親友
アイリスを孤児院に送り届けた後、部屋に戻ると同時に限界を迎えて眠りについた。
丸一日休み無しの飲まず食わずで戦い続けてたんだ、そりゃ疲労も溜まる。
眠りから覚めてからは水奈に治療を受けて、即座に飯だ。血も足りて無きゃ、エネルギーも足らん。胃袋の中、自身の血と雨水しかなかったからな。水分しか確保出来てない。
結局まだ事情を説明出来てない事でフィサリスと、朝一で数多の傷を治療した水奈からの視線が刺さる。ただならぬ雰囲気を穂乃香とリノが感じ取る。
俺は柚奈を抱き締め多大なるセラピーを受け取った後、自分もして欲しいとねだる結衣香を抱き締め、リノに結衣香達の遊び相手をお願いした。
リノも気になったみたいだが、了承してくれた。良い子に育ってくれてパパは嬉しいよ。
他に聞かれると面倒な事にもなりかねないので、フィサリス、水奈、穂乃香の3人を俺の部屋に呼んだ。
そして事のあらまし……昨日の事を一から説明した。
最後まで話す頃には水奈が泣き、穂乃香は怒り、フィサリスは遣る瀬無い何とも言えない表情をしていた。
穂乃香には伝えた。悪いで言えば俺と、アマリリスの性根が悪いんだが、非は俺にある。
今回アマリリスが何か悪い事をしたわけでは無い。あいつは朝一で俺に呼び出された上で、一日中殺し合いをさせられた被害者だ。しいて言うなら存在そのものが悪い。
だからアマリリスを責めないで欲しいと、それは結果として俺を責める事だと。
そう説明すると、穂乃香はフィサリスと同じような表情になった。遣る瀬無いか……そうだな。
誰が悪いとも言い難い……時の運が悪かった……だが、しいて挙げるとしたらそれは俺なんだ。
俺が孤児院に行っていない事は、ラミウムにどうやってもバレるな。アイリスやフィサリスを見たらすぐに事の顛末を知るだろう。
申し訳ないな……俺が親孝行を受けてると思って、仕事を肩代わりしててくれたのに……結果的に調整をしてくれた幹部達の思いまで踏みにじってるな。
グラジオラスは納得しないだろうなぁ……あいつ熱いからなぁ……
気分は沈みど、仕事は廻る。俺は王として玉座に座らねばならぬ。
水奈が泣き止むまで待ち、気持ちを入れ替えて職務に向かった所で、俺の下にミラが訪ねてきた。
「……陛下……どうして来てくれなかったの……」
「…………色々と立て込んでたんだ…………悪かった」
色々を説明してやることは出来ない……アイリスの夢の再現になりかねないからな。
親孝行をしようと思ってくれたミラが悪い訳が無い。悪者にしてはならない。
ミラは俺なら来てくれると信じてくれたんだ。悪いのは期待を裏切った俺だ。
「…………陛下は……アイリスちゃんの事嫌いなの……?」
「そんな訳あるか」
「じゃあなんで来てくれなかったの!? なんで宗教の人達が邪魔しようとするのを黙って見てるのよっ!!!」
ミラの親孝行……それはもちろん日頃の感謝もあった。
けどミラの目的として、俺にドレスアップしたアイリスを見せたいと言う目的があった。
それは皮肉にも、望まぬ形で実現したんだがな……
最高級のドレスに宝石の付いたアクセサリーを使用したのは、国王の側室に推す為。アクセサリーに指輪だけ準備しなかったのも俺から渡させる為……その俺が現れなかった訳だ。
「…………あいつらはアイリスと俺がくっつく事に不満がある訳じゃ無い。アイリスが俺に嫁ぐとなった場合に起こりゆる未来……俺にアマリリスが関係を迫るか、敵対するか……それを危惧して、防ごうとしてるんだ」
「……なに……それ……! アマリリスが居るから、アイリスちゃんに幸せになるなっていうの!? 陛下は……っ! アマリリスと結ばれたくないから、アイリスちゃんを遠ざけるのっ!?」
「ミラ……俺を見くびるな。俺と結ばれる事がアイリスの幸せなら――――嫌いな奴を抱く覚悟だって出来る」
「……じゃあ……じゃあどうして……!」
「…………ビジョンが見えないんだよ…………穂乃香、フィサリス……水奈でも見えるのに……俺と肩を寄り添い合い、幸せな笑みを浮かべて笑い合う未来が……アイリスとは思い浮かばないんだ…………」
「――――――――――」
ミラは目を見開き、言葉を失った。見開いた目からは一筋の涙が伝って落ちた。
俺は……右目が濁っていくのを自覚した。
「お前も昨日見たろ? あいつは笑う時、凄く幸せそうに笑うんだ……でも俺はそれを、直接この目で見た事は…………一度も無い」
「…………そん……な……」
「俺が見た事あるアイリスは、照れた顔、困った顔、そして――泣き顔ばかりだ。俺はあいつを泣かせる事しか出来ない……それは俺が月島氷河であり、あいつが美空奏である限り、変わることは無い…………俺とアイリスの結ばれる未来に愛は生まれるだろう……だがそこに――あいつの幸せが無い」
ほたるも探していた……美空奏の幸せ。
それはきっと、俺の妻では無く……子供達の母をしてる時に感じれる物だ。
俺の生き方はこの先も変わらない……そして察しの良過ぎるアイリスを、今後も泣かせ続ける……
水奈の様に気付かぬフリして笑顔を向ける事も、フィサリスの様に一緒に背負いながら笑顔を向ける事も、穂乃香の様に理解した上で全てを受け入れて笑顔を向ける事も、アイリスにはきっと出来ない……仕方ないで片付けたくないんだ、アイリスは。
他人を深く思う『博愛』のアイリスに、俺の『自己犠牲』は相性が悪過ぎる。
「――そんな……そんなの私は認めないっ!! 実際になってもいないのに、陛下の想像だけで勝手な事言わないで!!!」
「………………」
「お互いに好きなのに! 愛し合っているのに……幸せが無いなんて事があってたまるかっ!!! 陛下が弱気でいるなら……! 私がアイリスちゃんの代わりを――院長を引き継いで、アイリスちゃんを陛下の側室に押し上げて見せる!!!!! 幸せじゃ無いなんて絶対に言わせないんだから!!!」
ミラはそう告げると、執務室から出て行った。
……青いな……響かなくなった俺は、既にくすんで汚れてしまったのだろう。
なってみなきゃ分からないか……確かにそうかもしれないが、それを確かめる為に地獄を見せる訳にもいかないだろう。特にアイリスは繊細だ、一度線を越えたら元に戻れないか、戻れても深傷は負うだろう。
「――アイリスの幸せを願う……それで言えば、俺もミラも同じ筈なんだがな……」
陛下に怒鳴り散らして出て来てしまった……
少し……いや、だいぶ感情的になり過ぎてしまった……
陛下は悲しそうな目をしていた……きっと陛下も凄く悩まれているのかもしれない。
陛下には全て見えている……陛下に思いを向けるのはアイリスちゃんだけじゃ無い……穂乃香王妃や水奈王女、フィサリス様の思いを汲みながら、リノ王女やアイリスちゃんに向けられる好意……アイリスちゃんを応援する私達に、それを阻止しようという信者達……その全て、それぞれの思惑と感情が……
それに、問題のアマリリス……アイリスちゃんと陛下が結ばれるための一番の障害……
孤児院に一時的に住んでいた時も異常に執着していた――――アマリリス?
村に住み始めて以来、毎年欠かさずにアイリスちゃんの誕生日に現れていたのに……どうして今年は現れなかった…………?
「そんな……まさか――」
「――――ミラ様。陛下の命により、アイリス様の下へお送り致します……『サークル』『テレポート』」
突然現れたピアニーさんが、ミラちゃんを私の下に置いて居なくなった。
呆然としていたミラちゃんは私を視界に収めると、勢いよく抱き着いて来た。
「み、ミラちゃん……? どうしたの……?」
「…………陛下が……陛下が来れなかったのって…………アマリリスが原因なの……?」
「………………」
「私……気付かなくて……っ! 陛下に酷い事たくさん…………っ……!」
「大丈夫……大丈夫よ、ミラちゃん。月島君は怒ってない……ピアニーさんを派遣したって事は、それだけミラちゃんを大事に思ってくれてるって事だもの」
「――っ! 陛下は私を……っ! なのに私は……私は……! 陛下を傷つけた……っ」
泣きじゃくるミラちゃんを、強く……けれども優しく抱き締める。
月島君もきっとミラちゃんに真実を伝えなかったんだと思う。
けれど、ミラちゃんは物分かりの良い子だから……自身で答えにたどり着いてしまった。
結局こうなってしまった……夢で一度体験しても、何も学べてないなぁ……
「ごめんなさい……っ……ごめんなさい……っ……私のせいで……っ……」
「…………ミラちゃん。私ね、昨日の親孝行凄く嬉しかった……こんな幸せな誕生日は初めてだなって思ったの…………これはミラちゃんのおかげだよ」
「…………っ…………っ!」
「なのに……そんな幸せをくれたミラちゃんが泣いていると……私も悲しい。どうか泣かないで?」
「……っ……アイリズぢゃん……!」
「ね? 笑って」
ミラちゃんは涙を流しながら手で目元を拭い、呼吸を整え始めた。
私の心臓の音を聴かせる様に抱き締めていると、ミラちゃんはしばらくして泣き止んだ。
「…………アイリスちゃん。アイリスちゃんは絶対に私が幸せに……陛下の側室にして『幸せだ』と言わせてみせるからね……っ」
「………………………………へ?」