『鬼ごっこ』
伊藤料理長の息子、フィジア君が産まれたのは煌輝の後なので、6歳では無く4歳が正しいです。訂正しました。
きっと彼は煌輝の子分……けれど結衣香に憧れがある為、板ばさみにされている様な心境……な子だと思います。その内母親に料理を仕込まれるのでしょう、頑張れフィジア君。
「――ねぇグラ、遊んで」
珍しくドレスでは無く、訓練着を着たリノの嬢ちゃんが、これまた珍しく俺に遊んで欲しいと言った。嬢ちゃんが幼かった頃は遊び相手を頼まれて、肩車してやることもよくあったが、成長していくと共に頻度は薄れ、ほたるの嬢ちゃんが重傷を負って以来ピタリと止んだ。最高幹部となってからは大人として扱われていたから、子供らしい所を見る事が減り、遊んで欲しいと言われるのは懐かしい気分になる。
嬢ちゃんは来年で成人を迎える。年齢で言うとまだ子供だ……子供である内に子供として遊んでおいた方が良い。滅多に無い……それこそもう無いかもしれない機会だ。特に予定がある訳でも無いし、遊び相手しようか。
「――良いぜ、何か希望はあるか?」
「ん。パルクール」
………………嬢ちゃんにとって、パルクールは遊びなのか……それで訓練着な訳か。
……普通未成年の子供が、パルクールしたい! なんて言うか?
そりゃ軽いアスレチックスぐらいはするだろうけど、嬢ちゃんが言ってるのはガチの奴だぞ。壁蹴って建物を駆け上がる奴だ。
実際に嬢ちゃんがそれを出来てしまうのも問題だよなぁ……ボスのスパルタ訓練でアクロバットを相当仕込まれたからな。俺も戦闘訓練相手を何度かしたが、回を重ねる毎に動きが雑技団みたいになってやがった。
ボスは嬢ちゃんをどうしたいんだ…………いや、空間魔法を使えない状況での、戦闘を教える為ってのは分かるけどよ……ここまで鍛えるか?
精神面もそうだがよ、戦闘面でも嬢ちゃんは普通の子供から逸脱している気がする。一般の大人をも凌駕している。嬢ちゃんレベルのアクロバットについて行けるのは国内でも限られてくるぞ。ほたるの嬢ちゃんじゃ相手にならなそうだな。
「そういえば、ほたるの嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「孤児院でお祈りの集まりがあるって」
「…………ああ」
それで良いのか護衛……まあ、国内で危険な事態はまず起こらないし、大丈夫か。
「パルクールをするにしても……場所はどうする? 住宅街じゃ十中八九ボスに怒られるし、最近移住者が多くて空き家地帯も減って来てるぜ?」
「……大丈夫。ついて来て? 『サークル』『テレポート』」
転移を繰り返し、嬢ちゃんによって連れられて来た先には――――巨大な岩山が。
…………いや、国内にこんな馬鹿でかい岩山は無かった筈だ……となると――
「おい、まさか……」
「ん。ベヒ―」
国内最東端の大草原に住まうベヒモスか……近くで見るとこんなデケェのかよ……
……まともに戦って勝てる気がしないな……日坂の大将なら問題無く勝てるんだろうけど……ボスやグライブまでじゃないか? 勝てる可能性があるの。
敵じゃ無くて良かったと心から思う。
「ベヒ―の背中に造られた建物は無人だから問題ない」
「建物? ……マジか、誰だあんな所に建てようと思ったの」
「一眠りしてる間にできてたって言ってた」
一眠りの間に出来る様な数じゃねぇぞ…………いや、ベヒモスにとっての一眠りは俺達と感覚が違うのかもしれない。モンスターにも冬頃に深い眠りにつく奴らが居るしな。
長期的に眠っている間に造られたんだろ。
「背中の上、使っていいのか?」
「ちょっと待って……――――――――……良いって」
その場確認……相変わらずの無計画さだな嬢ちゃん……
この行き当たりばったり感に、ほたるの嬢ちゃんやボスは振り回されてるんだろなぁ……ラミアも言ってたな、唐突によく呼び出されるって。
でもラミア、マーメイド、ナイトメア以外の召喚獣達は呼び出されて嬉しがってるから、苦い顔するのは少数派らしいな。マーメイドとナイトメアは半ば諦めてるから、文句を言うのはラミアだけらしい。
「じゃあ、建物まで登る所から」
「登るって……途中で動かれて振り落とされたりしないか?」
「食事中は動かないって」
食事中……滅茶苦茶草食ってんな。
たしか此処の大草原って、ボスが大量の肥料を撒いた上で、調合した超強力な成長促進剤を撒いたんじゃなかったか?
草の成長スピードは相当な筈だが、それでもベヒモスの食べる量が上回ってんのか……まあ、この図体なら仕方ないな。
嬢ちゃんは空間魔法使いが使える、収納庫から大量の草束を取り出して置いた。収納庫にも入ってるのか。足りないからそうなるのか。
「……グラ、行くよ」
「そうだな……動かしておかないと鈍るからな」
俺も30過ぎのおっさんだからな。戦闘はまだ良いが、パルクールとなると普段から鍛えてないと体力が尽きる。
戦争が終わり、外部の仕事もグライブが担当する様になってから、実戦はほとんどしてないからな。最近は見回りばかりだから、鍛錬は出来る時にしておいた方が良い。
…………嬢ちゃん……やっぱり遊びの範疇を超えてる気がするんだが……
嬢ちゃんがトントンと登って行くのに続き、俺もベヒモスの体を足下から登って行く。
嬢ちゃんは脚力もだが、自身の体を腕だけで持ち上げれる腕力もあるんだな。その見た目のどこにそんな筋肉があるんだ……相当引き締まってんだなぁ……
ステータスももちろん必要だが、ステータスが高ければ出来ると言うモノでは無い。
パルクールは体重移動や、筋肉の動かし方、タイミングなど、体の細部まで動かす『技術』が必要だ。
STRの数値が高くても体重が重過ぎれば不可能だし、体重が軽くても筋肉が少なければ、STRの数値によるカバーには限界が来る。単純な力はSTR×筋肉量だ。
魔法の威力がMIND×技レベルであるのに対し、接近の攻撃力はSTR×筋肉量+武器性能だ。攻撃力に関して言えば技術の熟練度は関係なく、必要なのは筋肉だ。
もっともそれが敵に当たらなければ意味が無いので、戦闘には技術も必要となって来る。
嬢ちゃんは自身の軽さもあるかもしれないが、にしてもあの動きは筋肉がなければ不可能だ。
……3年前以前の嬢ちゃんでは考えられないな……とても職業『王女』だとは思えねぇ。
「――グラ、付いて来てる?」
「ああ。ついて来てるぜ」
休憩なしに半分ぐらいまで登ったが、息が切れないとはな……
そりゃ岩山に見間違える程、至る所が凸凹してるから、引っかかりもあるし足場も結構あるけどよ……重力に逆らい体を持ち上げ続けてるには変わりないぜ?
これでまだ成人前って言うんだ……嬢ちゃんはどこまで成長するんだろうな。
「リノちゃん! お待たせ……って、グラジオラスさん?」
建物まで辿り着き、嬢ちゃんと魔法使用禁止のパルクール鬼ごっこと言う、実に子供が遊べそうにない遊びをしていた所に、アイリスの嬢ちゃんがやって来た。
「アイリス、お疲れ」
「嬢ちゃん。アイリスの嬢ちゃんにも声掛けてたのか」
「にもって事は、今日はグラジオラスさんも一緒にするんですね。私はよくリノちゃんのパルクールの訓練……じゃ無くて遊びに付き合っているので」
「………………頑張っているんだな、嬢ちゃん」
「……何がですか? 私が居るのは、リノちゃんが危なくなった際に錬金術で足場のカバー、それが不可能なら重力魔法で落下や衝突を止めたり、怪我した際に回復が可能なら私の回復術で、不可能なら空間魔法で水奈ちゃんの下へ運ぶ為なんですよ?」
「アイリスもパルクールする」
「……もちろん私も一緒にしていますが」
確かにそう言われるとアイリスの嬢ちゃんは、相手として一番良いな。
安全装置の役目を担いながら、一緒に遊ぶ事も出来る。
「なあ、嬢ちゃん。他にもパルクールをしてくれる奴は居るか?」
「パパと穂乃香、ピアニー」
「もれなく空間魔法使いって言うのが何とも言えねぇな……本来、空間魔法や重力魔法が使えない奴こそ必要とするスキルだろうに…………」
他に出来そうなのは……ロータス、イクシオン、グライブ辺りだろうな。
日坂の大将は地面蹴るだけで、宙まで高く跳ぶ事が出来るからな。あれはパルクールと呼べない。
アマリリス嬢はどうだろうな……出来るかもしれないが、そもそも身体が伸びるからする必要ないんだろう。
「……タッチ」
「……え?」
「アイリス鬼。よーいどん」
リノの嬢ちゃんは、軽い身のこなしで壁を蹴って屋根まで登り、そのまま屋根の上を駆けて行った。
「………………」
「………………」
「………………俺も逃げるか」
「あ、ちょっと! 待って下さい!」
待たねぇ。待てと言われて待つのを鬼ごっことは呼ばねぇ。
地を蹴り脚力で高く跳ぶと同時に、屋根に両手を掛け腕力で体を持ち上げる。身長と腕の長さがある俺は、そこまで高くない建物ならこっちの方が早い。
単純なスピード勝負でアイリスの嬢ちゃんに勝てる訳が無い。障害物を使って撒くしかないな――――
「――あー……疲れた」
パルクール鬼ごっこはベヒモスの食事終了と共に終わりを告げた。今は無人となった建物の中で休憩中だ。
嬢ちゃん達は元気だな……14歳と20歳の少女達の体力に、33のおっさんが敵う訳も無いか。
「お疲れ様です、グラジオラスさん」
「おう。流石だな嬢ちゃんは」
「流石と言われても……私はただの孤児院の院長なんですけどね」
「でもボスは、居合の爺さんを抑えて、現状国内で5番目の実力者だって言ってたぜ?」
「――――え?」
大将、ボス、グライブ、王妃に続く5番目。6番目に居合の爺さんで7番にアマリリス嬢と続く。
「…………なんで私の評価がそんなに高いんですか?」
「むしろ何で評価が低いと思ってるんだ? グライブから左腕を奪ったの嬢ちゃんだろ? ボスの奴隷になってステータスが上がってるとは言え、片腕になったグライブに俺とイクシオン、ロータスの3人掛りで戦ったが、全く歯が立たなかったぞ…………あれ相手によく左腕落せたな」
「――――――」
片腕と両足を上手い事使って攻撃を捌きやがるし、ようやく当たってもダメージがいまいち入らねぇ……ありゃ堅過ぎる。
右眼奪ったアマリリス嬢もアマリリス嬢だが、それ以上に硬かったであろう左腕を落とした、嬢ちゃんが弱いわけがない。
「そ、それは! 隙を作って貰った上に、スキルによるもので……」
「スキルも実力の内だろ。ボスは恐らく嬢ちゃんが飛び抜けて強くなるって見越した上で、あの武器渡したんだと思うぜ」
嬢ちゃんと居合の爺さんが持つ短剣は、他の幹部が持つ一級品の武器と比べても格が違う。
意味合いは、城を守るツルギ、孤児院を守るツルギかもしれないが、それ相応の実力が無いとまず渡せる様な物じゃない。レベルを上げた嬢ちゃんは化けると、ボスは確信してたんだろうな。
リノの嬢ちゃんもまた格の違う武器だが、こっちはリコリス倒す為……いや、将来的なポテンシャルで言えば、嬢ちゃんも俺ら以上に強くなるだろうな。
グライブが強くなるのが待ち遠しいって言ってたからな。嬢ちゃんにはボスのせいで駄竜って呼ばれてるが。
「………………私もそっちの枠に入るのか……」
「……分からねぇのは、どうして俺の武器は他と違いアダマント製なのかだ……俺の実力はだいぶ打ち止めだし、最近はロータス相手にも黒星続きなんだがな……」
同じアダマント製の武器を持つのは水奈の嬢ちゃんだけだ。他はミスリルとオリハルコンの武器を持っている……ボスは俺に何を見出したんだ?
「――……月島君はきっと、嫌だったんだと思いますよ」
「…………嫌だった……? 何がだ?」
「例えば、日坂君に渡されたのはオリハルコンの剣ですが……魔剣術や聖剣術を扱う日坂君には、ミスリルの剣の方が相性が良いと思いませんか?」
「確かに……言われてみればそうだな」
「でも月島君が、ミスリルの剣では無く、オリハルコンの剣を渡したのは、お揃いの武器を使うのが嫌だったからだと思います」
「…………ボスらしい理由だな」
ほたるの嬢ちゃんも持ってるから、3人になってたかもしれないが……それでも国家のトップ2人が、同じ武器を持ってるって評価を受けたくなかったんだな。
「だとして…………俺は何なんだ?」
「……明君は良くても、グラジオラスさんは嫌だったんですよ」
嬢ちゃんはそう言って微笑んたが……アマリリス嬢は良くて、俺は嫌だった?
俺にオリハルコンの武器を渡したくなかったのか? ミスリルやオリハルコンより希少なアダマントを使ってまで……?
……………………さっぱり分かんねぇぞ?




