『心の声』
「行きましょう皆さん…………月島氷河に、ブライトタウンに、我々の怒りを見せてやりましょう」
「「「「「「「「「うぉおおおおお!!!!!」」」」」」」」」
ついに……ついにこの日が来た……
憎きあの男に復讐を果たすべき日が……!
何が叡智の王だ……ただの人殺しの癖に……父さんの仇、討たせて貰う!
人間同士が愚かにも争い合って、国内の戦力が薄くなっている事は知っている。
潰し合わせて消耗した所を、僕達が一気にトドメ刺しに掛かる!
同志達を引き連れてブライトタウン国境の北壁に近づいて行く。
ブライトタウンは住民の受け入れを常に行っているらしく、関所が緩いとの噂だ。
その雑さが命取りだ。正面から突破してやる!
「門が……閉まっている?」
何故だ……まさか! 奇襲の情報が漏れていたのか!?
「誰か居るぞ!」
門から100メートル程離れた地点に魔族の男が1人で立っていた。
遠目で見ただけでも屈強な肉体である事は分かるが、武装はしていない。
「ブライトタウン王国自警団副団長! グラジオラスだ! 義勇軍代表、リギル! お前に話がある!」
グラジオラス……パイシーズの英雄……魔族殺しに膝間付いた裏切り者が!
同志達を下がらせ、周囲の警戒を行いつつ前に出る。敵との距離は10メートル、罠の可能性を考えて武装は解かない。
「何の様だ……魔族の誇りを棄てた貴様と話す事など何もない!」
「誇りを棄てた? ブライトタウンと友好国になっている国が魔人族領にも増えている事はお前だって知ってるだろ。人間と魔族が相容れない時代は終わったんだ」
「ふざけるな! 下劣な人間共と僕たちを一緒するな! 同胞が殺されたにも拘らず、その殺した人間に遜るなど恥を知れ!」
話に応じた僕が馬鹿だった。こんな奴さっさと殺して――
「――魔族と人間が本格的に戦争を始めたら、民間人を含め十万単位の死亡者、百万単位の負傷者が出ていただろう。うちの国王な、それを兵士一万に留めたんだ」
「小を斬り捨て、大を守る……! それが正しいとでも言うつもりかっ!」
「正しいかどうかなんて俺にも分からねぇ……でもよ。同じ立場に立った時、お前にそれが出来るか? 開戦待った無しの状況で、それを止める為に一万人殺しの名を背負えるか……?」
「…………そんな非道な事をする訳ないだろう!!!」
「非道と蔑まれようが、大勢の奴に恨まれると分かった上で、それでもうちの国王はな、それをやってのけたんだ……! 魔王は自身となる新たな依代を、強き肉体を持つ勇者を探すためだけに戦争を起こしていた……俺ら魔族がいくら死のうがどうでも良かったのさ。そんな魔王は配下を奴隷にする事でステータスを上昇させていた。うちの国王は、一万人殺しの名を背負ってステータスの上昇を0に戻し、1人で挑んだんだ……当時18歳だった小僧がだぞ? 俺達の今の生活は国王が魔王を殺した事で訪れた平和だ。俺達は国王1人に罪を背負わせたんだ……!」
『魔王様はな、配下が増える程に強くなられる。父さんたち配下はその為にあるんだ』
「…………! だったらなんだと言うのだ! それで奴のした事が許されるとでも言うのか! 父さんたちの――魔王軍たちの殺害は! 必要な犠牲だったと言うのかっ! ふざけるなぁぁああああ!!!!」
剣を構えて目の前の男に襲い掛かる。同志達も声を上げて進軍を始めた。
「お前らの言いたい事が分からない訳じゃねぇ……でもな、その上で俺はお前らに告ぐ――月島氷河は俺が最も尊敬する男だ! うちの国王を殺すと言うなら、俺が、俺らが! てめぇらの相手だっ!!!」
「『サークル』『テレポート』」
グラジオラスの後ろに女が現れてすぐ、空間魔法で敵が逃げた。
それに合わせるかの様に、僕達の上空からナイフの雨が降り注いだ――
「あー……説得は無理だった……どころか啖呵切って喧嘩売っちまった」
見張り台へと転移してすぐ、グラジオラスさんは額に手を当ててそう言った。
「グラジオラスさん。総大将なんですから、せめて武器ぐらい持って行ってください」
「丸腰の方が話聞いて貰いやすいと思――――どうした嬢ちゃん、偉く嬉しそうだな」
え、顔に出てたのかな……戦闘中だから、気を引き締めなきゃいけないのは分かってるんだけど……
「…………月島君の事を……見てくれてる人は、ちゃんと見てくれてるんだなと思って……」
「……………………嬢ちゃん、頑張れよ」
「え、え? 何がですか?」
「――! 総大将! 敵に結界術師がいます! 先ほどの攻撃の敵被害は軽微です!」
敵の様子を観察していたエリスちゃんから報告が上がった。
私の攻撃は敵に防がれてしまった様だ。
「――私が出よう。エリス、ケレス、援護を頼む」
「イクシオンさんっ!?」
イクシオンさんは大剣を片手に、見張り台から飛び降りてしまった。
そこそこの高さあると思うんだけど……
「レイ様!」
『出番かい?』
「ネス様!」
『……わかった』
「『ライトニングストリーム』!」「『ダークトルネード』!」
「「父様に! 近寄るなぁあああ!!!」」
イクシオンさんの左をエリスちゃんの放った光魔法が、右をケレス君の闇魔法が通り抜けて、敵へと飛来する。
本当にお父さんが大好きなんだろうな、この2人は。
「嬢ちゃん、俺達も出るぞ」
「はい」
ハルバードを担いだグラジオラスさんの声を聞き、私は戦場に背を向けて、ナイフを宙に浮かべ六芒星を描く。
この合図と共に、閉じられていた関所の門が開かれる。
「――行くぞテメェらぁ! 副団長に続けぇええええ!!!」
「「「「「「「「「うぉぉおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」」
門の前で待機していた自警団と騎士団の方達が、一斉に敵軍へと進んで行く。
私はグラジオラスさんを連れて、進軍していく皆さんの最後尾へと移動する。
「……後方で見てるだけってのは、性に合わねぇなぁ……」
「総大将なんですから、どっしりと構えていてください。私達がこの防衛戦の最終ボーダーラインなんですよ?」
「……分かっちゃいるがよ……」
最前線でぶつかり合う、イクシオンさんと敵の代表、リギルの戦闘を眺めながらグラジオラスさんはそうぼやいた。
リギルは敵軍の中でも飛び抜けて強い。年齢はエリスちゃんやケレス君の一個下らしいが、動きを見る限り戦闘力は2人を上回っていると思う。
――でも、リノちゃんには及ばない。
強くなった今のリノちゃんでも、冒険者時代の全盛期以上に強くなったイクシオンさんには及ばない。
彼が後五年……十年経験を積み続けてたら結果は違ったかもしれないが……この場の戦いにおいて、イクシオンさんには勝てない。
「――……敵兵の中に、俺達の所にまで辿り着ける奴が居ると思うか?」
「そうならない事が望ましいんですが……私は無いと思いますよ。ブライトタウン王国軍の兵士は、皆さんは――強いです」
「……そうだな」
大将格同士の戦いだけでは無く、周りの兵士達の戦闘もこちらが押している。
グラジオラスさんとイクシオンさん、ロータスさんに戦闘力増強を努めて鍛え上げられた戦士たちは、他国の兵士と比べて圧倒的に強いと自負できる。
少数精鋭。それが月島君の作り上げた国家の在り方だ。
…………国家の……在り方…………
「――…………どうした嬢ちゃん。さっきは嬉しそうにしてたのに、今は元気無さげだな」
「…………グラジオラスさんは……今回の戦いで戦争が終わると思いますか……?」
「……そうだな……魔人族領内で不満があった奴は今回ほとんど来てるだろうし、人間族領内で戦争を煽っていたリコリスの野郎も倒せれば……しばらくは起こらねぇんじゃねぇか? 友好国寄りの中立国も増えてきてるしな」
「…………そうですね」
月島君は、戦争を止める為に魔王軍、魔王と戦った。
しかし魔王亡き後にも、戦争はこうして何度も起こってしまっている。
彼はそれを自分の責だと、争いの種は自分だと、自身を責めている。
……でもそれは違う。元を辿れば、辿ってしまえば――――――私が籠の中の鳥で在り続ければ、こんな事にはならなかった……
言葉にすれば、それは孤児院のみんなを、出会えたたくさんの人達を否定してしまう事になる……だから考えない様にこそしているけれど…………
戦争の度に辛そうにしている彼の姿を見ると、心が張り裂けそうになる……
月島君は、水奈ちゃんも、如月さんも……リノちゃん、神奈ちゃん、弥生……フィサリスさんすら、戦場に立たせたくないのだろう。
原因そのものである私を、月島君は責めてはくれない。全ては自分の罪だと、1人で抱え込んでしまう。
これ以上彼の傷付く姿を見たくない……でも、見たくないと思うのは私自身に訪れる罪悪感が大き過ぎる故だと思う。
結局、私は……自分が傷つきたくないだけなのだ……
――――なんて浅ましいんだろう。




