親孝行
最近どうも国王陛下を称えている人達がきな臭い。
孤児院の増築された一角のスペースで、王妃様が作った石像に向かって祈りを捧げているのはいつもの事だけど、国王陛下が子供達に会いに来た時の反応がおかしい。
陛下が来る時は大体、水奈王女と護衛のエリーザちゃん、リノ王女と護衛のほたるが一緒に来るけど、どうもほたるの様子がぎこちない。
個人的によく遊びに来ているエリスちゃんも、陛下が来た時はぎこちなかった。
祈りを捧げている人達は陛下が現れると、決まって陛下とアイリスちゃん、そして何人かは私の動きを観察している。
陛下とアイリスちゃんが話している時に向けられている視線、ほたるやエリスちゃんのぎこちなさ、私にまで向く視線…………国王陛下を崇めるあの宗教団体は、陛下とアイリスちゃんが結ばれる事に反対なんだと思う。
それは国王陛下の側室として、アイリスちゃんは相応しく無いと言われているようで納得がいかない。
私達にとって、世話を焼いてくれたアイリスちゃんがお母さんで、面倒を見てくれた陛下がお父さんだ。それは年長組が成人し、陛下が村長では無く、国王陛下となった今でも変わらない。
私達の両親が仲睦まじくある事を、本人達の意志ならまだしも、外野に否定されるのは納得できない。
そんな視線など全く気が付いていないかの様に、陛下とアイリスちゃんは話をするけれど、察しの良いアイリスちゃんが気付いていない訳が無く、陛下に至っては私達の思いも含めて全容を知っている筈だ。
陛下はこの事について一体どう思ってるんだろう……信者たちを咎める事も無ければ、私達を咎める事も無い。陛下の考えは分からない。
でもアイリスちゃんは……アイリスちゃんは、関係を望んでない人が居ると知れば、きっとそれだけで諦めてしまう。私達はアイリスちゃんが好きな人と――陛下と結ばれて欲しいと思う。
私達がそれを諦めてしまったら、本当に陛下とアイリスちゃんが結ばれる未来は訪れない……本人達の問題では無く、外野の思惑によって可能性が潰えるなんて認めない。
だから私は、アイリスちゃんの20歳の誕生日に合わせて事を起こす事にした。
「――親孝行計画?」
「そうよぅ。孤児院のみんな、卒業して院から旅立った貴方達も含めて、全員で私達の面倒見てくれたアイリスちゃんと国王陛下にお礼するのぉ。お金なら男爵と言う話だったのに勝手に子爵にまで上げられて、たくさんあるから気にしなくて良いわぁ」
元年長組であった私の同期達は自警団員、騎士団員、政務官、使用人などになっている者もいる。
それぞれに仕事がある為、予定が合う事は滅多に無くなったが、今回集まれるだけ集めて、私の形としてだけ貰った屋敷で話し合いを行った。
陛下には孤児院に住むから要らないと告げていたが、必要になる時が来るかも知れないから、別荘感覚で貰っとけと言われてしまった。本当に使う日が来るとは思わなったけど。
因みにアイリスちゃんに与えられた屋敷は、アイリスちゃんが子供達に好きに使っていいと伝えている。かくれんぼや鬼ごっこをするために使われたり、他の子と喧嘩して顔を合わせづらく、院を飛び出してしまった子を泊めて上げて、翌日に仲直り出来る様に協力したりしている。
私達の時は、喧嘩両成敗で村長だった陛下に怒られてたなぁ。いっつも最後には陛下に『もう喧嘩するんじゃないぞ』って言われて頭を撫でられたけど、数日後にはまた喧嘩してるのよねぇ。
炊き出しの際もそれぞれの好き嫌いを考えて、野菜を細かく切って分からない様にしてくれてたし……ほんと頭が上がらないわ。
「陛下にはバレるから仕方ないけど、アイリスちゃんにはバレない様にお願いねぇ? サプライズの方がきっと喜ぶわ」
「アイリスちゃんの誕生日に合わせて休みを貰えないか、団長には掛け合ってみるが…………陛下はお忙しいんじゃないか?」
「そこはもちろんお願いするわよぅ。アイリスちゃんの誕生日までに、お仕事片付けておいてねぇって……もちろん、その日に入るお仕事もあると思うから、ずっと参加して貰う事は出来ないと思うけどぉ……例え数分だったとしても来てはくれるわよぅ、私達の『村長』だもの」
陛下は年を重ねるごとに、仕事が多忙になり、私達に会う時間は少なくなっていた。
炊き出しがあった頃は毎日会えたけれど、炊き出しが無くなってからは遊びに来てくれる時だけ、その遊びに来てくれる回数も減って行った。
でもそれは私達だけでは無かった、リノ王女や、結衣香王女とも一緒に居れる時間は減っていた様だし、何より私達に会いに来てくれた時の陛下は、炊き出しで会っていた頃より疲労している様に見えた。それでも月毎に行う子供達の誕生日会には、少しでも顔を出しに来てくれていた。
それは今でも変わらない。国王陛下となった今も、私達にとっては『村長』だ。
「――そうだね。『村長の美味しいご飯』には敵わないけど、料理上手になったと思って貰いたいな~」
「あれかぁ……戦勝時に作られた炊き出し食べて、不覚にも泣いちゃったんだよなぁ……お袋の味……いや、親父の味?」
「親孝行なんだから、今回作るのは私達だよ!」
「そうよぅ、料理もセッティングも私達でするのよぅ? もちろん――アイリスちゃんへのプレゼントもねぇ?」
「――――と、いう訳だからぁ……少しでも顔を出して貰えないかしらぁ?」
「――――と、言われてもなぁ……」
執務室に訪ねてきたミラに直接話を受けた。ミラの屋敷で話し合われてる時から俺は知ってたけどな。
ミラの企画は素直に凄く嬉しい。俺とアイリスの事を思って、子供達が親孝行したいと言ってくれてる訳だからな。
「……あらぁ? 陛下は参加してくれないのぉ?」
「参加したい気持ちは山々なんだがな……その日に参加できると言う確証は出来ない。俺も今の立場が立場だ、国家が絡むとなると、他国に行かないといけない事態も起こる…………だが、行ける努力はしよう」
「…………そう……分かったわぁ」
ミラはそれだけ言うと、踵を返し執務室の扉に手を掛けた。
「――村長、私達待ってるから」
「……ああ」




