恋する乙女
朝食を終えた俺は、神奈の部屋の前にやって来た。
俺から神奈の下へ訪れる日が来るなんてな。
人生ってどうなるか分からないもんだ。
突然異世界に飛ばされたりするしな。
「神奈、今大丈夫か?」
『お兄さんですか? 大丈夫ですよ』
返事の声が猫かぶってる時の声だ。
まあ、扉の外に俺以外が居るとも限らないしな。
部屋に入れて貰った。
異性としての危機感? 無い無い。俺と神奈だし。
「どうしたんですか~?」
「愚痴を聞きに来てやったんだよ」
「Мですか~?」
「アホか、ノーマルだ」
俺はノーマルだ。異論は認めん。
「よく考えたら俺の取れる時間って、朝食後から出発までのこの時間しかねぇんだよ」
「暇そうなのに。他の時間は何してるんですか~?」
「水奈を寝かしつけたり、穂乃香に起こされたり」
「うわっリア充。死ねばいいのに」
心の中で思いなさいよそういうの。どうして言葉に出しちゃうの。
別にいいけど。
「そんなんだからクラスの男子に嫉妬の目を向けられるんですよ~。その上、こうして会っている私も美少女ですしね」
「穂乃香の次にな」
「うるさいです。私はその上人望もありますから、頼りにされてるんですよ?」
「水奈の次にな」
「うるさいです。というかそれは褒めてるんですか? 貶してるんですか?」
「褒めてるだろ。あの二人が絶対的過ぎるだけで」
神奈って何気にスペックは高いんだよ。スペックはな。
「……まあ、いいでしょう。そんな見た目も人望も次席である美鈴ちゃんは、総合トップな訳です!」
「……いや、水奈だろ。あいつ性格天使だし」
「水奈が天使なのは認めますが、その言い方だと私の性格が悪いみたいに聞こえるんですが」
「キノセイジャナイカナ」
「どうして片言なんですか~? ――ぶん殴りますよ?」
言動が野蛮。そういうとこだぞ。
「お兄さんは本当にデリカシーが足りてませんね~。日坂先輩を見習って下さいよ」
「俺が仮に日坂みたいに爽やかだったらどうする?」
「気持ち悪いですね。爽やかなお兄さんは、それはもうお兄さんじゃありません」
テメーこの野郎。
「あ~日坂先輩に会いたい……あのイケメンボイスが聞きたい」
神奈 美鈴
フェチ 声
そう、コイツ声フェチなの。
『お兄さんって声は良いですね』って昔言われた事がある。
それ以外は良くないと言いたいのか。
しかし、鎖骨、匂い、声。
一番まともなのって神奈? そんな馬鹿な!
神奈が一番まともだと!? いや、あの二人がマニアック過ぎるだけだ。
なんだ部屋の匂いって。鎖骨に至ってはもっと分からん。
「じゃあ早く最前線に行けるように頑張れよ」
「言われなくとも分かってますよ。日坂先輩に追いつくために、私は誰よりも早く強くなるんです!」
こいつが戦闘員組に入って戦うのはそのためだ。
日坂に会いたい。日坂の傍に居たい。
その為だけにコイツはレベルトップに立ち続けている。
恋する乙女は強しって奴だな。
とうの日坂は牢の中だが。
「でもやっぱり日坂先輩に会いたいんです~。会いたいんです~」
「って俺に言われてもな」
「先輩何か持ってませんか? 日坂先輩を感じられるもの」
「お前、仮にそれを俺が持ってたらどう思う?」
「ドン引きですね。気持ち悪いです」
テメーこの野郎。
「何かありませんか~? あんだけ一緒にいれば何かあるでしょ。お兄さんの匂いに日坂先輩の残り香とかついてませんか?」
「ついてるわけねぇだろ。おい、嗅いでみるんじゃねぇ」
「ん~水奈と穂乃香の香りがする。これはこれで悪くないけど、私が欲しいのは日坂先輩なんです~」
悪くないのかよ。俺やっぱりお前よく分からねぇわ。
やがて出発の時間となったため、俺と神奈は広間へ向かった。




