妹愛
ブライトタウン王国軍が難攻不落と呼ばれたパープルニア王城を落とした事、国王月島氷河がドラゴニュートの王を打ち破り奴隷にした事は、すぐさま各国へと伝わった。
前者だけでも十分なインパクトだが、後者が決定打となり、我が国に表立って敵対表明をする国は無くなった。
これでしばらくは大人しくなるだろう。まあ、表立って敵対する国が無くなったと言うだけで、敵対心を持つ奴らが居なくなった訳じゃ無い。リコリスが居なくなったからと言って、奴の撒いた火種が消える訳では無い。パープルニアは今だって国家の大半以上が俺に敵対心を持っている。対抗する手段が無いと言うだけの話だ。
頭脳を失ったあの国にまだ何か出来る事があるとは思わないけどな。何か仕掛けて来ようなら駄竜を仕向けるだけだ。
つまり俺にとっての脅威は、現状アマリリスだけだ。
飛び地となったアーメルト子爵家領地から、ピアニーの関係者を2名我が城に招待した。 1人はピアニーの妹、ザウル辺境伯三女アザレア。改名した今の名はデイジー。
もう1人はピアニーの暗殺者としての師、クレマチス。セバスチャンとそう歳の変わらない婆さんだが、暗殺者としての実力はアマリリスに負けず劣らずだ。コイツが王宮内にいたら攻略の難易度は確実に上がっていた。引退していてくれた事に感謝だな。
「国王陛下……この度は何故この2人を招いて下さったのでしょう?」
「仕事の斡旋だ。お前の屋敷に住まわせるにしても、仕事はあった方が良いだろう?」
まあ、ピアニー自身だけでも稼ぎはそれなりにあるけども。
「……厚かましい様で申し訳ありませんが……我が屋敷に移住した者達にはもっと働き手となる者もいますが――」
「――俺がこの城に立ち入りを許すのはこの2名だけだ。他はお前の屋敷に住まわせる分には文句を言わないが、城への立ち入りは禁ずる……ああ、心配するな裏切りとかじゃない。これは俺の私情によるものだ」
「は、はあ……」
「…………全てを見通す叡智の王……お噂には聞いておりましたが、真の事じゃったのですな……」
この2名だけという理由に、クレマチスは思い当たる事があり察したようだ。
理由は簡単だ。ピアニーが俺の暗殺に失敗し、俺の奴隷となった際、その情報が伝わって来てピアニーの身を心配したのが、この2名だけだからだ。
他は国王の……正しくはリコリスの流した情報に踊らされ、ピアニーを非難し、裏切り者、恥さらしと罵った。
それ自体を悪いとは言わない、ピアニーだってその辺の覚悟はしている。だが俺の感情として気分が悪い。
ピアニーは祖国の為にと、重荷を背負って働いたと言うのに、守られてる奴らはピアニーに悪感情を向けていたのだ。にも拘らず今は手の平を返し、ピアニーに擦り寄り、俺にまで接触の機会を持とうとしている奴まで居る。
ピアニーがそれでも大切な人達だからと、屋敷に住まわせる事に対しては、文句は言わない。だが俺は、俺の私情としてそいつらを城に入れる気にはならない。
「――デイジーにはそうだな……リリーと共にラミウムの補佐をして貰いたい。うちは戦闘民族国家とあって脳筋ばかりだからな。内政業務を出来る奴が少ないんだ」
「……内政業務ですか……お姉様と同じ職場と成れるのであれば、私は構いません」
「職場は同じだな、業務は違うが」
ピアニーは俺の影だからな。基本王城勤めだ。
デイジーはピアニーと違って、暗殺者でも無ければ戦闘の心得も無い。至って普通の令嬢だ。
ピアニーはデイジーに不自由させない為に、普通の令嬢で居続けて貰うために、自らは暗殺者としての道を選び技を磨いていた。
妹思いの良い姉だ、妹思い……うむ、共感できる。戦わせたくない気持ちもよく分かる。
「クレマチスはどうするかな……ピアニーの家臣でも構わないが、それだけの実力があるなら、戦闘顧問なんてどうだ? 俺の影がピアニーしか居ない今、増えればコイツが楽になる」
「我が愛弟子の事を大切に扱って下さって、ありがとうございます。喜んでお受けさせて頂きます」
「し、師匠? 急に何を……」
「ピアニー……良い主君を持ったのじゃな……あたしゃ嬉しいよ」
優秀な人材が増えるのは俺としても有難い事だしな。暗殺者を育て貰えるならそれに越した事は無い。事あるごとにピアニーを呼んでたら、こいつが自分の時間を取れないからな。
ブライトタウン王国はホワイト企業を目指します……国王がブラックって程働かされてるけど。
「あの、国王陛下……アマリリス様は利益が無ければ動かないとおっしゃっていました…………陛下とアマリリス様はどのような関係でいらっしゃるのですか?」
ピアニーから見ると俺の影……国王の腹心である暗殺者に見えていた奴が、傭兵みたいな事を言ってた訳だからな。
まあ、だから俺はあいつを『影』としては扱わない訳だが。
「アマリリスは、『リノの召喚獣』みたいなもんだ」
「リノ王女の召喚獣……ですか?」
「『リノの召喚獣』とレッテルが張られていれば受け入れらるが、野良のケルベロスが現れたら、兵士達に囲まれるだろ? アマリリスもそんな感じだ。危険過ぎる思想、回転の早い頭脳、ずば抜けた戦闘力……俺以外の奴じゃまず制御しきれない。普通なら抹殺対象か、良くて牢に監禁かだ。あいつが縛られる事なく普通に街を出歩けているのは、俺の支配下で、何か企もうとしてもすぐ俺に阻止される……国民がそう信じてるが故のものだ。あいつとしても俺に失脚されるのは困るんだよ」
例え本人にその気が無くても、捕縛されるし、アマリリスは実際に俺が居なきゃ色々やらかす奴だ。
俺が失脚した場合、日坂がトップになったとしても、アマリリスは監禁されるだろう。ラミウムじゃアマリリスの思考を読み切れない。そして読まれないと分かれば、あいつは絶対によからぬ事を企む……俺に怒られない範囲で今だって色々してやがるんだから。
あいつの執着は美空奏。そのアイリスがいるこの国で暮らすには、俺に居て貰わないとあいつは困る訳だ。流石のアマリリスでも日坂には勝ちようが無いからな、監禁の未来だ。
互いに妥協と妥協で譲り合えるギリギリの点を探り合っている。だからあいつは俺に怒られない様にするし、俺も雑に扱うにしても配慮はする。狂人との駆け引きは今も続いている。
グライブが奴隷になった事で、戦闘をあいつに押し付けれる様にはなったが、時折アマリリスに任せる必要が出てくる。
あいつは殺し合いの中での高揚感に、性的快感を感じてるからな。適度にガス抜きが必要だ。
アマリリスは殺し合いであれば敵が弱くとも良い、グライブは敵さえ強ければ殺し合いでなくても良い。だから小物はアマリリス、大物はグライブに任せる感じだな。
何故狂人と戦闘狂に配慮せねばならんのか……まあ、使えるのは使えるから良いんだけど、扱いづらい。俺ですら扱いづらいんだ、他じゃ無理だろ。
「一蓮托生という事なのでしょうか……?」
「あー……まあ、大変不本意だが、そうだな。俺としてもあいつと敵対するのは面倒くさい」
俺と星原の対立……第2のリコリス誕生だな。
「……ピアニー。リノにより頭脳を失い、フィサリスとロータスによって、主戦力が機能停止したパープルニアは敗北を認めた。だが国民の中には未だ俺への敵対心が燻り続けている……戦力が回復した場合に真っ先に狙われるのは、飛び地であるアーメルト子爵家領地だ、今のうちにお前の『大切』は屋敷に突っ込んでおけ」
我が国の領土を取り戻せー! なんてよくある話だ。
リリー達の廃村は攻められようと戦闘にはならない。人が居ないんだから。あの飛び地はリリー達の故郷が荒らされぬ為の処置だ。廃村となろうと故郷は故郷だ。遺跡として残す。
だがアーメルト子爵家領地は今後も人が暮らして行く、暴動が起きれば戦闘になる。
ぶっちゃけ俺としては、ピアニーの大切さえこちらに移し終えるのであれば、あの土地に価値は無く、パープルニアの領土に戻ろうがどうだって良い。
ピアニーに思い残す事が無いのであれば、俺にとってパープルニアはどうでも良い国でしか無いからな。
デイジーは姉が居ればよく、クレマチスの忠誠が向いていたのは、亡くなった先代の国王だ。リコリスに良い様に操られた今代では無い。結果、問題は無い。
「それとデイジー……我が国は自由婚でな、合意さえ取れれば同性婚や近親婚も許されている……好きにすると良い」
「――っ! お姉様……!」
「……陛下? 急に何をおっしゃる――デイジー……? 何故私の手を握っているの……? 冗談よね……?」
同じ妹愛に溢れる同志、ピアニーよ。
俺もそうなるまで知らなかったんだがな。兄妹と言えど身を削り人生を掛けてまで相手の為に尽くすと、救われた方は性的な意味合いで愛する事もあるらしい。
俺はそれに応え愛したわけなんだが……ピアニーはどうだろうな。同性の壁は難しそうか?
デイジーは水奈と気が合いそうだな。色んな意味で。
ピアニー……相談があれば乗るぞ。妹愛に溢れる同志だからな。




