『残飯』
目が覚めた。
暗くて遠い天井、薄暗い部屋、腐った藁の匂い。
異世界の転移も牢に入れられた事も全部夢ではないと再確認させられた。
時間の感覚が分からなくなるが、残飯が落ちて来たからご飯時なのだろう。
同じ牢に居る男性……ロータスさんは落ちて来た残飯を躊躇いなく食べている。
分かっている、これを食べなければ死んでしまう事ぐらい。
でも感覚として、誰が食べたのかも分からず、混ざり合ってグチャグチャになっているこれを食べたいとは思えない。
落ちて来たものの中でも、比較的マシな形をしているものを、選んで食べた。
どれだけ時間が経ったんだろうか……すごく長い事いるような気がするが、残飯が落ちて来た回数を考えるとまだ5日しか経ってないのか……
これを2ヶ月一人で……ロータスさんの精神力の強さには恐れ入る。
一人だったら……耐えれなかっただろうな……俺はいつもそうだ、一人じゃ何もできない……
駄目だ。思考がネガティブになっている……でも……ポジティブになる意味があるのだろうか……
みんなは大丈夫だろうか……落ちてこない事を考えるに、牢に入れられた者は居ないのだろう……
神奈は……あいつは強いようで本当は弱い。無理してないと良いが。
穂乃香ちゃんは……彼女は強い。彼女ならば大丈夫だろう。
問題は月島兄妹だ。
水奈ちゃんは至って脆い……氷河が居れば大丈夫だとは思うが、
問題はその氷河だ。あいつは、メンタルが強いわけじゃ無い。
その癖に人に頼らず、自分だけでやろうとする。
そして一人で出来てしまうから、なお質が悪い。
今、氷河と対等に立ち、支えられるのは穂乃香ちゃんぐらいなものだろう。
意味合いは違えど、あの子も俺と同じ、氷河の隣に立てるように努力する者だからな。
努力か……今の俺に……何ができるんだろうな……
「……なあロータスさん……俺に、魔法を教えてくれないか……?」
「……魔法では、この牢を壊す事は出来ませんよ……?」
「……それでもいいんだ……何もしていないのは耐えられない。少しでも……1%でも可能性があるんだとしたら、俺は……努力していたいんだ」
「…………分かりました。どうせ時間なら大量にあります。私も魔法が得意な訳ではありませんが、少しなら使えます……お教えしましょう」
ロータスさんに風魔法を教わった。
ロータスさんが扱える魔法は風魔法と闇魔法の2つらしい。
魔法を使うには適性が必要で、俺には闇魔法の適性が無いようだ。
風魔法の初級技、ウインドボールを教えて貰った。
最初は風を操る感覚という物が分からず苦戦したが、どうにか扱えるようになった。
といっても当てる相手が居るわけでもなく、寝床の藁を飛び散らせる訳にもいかない。
壁にぶつけてみるも、頑丈に出来ているようで傷一つ付かない。
作って放つだけなら壁打ちでも良いが、飛距離を知りたい時は上に向けて放つ必要があった。
上に向けてみたが、はるか上空の天井に当たる訳もなく、ウインドボールは途中で消えてしまった。
レベル1である俺はMPが多くないのか、1日に使える数は少ないらしい。
ロータスさんはお手本としてかなりの数を作って見せてくれたが、
俺は出来て1日に15個が限度だ。
ロータスさんは元々この国の近衛騎士の副団長をしていたそうだ。
俺と4つしか年が違わないのに国の重鎮だったらしい。
宮廷魔術師の筆頭になった人と幼馴染で、競い合うように修行に打ち込んでいた結果なんだとか。
幼馴染だけど性格が真逆で意見が合わず、仲が悪くて絶対に負けたくないらしい。
その気持ちだけで国の重鎮にまで登り上がったのは凄いと思う。
でも負けたくないというロータスさんのその気持ち、俺も分からなくない。
また、残飯が落ちてくる……
この残飯を食べる事に抵抗が無くなったのは何時からか……
使ってる食材が良いためか、少し美味しいあたりが何とも腹立たしい。
俺はなんでこんな生活を強いられてるんだろうな……
俺は……俺が、一体何したって言うんだよ…………
「――ああ。お前は何も悪くないぜ日坂」




