血染めのドレス
「…………くそっ……あー、もう動ける気もしないなぁ…………酸素がようやく戻ったと思ったら、外は雨降ってるし……奏ちゃんの誕生日に奏ちゃんに会えないし…………散々だぜ――――――――――――――――――――――――なあ、氷河ちゃん」
「……………………」
「気付いて無い訳無いよね? ――――もう日付回ったぜ?」
「……………………」
「サイテーだね氷河ちゃん。みんな氷河ちゃんの事待ってたのに、君は僕と遊ぶためにみんなを裏切ったんだ……! 僕の体力を削り切れなかった? 違うよな氷河ちゃん。選択肢は他にもあった――――僕を殺すか、奴隷術の命令で『絶対服従』を結ばせれば良かった……それなら僕との敵対を気にする事無く、氷河ちゃんは誕生会に行けたんだ…………それをしなかったのは氷河ちゃんの甘さだろ? ――――やる事が中途半端なんだよ、お前」
「……………………」
「――――でも嫌いじゃ無いぜ、氷河ちゃんのそういう所……くふふふふ、ふははははは、あっはっはっはっはっはっは!!!」
…………動けないなんてどの口が言うのか……アマリリスは隔離結晶が解かれているのを理解し、雨降る中帰路へと高笑いをしながらよろよろと歩いて行った。
「…………アマリリス。お前は確かにこの国一番の嫌われ者だがな――――みんながみんな、お前に居なくなって欲しい訳じゃねぇんだよ……」
………………アホだな俺は。
俺を待つアイリスを、子供達を棄ててアマリリスを取った…………子供達を悲しませると分かっていながら受け入れた……ミラは完全に怒ってるな……アイリスは――――
「――何してんだろうな、俺……」
アマリリスを引き止めても、引き止めなくても、結局子供達は悲しんでいるじゃないか。
違いは原因が、俺かアマリリスかの違いしかない。
じゃあ嫌われ役なんて、アマリリスに押し付けていれば良かったじゃないか。
「……そうも行かないよな……アイリスへの親孝行だけでも、させてやりたいよな……」
膝から崩れ、地面に仰向けになる。
撥ねる泥、汚れる服など、もう、どうでもよく、出血だらけの体中に、冷たい雨が降り注ぐ。
『氷河…………』
「フィア…………お前の炎は温かい……けど、今はその気分じゃない。今は……冷たい雨に打たれて居たいんだ…………」
『………………』
すまないな……フィア……
月島君が来るまで起きていると言い張る子供達をどうにか寝かしつけた。
成人して卒業したみんなは、陛下も多忙だから仕方ないと子供達に諭していたけど、子供達よりも卒業したみんなの方が寂しそうにしていた。月島君に一番面倒を見て貰っていたのは彼らだから。
ミラちゃんは……子供達の前だから出さなかったけど、あれは完全に怒っていた。後日月島君相手に一悶着起こしそう――
「――――!」
孤児院の入口の扉が開く音がした。
私は反射的に入口を見た……そこには――
「――――――お誕生日おめでとう奏ちゃん、可愛い格好だね。ってそれよりなんでこんな時間まで起きてるの?」
――雨降る中歩いて来たのか、びしょびしょに濡れた明君が居た。
現れたのが、月島君では無かった事に落胆する自分が居るけれど……一日遅れでも雨に濡れてまで、わざわざ祝いに来てくれたんだからお礼を――――っ!
一日遅れに来た……? 私に異常な執着を向ける明君が……?
そもそも、今日1日…………この人は何処に居た……?
「――明君……今日1日どこに行ってたの……?」
「ん~? なんか急に実家のズベンエル公爵家に呼び出されて、ライブラ王国まで――」
「『テレポート』!!!!」
「…………察しが良いなぁ。奏ちゃんは――――気付かなきゃ幸せだったのに」
空間転移で急いで王城の執務室へ向かった。
どうか私の思い違いであって欲しい。
慌ただしく執務室へと入ると、中にはこの時間になっても働いているフィサリスさんの姿があった。
「――フィサリスさん! 月島君はっ! 月島君はいますか!?」
「アイリスちゃん? 珍しくドレスだね。ううん、ご主人様はまだ帰って来てないよ~? ご主人様も親孝行で嬉しいのは分かるけどさ~……朝から丸一日空けられるのはちょっと――」
「―――――――あぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁあああ!!!!!」
「――!? あ、アイリスちゃん!? ちょっとどうしたの!?」
探さなきゃ……彼を探さなきゃ……っ!
「………………不味いな……アイリスがこっちに向かってる」
『……どうするの?』
「…………どうしようも無いだろ……今から城に戻っても、此処に居ても、アイリスには見つかる……今は人に会うような状態じゃないんだがな……………………」
アイリスが俺を探している…………会うべきでは無いのも分かっている。
でも、俺は動く気にはならなかった。
雨に打たれ続けて身体が冷えて来た頃、アイリスは俺の前に現れた。
「――――月……島…………くん…………」
「……………………」
「どうして……っ……どうしてこんなことに……っ!」
「……………………………………どうしてだろうな…………俺にもよく分かんねぇよ」
「――っ!」
耐えきれなくなったアイリスは感情のままに、俺に倒れ込むように抱き着いた……
「――う、うぁぁあああぁぁあぁああああぁぁぁぁあああああああ!!!!!」
何してんだ……そんな事しても、俺もお前も傷つくだけだろ。
折角のドレスが雨に濡れ、泥が付き、俺の血で赤黒く染まっていく。
傷付くだけ、そう傷付くだけだ……にも拘らず、傷付くだけなのに――
俺は泣きじゃくるアイリスに、腕を回し抱き締めていた。
「――っ! ぅあぁぁぁあああぁああぁああああああああ!!!」
何してんだろうな……俺もお前も。心が引き裂かれる……そう分かっていながら。
覇気の抜けた顔の俺と、泣き顔のアイリスは抱き合ったまま、冷たい雨に打たれ続けていた――――