腹の虫
柚奈の誕生から3ヶ月。
今の所パープルニアからの動きは無く、我が国は敵対国減少の為にせっせと薬を作っていた。
作るのは調合師団員だが、素材集めは主に俺だ。
火竜の爪なんて取って来れる人間が限られる……の前に、まず火竜を見つけるのが困難だ。
よく効く薬っていうのは作る手順も面倒だが、素材集めも面倒だ。
まあ苦労の甲斐あって、ブライトタウンに対し友好的な国は確実に増えた。
もちろん魔族との共存を許容しかねる人間族国、人間との共存を許容しかねる魔人族国もあるが、互いに領分を侵害さえしなければ問題は無い。
我が国が人間にとっての最北端であり、魔族にとっての最南端である。その先は特例でしか許可していない。
うちの国民にはそう伝えている為、向こうからこちらに来ない限り、人間嫌いの魔族が人間と会う事は無く、魔族嫌いの人間が魔族と会う事は無い。
嫌なら来るなと言う話だ。
共存を嫌ったとしても向こうがこちらに干渉せず、こちらも向こうに干渉しないのなら争いは起きない。争わないのなら敵対せずとも良い、貿易は可能だ。
敵対をしないと言うだけで向こうにメリットが有る。安値で薬が買えるからな。
そしてこちらにも敵対可能性の有る国が減るというメリットがある、ウィンウィンだ。
こう言った割り切った考えを出来れば世界は平和で済むんだが……出来ない奴が多いから争いは尽きない。
人って愚かだな。
『ラミウム様に代わりまして書類整理をさせて頂きます。国王陛下様、よろしくお願い致します』
「…………ああ、よろしく頼む」
貿易国が増えれば当然手紙や書類も増える。普段フィサリスやラミウムに手伝って貰っているのだが、ラミウムが本日不在。祖国に帰省中である。
ブルーゼム内でごたごたしている様で、やむ終えずラミウムが一時戻る事となった。
久しぶりの帰省なのに素直に喜べないと言っていた。仕事しに行くわけだからな。
そのラミウムの代わりを務めるのが副官のリリーである。
もう一度言う、リリーである。
『――国王陛下様。お手を煩わせてしまって大変恐縮ですが、こちらの書類にサインをお願い致します』
「あ……うん」
お手を煩うも何もそれも仕事なんだけど……
リリー……お前……立派な信者に成長しやがって……
一点の曇りも無く本心で言ってるから質が悪い。ニンファーはいい加減布教を自重すべきだろ。
使用人の半数が信者と化している、半数だぞ。
我が国へ訪れた友好国の重鎮が、国民や兵士達の俺に対するフレンドリーさと、使用人達の俺に対する崇拝心を見て二重で驚くんだからな。
兵士の育成や、公共事業に度々直接手を出しに行く俺は国王であるが、国民との距離が近い。にも拘らず同じ城内で過ごし、より距離が近い筈の使用人達が、膝を付き頭を垂れるこの情景。
特効薬が勢いを加速させたんだよなぁ……難病や死に至る病だと思われてた病気も薬を服用すれば症状が止まったり、治る物もあるからな。
国内だけじゃ無く国外にも出来たんだよ、俺を神と崇める信者が。
アイリスから参拝に来る人が多過ぎるから、像だけ別の場所に移せないかと頼まれたんだよ。一角に置かせてもらったとは言え、世界最大級の孤児院だぞ? それを圧迫するってどんだけだよ。
これって本格的に教会みたいなの作らなきゃ駄目か……? 嫌なんだけど自分を崇める為の教会とか。それも死後ならまだしも生前中に。
リリー……それでも言わせてくれ……陛下に様を付けるのは意味が重複してるぞ。
「――っ!!!」
『――ひっ!』
「――…………怖がらせて悪いリリー……急用ができた」
殺気が漏れてリリーを怖がらせてしまった……俺もまだまだ未熟だな。
いや、だがこれは、無理だろう。
よくもまあ、ぬけぬけと俺の千里眼の中に入り込んだな屍野郎。
そこが国外だったとしても俺の視界の中なんだよ。
……見えてるのに何もしないなんて選択肢は無理だよな?
殺せないのがもどかしい。もどかしいがそれはリノに取って置かねばならない。
…………殺さなきゃ別に良いよな? HP1残ってればセーフだよな? その後回復でも何でもできるよな?
――あの骸、少し砕くぐらい問題無かろう?
「『テレポート』」
目標は現在、アンデット系特有スキルの『ステルス』を使って姿を消し、且つテレポートで転々と移動しているが全て俺には見えている。
俺の国の近くを通ると言う事で、念に念を重ねたつもりだろうが意味は無い。
俺に捕捉されたが運のツキ、此処がお前の死に場所だ。
『氷河、それ殺しちゃってるよ……』
「分かってる……殺しはしない……だが、殺したいぐらいにムカつくだろう?」
錬金術で右腕に腕を生やす……だけにとどまらず、ガントレットの様に作り上げる。
『……うん。リノを殺そうとした事、ほたるに重傷を負わせた事、その怪我を負わせたのが「火」だった事……絶対に許せない』
「ああ、一発じゃとても気は済まないけど、一発ぐらい殴っておかないと腹の虫が収まらないよな……一緒に行くぜフィア」
相手の警戒領域、視覚情報は全て把握済み。
奇襲ポイントまでの接近残り時間……3……2……
「『テレポート』」
……1……死ね――――
『「――『ファイヤーナックル』っ!!!」』
『ぐぁあぁっ!? てっ「テレポート」』
…………ちっ……逃したか……
だが、顔面直撃で欠損は出せた。骨がその辺に飛び散ってるしな。
他のリッチとの区別もしやすくなって丁度良いだろう。
欠損の証明に骨は持ち帰るか……? いや要らないな、持ってるだけでイライラしそうだ。
役目をはたして燃え尽きた俺の義手と一緒に埋めてやろう。
『ところで氷河。リコリスはなんでこんな所まで来てるの? ブライトタウンとは方向が逸れてるけど』
「それについては戻ってから緊急通達する必要があるな」
リコリスは目的の為に、俺に見つかる危険を犯しててでも此処を通る必要があった。
ブライトタウンは人間族領の最北端で、魔人族領の最南端だからな。
「……南の戦力じゃ足りないと判断したらしい――北を動かすつもりだ」




