コレクター
宜しくお願いします。
ここでちょっと僕の趣味を告白したい。僕のこの趣味が始まったのは、ちょうど三年前の、今日の様にとても陽射しの強い、ある夏の日だった。僕は十八歳だった。この趣味の始まりが、僕の本当の人生の始まりと言っていいかもしれない。
僕は大阪市内に存在している、アメリカ村という、古着屋や雑貨屋や、その他若者のためにあるような店が立ち並び、また、そこを奇抜なファッションやとてもお洒落な格好をした若者達が闊歩している地域を一人で歩いていた。
僕もまた、古着に身を包み、そこを歩く若者達と同様、ファッショナブルな人間であった。
僕はあの地域が好きだった。そこにいるだけで、何だか、僕の気持ちが高揚していくのだ。
開放された空気が、自然と僕の心を開放していく。地元の田舎にいる時は、何だか、心が重苦しく、地味な人間である僕も、ここへ来ると軽やかなシティーボーイへと様変わりしてしまう。
僕は、ご機嫌で、奇抜なファッションやお洒落な格好をして歩く若者に紛れ、歩を進めていた。
ちょうど短い横断歩道にさしかかった時、信号は点滅し、青から赤に変わろうとしていたが、僕はかまわずに向こう岸へと向かった。
僕が横断歩道を渡り始めて、その半分にも満たないところで、信号は赤になってしまった。
僕は走るスピードを速め、急いで向こう岸へと渡った。
僕は、少し立ち止まり、息を整えていた。
しばらくして僕は、不思議な違和感を覚えた。
僕の背後にいる、もうとっくに動き出してもいいはずの車が、いつまでたっても動き出さないのだ。
僕はうしろを振り返った。
すると、その車の運転手が、窓ごしに、いつまでも僕のことを見つめていた。
黒のベンツだった。運転している男は、その漂わせている雰囲気から、とてもカタギの男とは思えなかった。
そうなのだ。この地域は、さきほどの若者達のほかに、あきらかにカタギとは思えないような種類の人物達も多数、出入りしているのだ。
パワーウィンドがゆっくりと下がっていき、男の視線は、よりはっきりと僕に向けられた。
「お兄ちゃん、どうしたんや?君がさっきみたいなことしたから、僕、車出されへんかったわ。一体どないしたんや?」
僕は奇妙な汗をたくさんかき、緊張と恐怖で顔が赤黒く変色していた。
僕は黙っていた。
何も言うことが出来なかった。
男の顔を見つめた。
「お兄ちゃん、わし、急いでたんや。どうしてくれるんや?」
「……」
「君、何か、身分を証明するもん持ってるか?」
「……」
「運転免許証とか……」
「……」
「ないんか?」
「あります……」
「見してみ……」
僕は財布から車の運転免許証を取り出し、男に近づいた。
「貸してみ……」
そう言って男は、僕の財布の方をひきたくった。
「これ、僕が預かっとくから……」
男は僕の財布に入っていた二万四千円すべてを抜き取り、僕に財布をつき返した。
そして、ゆっくりと車を発進させ、僕の前から去っていった。
僕は去っていく黒いベンツの後部を見つめながら、その場にしばらく立ち尽くしていた。
あの、ベンツがゆっくりと僕の元から去っていく光景を、僕は生涯、忘れることはないだろう。
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
僕は、悟空がクリリンをフリーザに殺された時のように、怒りに打ち震えて、そう叫んでいた。
そして、悟空がスーパーサイヤ人に目覚めたように、僕も何かに覚醒してしまったことに気付いた。
心の奥底から、何か得体の知れない力を持った感情が湧き上がってくるのがわかった。
その時は、それが何であるのかはわからなかった。
僕は、その日、それからすぐに家へと帰ってしまった。
そして、部屋のベッドに寝転び、あの出来事を心の中で何度も反芻していた。
僕は眠ってしまい、そのまま朝を迎えた。
朝食をとり、職場へと向かった。
僕は警備員をしており、空港の様々な施設を巡回している。
朝礼を終え、僕は立体駐車場の巡回へと向かった。
もう昨日のことなど頭にはなく、完全にいつもの調子で駐車場を見回っていた。そこに駐車されている車に異常がないか、一つ一つ丹念に観察しながら、僕は歩き続けていた。
しばらくすると僕の頭から雑念が消え、車しか目に入らなくなっていた。僕は無となり、ゾーン空間のようなものに突入していた。
突然、僕の体に鋭い電流のようなものが走った。
僕は驚いた。
そして、みるみる五感が研ぎ澄まされていった。自分の中に第六感のようなものまで生まれたのがわかった。
力がみなぎってきた。
僕は、自分の右斜め後方を、まるで吸い寄せられるように振り返った。
そこには白いベンツが力なく駐車されていた。
この種を滅ぼせ
そんな声が僕の頭の中に飛び込んできた。
僕はツカツカと早足でそのベンツの元へと駆け寄り、すばやくボンネットの先端に取り付けられているエンブレムをへし折った。
そして、それをポケットへと入れた。
この立体駐車場には計七台のベンツが駐車されていたが、僕はそれらすべてのエンブレムをへし折り、ポケットへと収めた。
それからというもの、僕は近くにベンツの存在を感じるたびに、スイッチが勝手に入れ替わり、ことごとく、そのエンブレムをへし折り、コレクションしていった。
あれから三年が経ち、僕は今二十一歳だ。エンブレムは、この三年で四百二十二個を数えるようになった。
あの夏の日に、僕のコレクターとしての人生がスタートしたのだ。
そう、僕の趣味は、ベンツのエンブレムのコレクトだ。
ハッハッハ。
おわり
ありがとうございました。
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