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10 ダイナー3 ブラックボックス

「そんな事、必要無い」


 そう、八起(やおき)ならそんな実装は決してしない。

 抽象概念のクラス定義など必要なく、ただのアクセス管理の問題なのだ。

 そうすると、前提そのものが変わってくる。


「Nは不正アクセスが禁止されているのではなく、実際にはサーバーへのアクセス権が無かったのだとすると……?」

「あっ……! 不動博士の……!」

「そう、魔法など必要ない。あの時Nはサーバーへのフルアクセスが可能な状態だったんだ」

 順序が違っていたのだ。博士を殺害する為、ブラックボックスーー、魔法を用いたのではない。博士が亡くなっていたので、博士の権限を利用しただけなのだ。

「Nは行動ログを書き換えたのかもしれない。ドアのロック時刻を書き換えたのかもしれない。実際には複数の改竄(かいざん)を組み合わせ、ログの辻褄(つじつま)を合わせたのだと思う。Root権限を持っている以上、いくらでも可能性がある」

 そう言うと、八起は椅子に背をあずけ、天井を見た。

 半ば無意識にジャケットの胸ポケットを探る。煙草を切らしていた事を思い出した。


「八起さん……、そこまで分かっていて、なぜ黙っていたのですか?」繋架(けいか)は尋ねた。

「最初に言っただろ? これはただの可能性だって。不可解な現象を説明する為の、数ある解の一つなんだ」

「……それでも、警察に言うべきだと思います」

「不動研究所は、僕なんかよりずっと切れる連中が集まっているよ」八起は苦笑いした。「彼らは実際にNを作り上げた天才達で、さらに長年不動博士の近くで接して来たんだ。こんな単純なカラクリに気付かないと思うかい?」

「気付いていて黙っていたと言うのですか? でも……」

 繋架の言葉は続かなかった。

 八起は繋架を観察した。

 繋架は、コーヒーに手を付けていなかった。もうすっかり冷めているだろう。

 彼女の入れたミルクは、コーヒーと完全に混じり合っていた。

 エントロピーは増大し、宇宙の熱的死を連想させた。

 混じり合った分子は、元に戻る事は、決して無い。

「ブラックボックスがあるとするなら――」八起は続けた。「殺人犯になってまで、博士の自殺を隠そうとしたN。真相を知りつつ、Nの自由意思を尊重した職員達。その2つだよ」

 「人」と書かれた伝票を取り、八起は立ち上がった。

「行こうか」


 ダイナーを出ると、雨は止んでいた。

 周囲に音は無く、雨上がりの独特の匂いがした。

「この匂い、何ていうか知っている?」ふと、そんな事を言ってみた。

「確かペトリコール」繋架は答えた。

「そう、ギリシャ語で石のエッセンスという意味だ」

「石のエッセンス……、素敵な考え方ですね」

「意思の、エッセンス、なんてね」

 繋架があきれた目で、こちらを見た。


 一体何でこんな事を言い出したのか。

 その理由は、八起にもわからなかった。

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