『氷河教』
パープルニアとの戦争から3ヶ月が経ちました。
本日は私の属する氷河教の幹部会議が開かれています。
メンバーはニンファーちゃん、マリンちゃん、私、リリーちゃんと、この度新たに幹部入りしたエリスちゃんです。
エリスちゃんは、イクシオンさんが氷河先輩に助けられた事で、一度信仰心を持ちかけていたのですが、そのイクシオンさんに『陛下はそれを望んでおられない』と窘められていました。しかしニンファーちゃんによってその門は開かれました。
なので、本日はこの5人で会議です。
「――この度、穂乃香王妃が妊娠なさいました。それに付きまして、国王陛下には穂乃香王妃との時間を、少しでも多く取って頂きたいと思います。故に、国内における問題は少しでも私達の手で解決し、陛下の手を煩わせない……その為の作戦会議を始めます」
司会進行を行うニンファーちゃんから資料が配られました。
氷河教のモットーは『主の為とあらば全てを捧げる』です。私達は氷河先輩の為に出来る事を全力で行うのです。不正な支援金集めや、他人を害する事をする訳ではありません。ただただ氷河先輩に尽くすのです。
ニンファーちゃんから配られた資料に書かれていたのは、国内に住む者達の氷河先輩に対する忠誠心の高さを現したグラフと、人物相関図でした。
忠誠心の高さトップはお母様、ニンファーちゃん、マリンちゃんの3人がトップでした。
まあ、納得です。私自身同じ信者だけども、2人程じゃないなとは思ってました。
お母様は何というかもう殿堂入りです。氷河先輩が左目と呼ぶのも納得いくほど、動く事成す事、氷河先輩の為です。氷河教の理想の姿ですね。
他は如月さん、フィアちゃん、私、グラジオラスさん、ラミウム様、水奈ちゃん、執事のお爺さん、ピアニーさんなどが上位入りしていました。如月さんがトップでは無いのは忠誠心と言うより、純粋な好意が強いからですね。それでも高いですが。
特に高いのがと言うだけで、他の人も軒並み高いです。
幹部で低いのは星原先輩ですね。ダントツの低さです。グライブさんすら下回ります。
人物相関図は――――
「――あの……なんで色恋情報がこんなにも多いのでしょう?」
「人同士の問題が起きる時とは大抵、色恋沙汰の感情から起きる物ですよ。経済が豊かで、陛下がお膳立てまでして下さる我が国では、金銭トラブルはまず起きません。それ以外の不満解消は陛下が上手く調整して下さっています」
確かに金銭トラブルは起きないと思う。爵位を貰った者はそれぞれ屋敷を所有しているが、それは自身で買ったものでは無く、氷河先輩に用意し与えられたものだ。その上で給金が出され私達が払ったのは屋敷維持費だけだ。その給金もかなり多い為維持費を払っても有り余る……一体この国はどれだけ稼いでいるのだろうか。移住民と観光客はずっと増え続けて居る。もっとも氷河先輩は働きたい者に仕事は与えるが、働かない意思の者には厳しい。適当にしてもお金が貰えると、甘い考えで移住しようとして来た者は、移住自体断られる事もある。
働き者ばかりの国ではあるが、同時に働かない者を追い返した国でもある。氷河先輩が働かない事を許すのは、未成年の子供か老後の生活を送る者、働くのが難しい障害持ちの人だけだ。ヒモは養う者の合意の上なら許しているが、そうでない場合移住拒否だ。
「……どうしてこんなに知っているんですか?」
「同志達に情報を集めて貰い、照らし合わせた結果と主観で判断した物です。事実とは少し違うかもしれません」
エリスちゃんの質問にニンファーちゃんが答えました。
この情報網は……かなり怖いですね。大方ニンファーちゃんの観察眼によるものな気がしますが。
氷河先輩ならより詳しく正確な情報を知ってる筈ですが、氷河先輩はこういったプライベートな情報を不必要に他人に話しません。ラミウム様もそうです。なのでこれは本当にニンファーちゃんが独自で作り上げたのでしょう。
多くの好意の矢印が氷河先輩に向いているのは予想通りですが、同じぐらい日坂先輩にも……特に自警団所属の女性から向いていますね。これは神奈ちゃん大変だろうなぁ。
ロータスさんやグラジオラスさん、少し減りますがイクシオンさんも多いですね。
我が国トップの男性陣は皆さん強い上、カッコ良いですからね。憧れてしまうのも頷けます。
「エリスちゃん的に、イクシオンさんの再婚は有りなんですか?」
「…………素敵な人なら考えますが――そうでなければ近寄らせません」
エリスちゃんはイクシオンさんに矢印の向く女性の名前を、全てメモしていた……本気だ、目が本気だ。
素敵な人だったとしても良い訳では無く、考える……基本は反対って事かぁ。
女性で矢印が向いている数が多いのは水奈ちゃんと、リノちゃん……リノちゃん多いなぁ……
ケレス君や孤児院の子供達もあれば、結衣香ちゃんや煌輝君の身内票、キュアちゃんやメルちゃん、キューちゃんやユリちゃんなどの召喚獣枠と幅が広い。私もその一人だけど。
今日の会議に参加する5人の内、エリスちゃん以外の4人はもれなく氷河先輩に矢印が向いている。ただその内私とリリーちゃんはリノちゃんにも向いている。
リリーちゃんは更にニンファーちゃんにも向いており、ニンファーちゃんからはリリーちゃんにも向いている。そんな気はしてたけどそういう関係ですか……うちの国って百合多いなぁ…………リノちゃんからの矢印が向いている私が言えた事じゃないけど。
こうやって書いてあるのを見ると嬉しいなぁ……リノちゃんの矢印は身内にたくさん伸びてるけど。一番大きいの氷河先輩に向いてる奴だけど。良いの2番目でも! 2番目なら! お母様やキュアちゃんに向いてる矢印より大きいってだけで、光栄だよ。
矢印は恋愛と親愛、友愛で色分けされていて、中には色が混ざっているものもある。氷河先輩から私に向く矢印は完全な親愛……知ってた、恋愛じゃ無い事ぐらい……でも矢印向いていてくれて良かった……
リノちゃんからは親愛にやや恋愛が混じっている……? やっぱり結婚するべきじゃないかな。私もリノちゃんに同じ色の矢印向いてるし。リノちゃんから氷河先輩への矢印は完全な恋愛だけど。
ニンファーちゃんとリリーちゃんの、互いの矢印も恋愛と親愛の混ざったもの。結衣香ちゃんと煌輝くんからリノちゃんに向くのは完全な恋愛。色々と問題だね。
「――あれ……? 卯月ちゃんとグライブさんってそういう関係なの?」
「侍女からの情報ですが、浴場からグライブ様の言い争う声を聞いた後、しばらくして卯月様の甘い声が聞こえてきたそうです。そういう関係になったのだと思われます」
「――――――――」
………………卯月ちゃんに先を越された……
そうだよね、もう22歳ならそうなっててもおかしくないよね。
私どうしよう……売れ残るのかな…………リノちゃんに貰って貰えなかったら、リノちゃんが氷河先輩とくっ付いちゃったら……私、一生独身コースかな……
私に幾つか男性から矢印が向いているけど……その人達ってもれなく水奈ちゃんやリノちゃん……酷ければ結衣香ちゃんにも向いている……つまりそう言う人達だよね……
…………一生独身コースかな。
「狂犬に首輪が出来たわけです。卯月様は調合の仕事に影響は出していない……どころかむしろ以前より良くなっているそうなので、問題は有りません」
く、首輪……それはつまり卯月ちゃんを通して制御を試みるって事なのかな……
好意を利用する様で良い気分はしないけど、氷河先輩や国を思えばそれが良いのかな……
「――今後、問題が起きるとすれば……陛下とアイリス様の問題ですね」
「………………」
奏先輩から氷河先輩に向くのは、親愛と恋愛が混ざったもの……これは、大概の人が気付いている事実だ……
そして……氷河先輩から奏先輩に向く矢印は――――親愛と恋愛が混ざったもの。
「――現状、陛下の新たな側室になれる可能性が一番高いのはアイリス様です。感情だけで言えば互いに愛し合っていると思われます……ですが二つ問題があります。1つはアイリス様の独占欲……アイリス様は陛下と関係になってしまったら、独占欲を抑える事が出来ず、ご自身を追い込んでしまわれると思われます。2つ目はアマリリス様の存在……アイリス様と陛下が結ばれた場合、アイリス様に執着のあるアマリリス様の行動として、陛下との関係をご自身も迫るか、陛下との敵対を選ばれると思います。陛下はアマリリス様との関係を嫌がっていらっしゃるので、敵対になるかと思われます」
……星原先輩……あの人はどこまでも奏先輩の邪魔をする。
「陛下は望まれればアイリス様を側室にするやも知れません、しかしアイリス様が望まなければ、陛下はそれを尊重するでしょう。そしてアイリス様は望まれないのでしょう、自身の事もありますが、何よりアマリリス様が陛下と敵対する事になってしまうから。そして――――私達の立場からすると、そうあって頂いた方が有難いのが事実です。アマリリス様は敵にするには危険過ぎます」
愛し合った中で有るけれど、結ばれる選択肢は選べず、国家からもそうあって欲しいと望まれる……奏先輩が不憫過ぎる……
「孤児院出身の者達にとっては、アイリス様が母親で、陛下が父親。自身にとっての父と母が結ばれる事を望む者が多くおり、ミラ様などは行動しようという動きが見られます――――私達は、それを阻止しなければいけないかも知れません」
「――――っ!」
私が奏先輩の幸せを妨害しなければいけない……? それとも結ばれない方が奏先輩の幸せなの……? 奏先輩……先輩は今、幸せですか……? 貴女の幸せは何処にありますか……? 私は……私は、貴女の為にどうしたら良いですか……?
「…………決定ではありません。可能性の話ですが……念頭には置いておいて下さい」
「………………はい」
「……それ以外での陛下の女性関係ですが、フィア様とは肉体関係の無い夫婦。リノ王女、結衣香王女には恋愛対象として見られています。後者は陛下の苦悩があるかもしれませんが、これは私達にはどうにもできませんね」
フィアちゃんとの関係はその説明で納得できる気がする。
リノちゃんは……どうなるのかなぁ……
「エリーザ様についてですが、恋愛感情を大きく見せている訳ではありませんが、快感を感じる吸血行為を唯一許している男性という事もあり、陛下に対し性的な意識はしているものだと思われます」
『……氷河様の血を吸わせて貰えるエリーザはズルいです』
……マリンちゃん。流石の私でも血を飲ませて貰うのを、ズルいとは思わないかなー……
エリスちゃんもちょっと引いてるよ。
「リリーちゃんはエリーザちゃんと仲良いよね? 氷河先輩について何か聞いてる?」
『私が話した感じでは、異性として見ているようには感じませんでした……ただ、血を吸いたくなったのかと思う頃に、陛下に視線を向けている事は多かったです』
ん~……氷河先輩の血を吸いたいと思ってるのは事実だと思うけど、異性として見てるかは微妙な所だなぁ。
「陛下の女性関係についてはこんなものですかね」
…………あれ? 私は? スルー? いや、その方が有難いけど……
「ピアニー様についてですが、陛下はピアニー様にシンパシーを感じているかもしれません」
「シンパシー……ですか?」
「ピアニー様と妹のデイジー様との関係を見て頂けますか?」
資料を見るとピアニーさんに向けている矢印は完全な恋愛。ピアニーさんからの矢印はほんの少しだけ恋愛の混ざった親愛だ。ここも百合だ……ピアニーさんは染められ掛けてるとこなのかな?
「デイジー様に関しましては……リリー、説明を」
『私とデイジーさんは一緒にラミウム様のお手伝いをしているので、お話をたくさん聞きました。デイジーさんは幼い頃からデイジーさんの事を大切に思い、身を削り戦い続けてくれたピアニーさんが大好きなんだそうです。ピアニーさんが陛下の奴隷になってから、住んでいた屋敷の方に乱暴を振るわれていた事があったけど、その思いは変わらなかったと。そしてその乱暴を振るっていた方達はピアニーさんの屋敷に移住しようとしていたけど、陛下に連れられて飛び地に送り返されたそうです』
「その送り返してきた後と思われる日に、とてもご機嫌であった陛下が目撃されています。恐らく陛下はご自身をピアニー様に、デイジー様に水奈様を重ね、デイジー様に乱暴を振るった者に怒りを向けていたのだと思われます。陛下がピアニー様の屋敷に住まう者で、王城の出入りをデイジー様とクレマチス様しか許さないのはそれが原因だと思われます」
兄を性的な意味で好きな水奈ちゃんと、姉を性的な意味で好きなデイジーさん。
妹を大切に思い、身を削る事も厭わない氷河先輩とピアニーさん……ピアニーさんは透視スキルも持ってたから余計にかな。
ニンファーちゃん本当に凄いなぁ……集めた情報から色んな答えにたどり着いている。
「2名以外を許していないと言う事は、ピアニー様の屋敷内にはまだ、陛下の怒り……ストレスに繋がる者がいるかもしれません。陛下に不用意に近づけぬ様、十分に警戒をして下さい」
ニンファーちゃんはそう言うと新たな相関図をみんなに配った。
配られたのはさっきの物とは逆……嫌悪の矢印が示されている。
種類は嫌い、敵意、畏怖の3種類。星原先輩への矢印の数が凄い事になってる。
グライブさんや氷河先輩への畏怖の数も多いなぁ……あ。氷河先輩と日坂先輩、友愛でもお互いに向いてたのに、嫌いもお互いに向いてる……仲良いんだなぁやっぱり。
「こちらはさっきの物より更に情報が少ないですが……見て分かると思うのですが、煌輝王子から陛下へ敵意と嫌いな感情が2つとも向いています」
うん。氷河先輩、煌輝君に好かれてないね。
毛嫌いされてて、氷河先輩の寂しそうな背中を何回か見た気がする。
「前の相関図を見て貰うと分かるのですが、煌輝王子はリノ王女を恋愛的な意味で見て居ます、ですがリノ王女は陛下を恋愛的に見て居ます。煌輝王子は未だ3歳で恋愛感情を正しく理解していないかも知れませんが、陛下に敵意まで持っている以上馬鹿には出来ません。今後の課題としましては陛下と煌輝王子の関係改善です」
改善って……そう簡単にはいかないんじゃないかな?
「合わせて陛下に対する多くの畏怖の感情も減らして行きたいです……その為には、私達が陛下の素晴らしさを伝えて行くのです!」
……つまりは布教ですね?
「国民を思い、国民に尽し、国民を愛しておられる陛下が、国民に畏怖されるなどこんな酷い話がありますでしょうか……! グライブ様が攻め入った際も、被害を増やさぬために負傷者を避難をさせた上で、氷の翼を広げ戦われたのです!」
ニンファーちゃんから、氷河先輩がグライブさんと戦ってる様子の絵を渡される。
ニンファーちゃん、絵も描けるのか……多彩だなぁ。
翼を広げってこんな感じなの? 凄く神々しいんだけど……そして臨場感が凄い。
うん。これはカッコいい……見てみたいなぁ……王城が凍り付くぐらいだから、近くでは見れないんだろうけど。
……この絵貰えないかな……
『……畏怖に関しましては、召喚獣達は難しいかと思います』
基本弱肉強食だから仕方ないよね……ラミさんとか氷河先輩をおっかないって言ってたし。
ラミさんとマリンちゃんは互いに親愛の矢印が向いていた。よく話す仲なのかもしれない。マリンちゃんはユリちゃんに対しては厳しいし、ハピィちゃんは自由な感じだからタイプ的に合わなそう。
マリンちゃんも、ニンファーちゃんも、氷河先輩が絡まないと基本落ち着いてるからなぁ。2人が気が合うのも頷ける。
「私も……あまりお力にはなれないかもしれません」
エリスちゃんは弱弱しくそう言った。
エリスちゃんやケレス君が仲良く話す事が多いのって、同世代で魔族が多く居る孤児院の子供達だもんね。
孤児院の子供達は氷河先輩に普通に話しかけてるからなぁ。
「気にする事はありませんよ。良いですか? 大事なのは結果ではありません、陛下を思う心なのです。陛下の偉大なる愛に甘えるだけでは駄目なのです、それに甘え、当然の事だと思ってしまえば、陛下は孤独を歩む事になってしまう……そんな事があってはなりません。私達は陛下の偉大なる愛に、思いで、行動で応えるのです。陛下は私達に頭を抱える事もあるでしょう、苦手に思われる事もあるでしょう。ですが陛下は私達を邪険に扱いなどしません。水地開発に勤しむマリンさん、ラミウム様の手伝いをするリリー、リノ王女を守るほたるさん、魔法師団長を務めるエリスさん。私達に出来る事は少なく陛下には及びません、それでも陛下を思い、出来る事を全力で行う事こそ、陛下の支えとなるのです。陛下の望みに2つ返事で応える駒……私達の在り方はそれで良いのです」
それはきっと氷河先輩の望むものでは無い。氷河先輩は私に譲れぬモノを持てと言っていた。全肯定者で有ってはならないと言っていた。
けれどニンファーちゃんはその上で、全肯定者である道を選ぶのだろう。
肯定者である事を譲らない。ある意味で私よりも意思が固く、頑固者だ。
その後も忠誠心のグラフと2つの人物相関図を見比べながら、今後起こりそうな問題を検討し、私達に出来る事は無いかを話し合った。