意思伝達
レバーが1つでも動くと敵にバレてしまう。
ならばレバーを全て同時に動かせばいいじゃないか。
日坂を連れてパープルニア城の地下に転移する。
パープルニアに置ける『王宮』は国家の中でも重鎮達のみが入る事を許される本丸を意味し、『王城』は王宮の周りを取り囲む砦を意味している。
王宮への入口を開閉するのは王城に勤める者の仕事で、王宮勤めの者と王城勤めの者の上下格差は激しい。
信用の取れない者を王族に近寄らせない措置であるが、今回この仕組みは好都合だ。
王宮内の兵士は戦闘力こそ高いが、数は少ないからな。ほとんどの兵士は王城勤めだ。
つまり、敵に勘付かれる前に門を開け、王宮内に入りさえすればこちらのものだ。
日坂に自警団幹部達を召喚させて、俺は日坂を連れて地上へと戻る。
『あー、あ……みんな聞こえるか。これから作戦通り、氷河が情報を拾い、俺がみんなにそれを伝えてナビゲーションを行う。レバーに辿り付たら各班待機で維持をしてくれ、タイミングはこちらから伝える』
自警団幹部達の脳内に直接日坂から情報が送られている。
日坂がレベル80へとなった際に手に入れた固有スキル『意思伝達』。
離れている奴隷へと指示を一方的に遅れるスキルだ。
受信機能は付いてないが、そこは俺の千里眼と鑑定で読み取れる。
俺が受信、日坂が送信する事でオペレーターの役割を果たす。
尤も俺が日坂に伝えて、日坂がそれを自警団員達に伝える為、多少のラグが起きる。
そのラグも可能な限り俺で調整は掛けるつもりだが、日坂の伝達更新ペースが遅れればラグは広がってしまう。
コイツがどもったり、思考に意識が持っていかれラグが起きた場合、自警団員達がミスを起こしたり、場合によっては危険に晒される。
故に少しでも止まれば迷いなく叱責を飛ばすつもりだ。俺はこいつに優しくしてなどやらん。
「AとDは右」
『『右に曲がってくれ』』
「BとCは右、KとLは左」
『『右に』』
『『左に』』
「A左、L右、EとF左、JとH右、B右で敵2人」
『左に』
『右に』
『『左に』』
『『右に』』
『右に、先に敵が2人』
自警団員達には三人一組の班で常に直進し、指示を受けたら曲がる様に説明している。
指示を送る相手は班の代表で、事前に日坂がアルファベットで割り振りをしている。
この送る相手を間違えると、本来の目的と違う所に向かってしまう班が増えるため、日坂の責任は重大である。
この作業の難しい所は、日坂が状況を全く把握せずに指示を出している事……即ちどれだけ俺の言葉を信じれるかだ。
俺は千里眼で見ている地図に、装填位置からレバーまでの最短距離ルートを描き出し、ラグ調整を行いながら、同時に動く自警団員達それぞれにそのルートを歩むように日坂に伝える。
俺も中々だが、それ以上に日坂の集中力と精神力が試されている。
繋がる先の見えない操り糸を、味方の危機を含みながら動かしているからな。
「――E右で敵1人、G待機、F左、CとI左、F待機」
『右に、先に敵が1人』
『待機』
『左に』
『『左に』』
『待機』
待機する班が少しづつ増えてきた。
待機が増える分だけ、こちらが動かすべき数が減って助かる。
敵と遭遇した班は他に比べて時間が掛かってしまう……こればっかりは仕方ないな。
元々敵の拠点地だ。見張りの者を避けたルートがあったりもするが、どうしてもぶつかってしまうルートもある。
遭遇した敵は全て殲滅するように伝えている。王宮勤めの兵士と同等以上の戦力をほこるうちの奴らが、王城勤めの兵士に負ける訳がない。
兵士が倒されてるにも拘らず、地上の者や王宮の者にもまだ勘付かれていない状況だ。
迷路の様に入り組んでる道が倒れた味方発見と、侵入者発見をしにくくさせてしまっている。レバー作動による警報だけに頼っているのが仇となったな。
彼らが攻められている事に気付くのは、門が開いてからだろう。
「――B待機」
『待機してくれ』
「E左」
『左に』
「E待機」
『待機してくれ』
「……全部だな。カウントダウンに入る! 準備しろ!」
『総員準備!』
「――5」
『――4』
「――3」
『――2』
「――1」
『――動かせ!』
地下にある全てのレバーを同時に動かした。
王宮に警報が走るだろう――だがもう遅い!
「突入!」
『美鈴っ!』
神奈から報告を聞いたフィサリスが、無詠唱で最高幹部を連れて門の前へ転移する。
開いた門からフィサリス、ロータス、神奈、ほたる、リノの五人が入るのを確認した……とりあえず一息だな。
「レバーを戻されると5人が敵地に閉じ込められる事になる……総員に敵兵が何人来ようともレバーを守り抜けと伝えろ」
『みんなのおかげで無事に門は開き、突入も成功した。だが敵兵に気付かれた事で地下にも敵が押し寄せて来ると思う……レバーを戻されると突入班が王宮内に閉じ込められる、退路確保の為にレバーを守り抜いてくれ!』
「……こんな所か?」
「ああ、お疲れ」
自警団幹部達は言ってしまえば我が国の誇る精鋭部隊だ、押し寄せて来ようが心配は要らない。まあ、突入した5人も、退路が無くたって敵を降伏させて来るだろうけどな。一応の一応だ。
長い時間精神力を使っていた日坂はその場に倒れ込むと大きく息を吐いた。
若干のミスが起きるかと思っていたが、まさかノーミスでやり切るとはな。
……………………
「――……上出来だった……」
「――――――」
「………………」
「…………お前に褒められるのは初めてだな…………顔は凄く不服そうだが」
……ほっとけ。実際にちょっとムカついてんだよ。
ただ俺は国王でこいつは大公だから、立場上仕方なくだ。
僅かに口角の上がっている日坂にイラつく。もう二度と褒めてなんざやらねぇ。
「……この後はどうするんだ?」
「突入班のサポートを行う、神奈とロータスに指示を飛ばせ」
神奈はフィサリスと共に行動して敵将達の足止め、ロータスはリノとほたるがリコリスにたどり着くまでの道作りとなっている。
意思伝達でサポート出来るのは、日坂の奴隷である神奈とロータスの2人。
その2人を分けて役割分担する際にフィサリスが、元を辿れば俺からの指示だったとしてもロータスに指示されたくない、との事だったので神奈と組ませる事になった。
あいつのロータス嫌いは相変わらずだ。




