ピアニー
卯月調合師団長に、
『竜化したグライブの爪は、火竜の爪として調合に使えるから定期的に切ってくれ。あとあいつ片腕だから食事なんかの世話も頼む』
と丸投げしてみたんだが、まさかこうなるとはな……予想の斜め上を行く。
でもそうか……調合師団長的に、俺様系はアリなのか。
うーむ……応援してやるべきなんだろうか……幸いグライブは敵意無い女に乱暴働くほど屑じゃ無い。今も成されるがままに体を洗われている。
怖いもの知らずな所と、持ち前のマイペースさでグライブを上手い事制御してくれるんじゃないかと言う期待と、グライブの苦手なタイプだろうという嫌がらせのつもりだったが、ここまで上手く合致するとは思わなんだ。
濡れて良い服で一緒に入れば良いのに、タオル1枚巻いただけで一緒に入るとは……あの天然、素だから恐ろしいよな。
いくらグライブが色気が無いと評したと言えど、タオル1枚で同じ風呂となれば意識しない訳なかろう。卯月団長は洗うのに一生懸命になっている為気付いて無いが、胸がグライブに当たっている。その上で卯月団長は一物までしっかり洗おうとしてるんだから、そういう関係になるのも時間の問題だな。
仮に今日はグライブが耐えれたとしても、そう長くは持たないだろう。遅かれ早かれだ。
卯月調合師団長がそれで良いなら、俺は構わないが……彼女の本業はあくまで調合師団長だ。
お世話係に夢中になって、調合の方が疎かになってしまうのは困る。適度に働かせねばならない。
……なんか付き合いたてのカップルを引き裂く、悪者みたいな感じで嫌なんだけど。
なんで俺がこんな気分にならなきゃいけないんだ。
そうだなぁ……調合師団長にはよく働いて貰ってるし、休みを少し増やしてやるか。
その分調合の仕事は、調合の仕事でキチンとやって貰おう。
なんならグライブに国内を案内してやってくれと命じて見るか。大義名分を得たと喜んでデートへと向かうだろう。
卯月団長は笑顔になり、グライブは疲れた顔になる……うん、そうしよう。
卯月団長はグライブの好みからは程遠いが、好みはあくまで好みだ。そのまま尻に敷かれてしまえ――じゃなかった。卯月団長には幸せになって貰いたいからな。
臣下を思う、それも国王としてあるべき姿だ。頑張れ卯月、俺は応援するぞ。
ずっと平和を求めて努力をして来た。
父様が病で死に、家督を誰が継ぐのかで兄達は争った。
私達は父様の遺言通り長男のゴード兄様が継ぐものだと思っていたが、野心家の次男、シバー兄様が反乱を起こした。
その戦いに巻き込まれ、私にとって母様の様な存在だったサイネリア姉様は、亡くなってしまった。
私は……アザレアを連れて逃げた。姉様が亡くなったショックは大きかったけれど、妹まで失う訳には行かなかった。
父様の親しき仲であったアーメルト子爵に保護して頂けた。しかし父様が亡き今、彼らに私達を保護するメリットが無い。アーメルト様は父様への恩義として置いて下さるだけだ。だから私は役に立つために……置いていただくに当たってメリットを提示するために……力を求めた。
王宮の影を引退した師匠に出会ったのはそんな時だ。師匠は元々父様の父様……お爺様に仕えていた暗殺者だった。辺境伯であったお爺様と先代の国王、師匠は旧知の仲であったらしく、師匠はお爺様が病で亡くなった後に先代の国王陛下に仕えた。そして国王も老いで亡くなった事もあり、師匠は王宮の影を引退した。
そんな師匠はザウル辺境伯家で起きたお家騒動を聞き、シバー兄様の下では無く、私達の下へと訪れた。
お爺様に仕えていた人では有ったけど、私には直接関係がある方では無かった。
でもそんな事はどうでも良かった。私は力を求めていた。だから私は懇願した、妹を守る為の力が欲しいと。それが例え――手を血で染め、血を血で洗う事になろうとも。
師匠は私の覚悟を聞いて、暗殺者としての手解き、戦闘の訓練をして下さった。運動を好んでして来たわけでも無い、7才の身体には中々辛いモノではあった。しかし全ては私が望んだ事であり、妹の……デイジーの為だ。
師匠の下で着実に実力を付けた私は、アーメルト様に評価され、アーメルト様の影となり、見習い暗殺者から暗殺者となった。人を始めて殺したのはそれから程なくしての事だ。
建物などの障害物に関係なく、見渡す事の出来る『透視』のスキルと、『空間魔法』は相性が恐ろしく良かった。その有用性からアーメルト様には懐刀として扱って頂けるまでになった。
そして懐刀となった事で、アーメルト子爵家やザウル辺境伯家も属する派閥のトップである、グラムス公爵家当主に私が師匠の弟子である事も含めて情報が渡り、私は王宮勤めで国王の影となった。
お世話になったアーメルト様に対する程の忠誠は向けられなかったが、デイジーの為とあれば私は影として働くだけだった。
そして私はブライトタウン王国への出兵を言い渡され、国王陛下に捕まった。
暗殺者としての覚悟は出来ていた、祖国に不利益を及ぼすのなら自ら命を絶つ……その筈だったにも限らず、それすらさせてはもらえなかった。
そして私は、祖国の為に祖国と敵対すると言う不思議な状況が出来上がった。
だが祖国を消される訳にはいかない。アーメルト様や師匠……そして何よりデイジーが居るのだから。
私はその為に働いた、かつての同僚も手に掛けた。それでも、それが私の大切な者達の幸せ……平和に繋がると願って。
そしてその日はついに訪れた。陛下は私にアーメルト子爵家の領地を飛び地として下さった。私は子爵としてブライトタウン王国に屋敷を頂いている。そこに人材の引き抜きを……大切な人達を住まわせて良いと言われた。
私はついにデイジーの安全を、平和を確保できたのだ。陛下の庇護下である事が前提条件で、今後も私は影として働き続けるけれど、もう家族を失う恐怖に怯えなくていいのだ。
師匠も屋敷に来て下さったけど、アーメルト様は領主……今後は私の代官として飛び地に残るとおっしゃっていた。パープルニア兵士が領土奪還に血走り、戦闘になったりしない事を祈るばかりだ。アーメルト様にピアニー様と呼ばれるのは凄くむず痒かった。
そうして架橋を乗り切ったと思っていた頃――――私は妹に貞操を狙われている事実を知った。
貞操と言っても私の処女膜は既に国王陛下に破られて――……この言い方だと語弊がありそう。国王陛下が手に持っていた張形によって破られているので、経験は無いけれど、膜も無い。そもそも数多の血で穢れてきた身体だ……綺麗な身とは言い難い。
そんな体である私を……デイジーは求めているのだろうか……
というか……割と本気でどうしよう……
「――お姉様。実はお姉様に謝らねばならない事があります」
「…………何かしら?」
どうしても性的に求められている事に思考が行ってしまう……
私はデイジーを大切に思っている……けれどそれは家族愛で、恋愛では無い。
けれど彼女は恋愛として私を見て居る……私はどうしたら――
「――――――――」
「……御見苦しくて申し訳ありません。お姉様に捧げる為に、綺麗で有りたかったのですが――――」
……………………声が……出なかった。
唐突に衣服を全て脱ぎ始めた私の妹……その体にたくさんの痣と傷…………
私は呼吸をも忘れ、時が止まったかの様な感覚の中、涙だけは流れていた。
「――っ! どうして…………どうしてこんな……っ……」
「……………………」
「……私のせいなの……? 私がっ……裏切ったから……っ……? 私が……貴女を傷つけたの……?」
私は……私は一体……何の為に…………っ!
「……お姉様。私はこんな傷よりも、お姉様と一緒に居られない事の方が、ずぅっと辛く苦しかったです。この2年間お姉様の身を案じ、お姉様の温もりを感じたいと思い続けておりました。それがついに叶ったのです……これからはお姉様と共に在れる……のであれば、この2年間の苦痛にも意味はありましたわ」
「……っ……ごめんなさい…………っ……ごめんなさい……」
デイジーを抱き締め、泣きながら謝る事しか出来なかった。
私は2年間もこの子に地獄を味合わせていたのだ……他でも無い私が……私のせいで……っ!
「本当に……っ…………ごめんなさい……」
「…………お姉様――――結婚しましょう?」
「……………………………………それはちょっと違うかな」
「……イケると思いましたのに」
ゆ、揺れかかったけども……デイジーが望むのなら、私が貰うべきなんじゃないだろうかと思いかけたけども。
この子には……良い男性を見つけて子供を作って貰いたい……ラミウム様や美鈴様、穂乃香王妃や水奈王女、フィサリス様を見てると、そう思ってしまう。きっとあれが――女の幸せなんだ。
私ではデイジーに子供を与える事は出来ない……だから結婚は男性として欲しい。
……でも、もし身体の傷が原因で、相手が見つからず生涯独身になってしまうのであれば……その時は私がこの子を貰おう。
私に出来る償いはきっとそれぐらいだ、この子が望むのなら、私はこの子のモノになろう――
「――デイジー。私の屋敷に越した者の中に、貴女を傷つけた者は居ますか? 一人残らず教えて頂戴。私の屋敷には住まわせられません、今すぐ祖国へ送り返します」
「…………そうですね。その者達がこの屋敷から出る度に、国王陛下が威圧されていらっしゃったので、それがよろしいかと思います」
何をしてるんですか陛下……いえ、陛下は全てを理解した上で、私の大切であるから屋敷に住まう事は許し、けれどもデイジーの為に怒って下さっていたのですね。
陛下……私の妹に害を加える者など、私の大切に値しません。即刻パープルニアへと追い返して参ります。
「――――それは俺がやって置こう。お前は妹との時間を大事にしろ――『テレポート』」
「陛下っ!?」
陛下が唐突に現れて、すぐに居なくなってしまった……
此処私の部屋なのですが……そしてデイジーは全裸なのですがっ!
まあ、陛下に対しては全裸も何もありませんが……全て知られて見られて居ますし。
「お姉様は私に透視を使われなかったのですね」
「普段からやみくもに使っている訳ではありません、必要な時だけです。対人など特に、武器を隠し持っていないか確認する時しか使いません」
「……私はお姉様のでしたら、ずっと見続けて居たいです」
く、口説きに来るのやめて貰えませんかね。
「水奈王女とお話をして知ったのですが……女性同士でも繋がれる『双頭』と言うモノが世にはあるそうですよ」
水奈王女っ! デイジーに一体何を吹き込んでいらっしゃるのですか!
「譲って頂くのは断られてしまいましたが、新しく作った物なら大丈夫だとの事で、国王陛下に頼んで下さるそうです……楽しみですね……どんな物なのでしょうか」
……妹まで陛下のモノと同じ形をした張形で、処女膜を破りそうです……
いえ、陛下がご自身のではないモノを作れば…………他人のモノを作るってかなりの苦痛では……?
…………どうなったとしてもダメージは負うのでしょう、私も、陛下も。
影として顔を合わせなければならない……けれども顔を合わせるのが気不味い……




