Nは不動博士を殺害したようだ。
だが、Nには安全装置がある。
人に危害は加えられないし、不正アクセスは禁止されている。
加えて、放送がN自身によるものかの判断も難しい。Nの音声ライブラリは、研究所の職員であれば誰でも利用可能だ。
現在の情報を基に判断するのは、信頼性の面で問題がありそうだ。
解は、手足を縛られ洞窟に映る影を見ている自分を想像した。
遅かれ早かれ助けは来る。
部屋からの脱出にリソースを割くより、仕事を進めた方が良いだろう。
解は思考を切り替えた。
Nの空間認識のアイディアだ。
映像情報と深度情報を組み合わせた現行方式から、2台のカメラを用い、視差から立体を把握するエピポーラ方式に切り替えてみるのはどうだろう?
人間は蝙蝠のように、反響定位で空間を認識している訳ではない。左右の視差から立体を認識している。精度、効率の面では圧倒的に劣るが、人間と同じように2つの目で世界を判断する事が、世界の認識にどのような影響を与えるのだろうか……。
仮説はある、実証する価値もある。
解は簡単なフローチャートを思い描き、使えそうなライブラリ、作業コストを計算し始めた。
いや……、Nにプログラムさせてみるのも面白い。
Nはバイナリでフルスクラッチのプログラムが可能だが、あえて人間用のC言語でコーディングさせ、皆でコードレビューをする。それがここ最近の、解の楽しみの一つだった。
突然、肩を叩かれた。
驚き、振り返ると満夏が立っていた。
「呼んでも気付かなかったから」
満夏の背後。部屋の入口には、警官が1名立っていた。
さらにその奥。廊下からは、何やら大勢の人間の音が聞こえる。
なるほど、先程の放送は本物だったようだ。
解は、洞窟の入口を振り返った自分を想像した。
時刻は23時になろうとしていた。