『心』
北の国境防衛戦は、ブライトタウン王国軍が勝利を収めた。
戦いによる被害の後処理が多く残っていたのだが、『後は俺達がやっておくから、嬢ちゃんは先に戻って孤児院の子供達を安心させてやれ』と言われたので、私はそのご厚意に甘えて一足先に王都へと戻って来た。
そこには、リノちゃんの召喚獣や如月さんを相手に、同等以上で戦う一人の男がいた。
この男が何者なのかは分からない……けど、確実に一つだけ分かる事がある。
この男は、国にとって――私にとって、敵だ――――
「――まぁた援軍かぁ? いったいどんだけ湧いて来るんだよ……だが、今回のはそこそこ強そうだなぁ……!」
「……貴方は一体何者ですか……?」
「あん? あんだけ派手にパフォーマンスしてやったのに見てなかったのかぁ? ドラゴンだよ、ドラゴン……そういうテメェは何者だぁ?」
ドラゴン……? 何かの比喩? いや、人型になれるドラゴンなのかもしれない。
この世界でならあり得ない話じゃ無い。
「……私は……ブライトタウン王国、月島氷河王の弟子――アイリス」
「月島の弟子……! 俄然楽しみになって来たなぁ! ――――っ!」
「――――――――あらら、気付かれちゃったかぁ~……取れたのは右目だけか」
音も無く敵に接近していた明君が、敵の右目を切り裂いた。
……私も全然気付けなかった。
「全く奏ちゃんは……どうして安全地帯で大人しく出来ないかな~。僕も参戦せざる終えなくなっちゃったじゃん」
私が来なければ参戦しなかったのかこの人は。こんなに味方に被害が出ていても。
「ほら、穂乃香ちゃん。いつまでそんな所で寝てるのさ、君総大将だろ?」
「……うるさい。分かってる」
倒れていた如月さんがゆらりと立ち上がった。
大きなダメージこそ負っていないようだけれど、明らかに疲労が蓄積して見える。
如月さんが此処まで苦戦する相手……私も覚悟を決めないといけないかもしれない。
「――くっくっくっくはっはっはっはっは!!! この俺様が欠損だと? あぁあ! ああ最高だぁ! そこの女――やすやすとくたばるんじゃねぇぞ……」
「あらら、僕狙われてる感じ? ヤダなぁ~」
明君は鎌を持っていない右手の指を伸ばすと、くねくねと触手の様にうねらせながら、敵へ襲い掛からせる。
「んだぁ!? 化け物の類いだったかぁ!」
敵はそれに対し、右腕を振るって払いに掛かる。
敵の右腕と明君の指がぶつかる――――その直前に、明君は指を元に戻した。
「――ん? いやいや、僕の指引き千切られたくないし? 気さえ引ければそれで良かったんだよね~」
敵の意識が指に向いていた間に接近していた明君が、大鎌で切り付ける。
敵は振るっていた右腕でそのまま大鎌を受け止めた。
「うわっ! 腕で刃物を受け止めてるのに、傷が付かないとか無茶苦茶だなぁ。君って化け物の類い?」
「テメェに言われたかねぇなぁ!」
「え~酷いなぁ。ん~……――悪くない角度だ」
「あぁ? ――――っ!」
明君の攻撃を仕掛けた真逆の方向から、敵に向かって魔力矢が飛来した。
敵はそれに気付き、咄嗟に左手で受け止めた。
「ミィムちゃんが、的が小さくなったのに味方が大きいから、狙いにくそうにしてたんだよね~」
「あの弓兵か……! 小賢しい手ばかり使いやがって……!」
「正々堂々と挑むなんて僕の主義に反するからね!」
敵の真後ろに転移していた私は、ステータスを全てAGLに振り、跳躍して全速力で敵へと突っ込む。
「――まあ、それも本命では無いわけだ」
跳躍の勢いのまま、ステータスをAGLからSTRに全て変更。
月島君に貰った、古代竜王の牙で作られた短剣に全てを込める――!
「――――っ! がぁぁあああぁぁぁああああああああ!!!」
私の身体ごと振りぬいた短剣は、敵の左腕を肩から吹き飛ばした。
そして、左腕を失くし、右腕を明君相手に使っている敵に――拳に冷気を纏わせた穂乃香ちゃんが襲い掛かる!
「はぁぁぁあああああぁあああぁぁぁあぁぁああああああ!!!!!」
穂乃香ちゃんの渾身のラッシュと、トドメの蹴りをくらった敵は勢いよく城壁に叩きつけられた――――
左腕が持っていかれた……油断したと言わざる負えねぇな……
遊び過ぎたかぁ……もう――――加減は無しだ。
――如月さんの連続攻撃で敵は相当のダメージを負ったはずだ。
だけど油断は出来ない……敵の実力の底が見えない……まるで月島君を相手にしてるような――!
「…………ドラゴン……?」
砂埃が晴れた先に見えたのは……身体を覆い尽くす鱗、背中に生えた翼、大きな尻尾……でも普通のドラゴンでは無い。
目の前に見えるソレは――――人型をしていた。
置き上がったばかりの敵に魔法矢が飛来した。
「――!? 弾いた!?」
腕で弾かれたのではない、直撃をした――にも拘らず、身体を覆う鱗に弾かれた。
それはつまり……ラミウムさんの魔弓術でもダメージが通らないと言う事だ。
アレは何か不味い――っ!!!
「――――が、はっ…………奏、ちゃん……逃げ――」
いつの間にか私の目の前に移動していた明君が、一瞬にして目の前に現れた敵に腹部を貫かれていた。
私が反射的にステータスの全てをDEFに変更すると同時に、貫かれる様な強い衝撃が私を襲った――――
「弓兵も倒してきた……残すはテメェだけだ月島の女」
アイリスとアマリリスが一瞬で倒された……それだけじゃ無い……少し居なくなってすぐに戻って来たが、その間にラミウムまで倒してきた様だ。
…………コイツっ!!!
「――けど、もう興が覚めた……テメェじゃ俺様の相手にならねぇ」
「――!」
反射的に後ろに跳ぶと同時に胸の前に腕をクロスさせた。
右腕、左腕の骨の砕ける感覚、乳房に走るとてつもない激痛と、あばら付近に嫌な音が鳴り、視界が一瞬にして遠ざかった――
「――――~~~っ!」
背中に何かがぶつかって激痛が走る。けれど、悲鳴すら出す事が出来ない。
地面に転がり、嗚咽と共に口から血が噴き出る。
まだ…………まだだ……立つんだ私……!
氷君なら……氷君ならこの程度の怪我で諦めたりしない!
腕を使えば激痛が走る……なら脚を使えばいい……重力魔法で体勢を起こし立ち上がる。
私はまだ――負けてない!!!
「――立つかぁ……だが立って何になる。テメェじゃ俺様には勝てねぇつってんだろ」
うるさい。そんなの関係ない!
私は氷君に留守を任されたんだ……! 氷君の大切な人達を守り抜けず、その上で敗北なんてあってはならない!
私は氷君の妻……この国の王妃! 月島穂乃香だ!!!
「――――潔くなんて文字は無い! 穢かろうが醜かろうが、最後まで意地汚く床這いつくばってでも戦い抜く! それが『月島』の心だ!!!」
「――――はっ……そうかよ……!」
敵の背後へ転移して、後頭部に右脚で蹴りを叩き込む。
敵にダメージは入った……だが、私の右脚もダメージを負い、蹴りを入れるだけでも口から血が漏れる。
「――!」
「そらぁっ!!!」
右足を掴まれ投げ飛ばされる。
勢いを殺し、地面にぶつからない為に、転移して左脚を軸に体勢を立て直すが、目の前にすぐ敵が現れる。
「――終わりだ」
敵の拳が私に向かって振りぬかれ――
「――――――あん? んだテメェ……まだ援軍が居やがったのか」
『…………』
吸血鬼が振るった巨大ハンマーによって拳は弾かれた。
……水奈の護衛の吸血鬼…………此処に居るって事は――――!
「――穂乃香っ!!!」
「……どうして…………出てきたの…………水奈っ……!」
「ダメ! 喋らないで!」
水奈が私の治療を始めようとする……駄目、それより水奈を早く逃がさないと。
吸血鬼がドラゴンを抑えているが時間の問題だ……
「水奈…………今すぐ逃げて……私が、どうにかするから…………!」
「そんなボロボロで何言ってるの!!!」
くっ……こうなれば、一旦水奈を連れて出来るだけ遠くに転移して、私だけ――
「――――パワーもスピードも悪くねぇがな吸血鬼ぃ……技がお粗末過ぎんだよっ!」
『――がっ……!』
「これじゃあ、最初に戦ったジジイの方がまだ強ぇ……宝の持ち腐れもいいとこだぁ」
吸血鬼がやられた……水奈を避難させる時間もくれ無さそうだ……
「――エリーザちゃんっ!」
「――おい、ガキぃ……テメェなんでこのタイミングで出てきたぁ……無駄に犠牲を増やすだけだとは思わなかったのかぁ……?」
「――っ……これ以上…………これ以上穂乃香が、みんなが……私の大切な人達が! 傷付くのを黙ってなんて見て居られなかった!!!」
「それでテメェが出て来て何になるって、話をしてんだよ雑魚ぉ!!!!!」
敵が拳を水奈に振るう――――水奈はそれを盾で受け流した。
「――――――あぁ?」
『グランドウォール!!』『メイルストローム!!』
敵の足元の地面が大きく沈み、大量の水が勢い良く投下される。
落とし穴からの水攻め……一般人なら簡単に溺死してしまうが――
「――おいおい……えげつねぇ事するじゃねぇかぁ……こっちは片腕無くしたばっかりだって言うのによぉ……」
敵は翼を羽ばたき、水流に押される中強引に飛び上がって来た。
そこへ土の大精霊が沈めた分の地を使って、尖らせて敵へ差し向けた。
「しゃらくせぇ!」
押し寄せる土塊を右腕一本で全て破壊すると、敵は水奈に襲い掛かった。
「――――っ! ぐぅうぅううう!!!」
「おらおらおらおらぁあああ!!!」
水奈は襲い来る攻撃を、氷君との訓練で得た経験と、水奈自身の持つ直感で何度かは凌いでみせたものの、限界が訪れ盾を弾き飛ばされてしまった。
丸腰となってしまった水奈の首が掴まれ、宙に持ち上げられてしまう。
――――私の水奈になんて事するんだ、この駄竜!!!
「――大人しくしてろ女ぁ」
「――かっ……! ごふっ…………」
「…………ほ……のか……っ」
「ガキ。テメェ、今回俺様に挑んで来た奴の中でも一番弱ぇな。強ぇ奴ってのは見ただけでも何となく分かる……テメェにはそれを全く感じねぇ……そんな奴が俺様に挑むって言うのはなぁ、勇気とは呼ばねぇ――蛮勇っつうんだ……! ――はき違えんな雑魚」
水奈の首から手が離され、水奈の身体が重力のままに落下する…………敵はそれに合わせて足を後ろに振り上げ、水奈の頭に――――
「――――――――っ! っがっ……!」
――――悲鳴は、ドラゴンから上がった。
「…………お、にい……ちゃん……」
「…………おい、駄竜――――俺の妹に何してやがんだてめぇ……」




