訓練相手
国民に対し演説を行ってから3ヶ月。水奈が出産を迎えた。
水奈の育児休暇に向けて卯月調合師長の下、大量の回復薬を作らせた。
欠損にも効果がある薬は、材料を集めるのに苦労した。だがこれで、水奈が復帰するまでの間はどうにかもつだろう。
小柄な水奈の出産は長期戦になるだろうと思っていたが、驚くほどすんなりと終わった。
俺が担当した出産の中で一番のすんなりさだった。水奈自身が一番驚いていた。水奈が今まで立ち会って来た、どの出産よりも早かったからな。
出産後の精霊の集まり方は凄かった。俺と契約しているフィアや水奈と契約しているクアア、シアドに加え、ラミウムと契約している8種、精霊魔法の子と契約している3種、エリス、ケレスと契約している大精霊と、精霊の泉にいる精霊達、精霊教の司教や信者達の契約している精霊達まで集まった。
大精霊だけでも司教のを含めて6匹だ。祝福のされ方が尋常じゃない。精霊に好かれる体質が水奈以上らしい。
産まれたのは女の子、名を『柚奈』と名付けた。
水奈が『みずな』と書いて『みな』と読むのに対し、柚奈は『ゆずな』と書いて『ゆな』と読む名前だ。
柚の花言葉に『健康美』と『汚れ無き人』というのがある。回復のプロ且つ天使である水奈の娘にはピッタリだろう。
柚奈は俺と水奈の娘、血筋は純粋なる月島家の血筋だ。結衣香や煌輝よりも濃く血を受け継いでいるだろう。
……間違いなく頑固な子になるな……覇気は良い、怒気や殺気までは遺伝していて欲しくないなぁ……
……清廉な淑女に育つことをお父さんは望みます。
結衣香と煌輝は建国前に生まれたが、柚奈は建国後……つまり生まれながらに王女だ。
国民にも新たな王族の誕生は発表した。
古参の者達は周知の事実だったため問題なかったが、移住民達からは国王と王女の近視相姦について賛否両論だった。
まあ、貴族的常識に言わせれば、王女とは他国との絆を深めるために嫁がせるものだからな。
水奈は俺の嫁、他の奴にはやらん。
国民達には大々的に『我が国は自由結婚。互いが同意し成人さえしていれば、近視婚、同性婚、多重婚など好きにして良い。魔族や人間の種族だけではなく、合意さえあれば獣人や吸血鬼との結婚も許可する。但し、合意無き結婚は認めない。本当に互いが望んでいるのかどうかは俺のスキルで分かる、俺の膝下で権力や金による強制婚ができると思うな』と伝えた。
この言葉に大いに喜んだのはラミであり、名指しでそわそわし始めたのはエリーザだ。
ラミにはグラジオラスが同意しなければ認めないぞと伝えた。レイスのリリーには子孫は残せないかもしれないが、心が通じ合ったのならその相手との結婚は構わないと伝えた。
マリンには男性からの接触や声掛けが増えたらしい。人魚には憧れるものかね。
ただマリンよ、俺の名を出して断るのは止めてくれ。「また国王に惚れた女か」って言われるの、俺が納得いかないんだけど。
そして同性婚で俺を見た野郎共、全員後ろ向け。そんな可能性1ミリたりとも無い。お前ら同士は許可する、俺に求めるな。
多重婚は許可はするが実際難しいだろう。全員が納得していないと認められないからな。一夫多妻なら男の、一妻多夫なら女の度量次第だ。
まあ、何にせよそこに愛があるなら許可するし、愛が無ければ許可しない……それだけの話だ。
水奈の出産から一ヶ月経ち落ち着き始めた頃。
俺はリノの指導の為に騎士団達の扱う訓練場に訪れていた。
訓練場には正式に副騎士団長に就任したイクシオンと、娘のエリスと息子のケレス、イクシオンのリハビリ相手のグラジオラスが居た。
イクシオンの現在の戦闘力はB+と言った所だ、全盛期にはまだ及ばない。
だがリノのレベルアップ相手には丁度良いと思った、リノもつい最近ほたると同等に戦えるようになった所だからな。イクシオンのリハビリにも繋がって一石二鳥だろう。
「お、陛下じゃねぇか。リノ王女とほたるの嬢ちゃんが一緒なのは分かるが……水奈王女はどうしたんだ?」
「お兄ちゃんがリノちゃんに容赦ないから、すぐ回復出来る様に付いて来たんです!」
リノちゃんは王女なのに、と柚奈を抱きかかえる水奈が言う。
いや、容赦したら訓練にならないからさ……俺だって心苦しいのよ? その後目いっぱい甘やかさないと俺が気が済まない程には。
水奈の同行につき、護衛のエリーザも一緒である。水奈が回復術を扱う時は、エリーザが柚奈を抱きかかえる事になる。
眷属は作れるが子孫は作れないエリーザは、自身に微笑みかけてくれる柚奈を大層可愛がっている。可愛かろう、俺の娘。
柚奈にはその内水奈と同じく信者が出来る。既に可愛がり方が異常な結衣香やエリーザを見て確信している。
ケレスがリノをチラチラと見た後俺を見た。エリスはそんなケレスを見て溜め息を吐いた後俺を見た。イクシオンはそんな子供達を見て苦笑いし俺を見た。
どういう状況か? つまり青春だ。当の王女様は理解に及ばず首を傾げてるけどな。
同年代で成長株、少々アホだが人柄も良い……チャンスは与えてみるか。
「リノの訓練相手に、リハビリ中のイクシオンが丁度良いと思って連れてきたんだが……折角だ。同年代の実力者、エリスとケレスの2人相手に戦わせてみようか」
「国王様!?」「私も!?」
「陛下……1対1なら分かりますが、2対1と言うのは流石に……」
「1対1ならリノが勝つ。勝つと分かった戦いをしても意味が無いんだ。勝てない戦いの中で勝つための活路を見出す事に意味がある……それに年下の王女相手と気を抜けば、リノは2人相手のみならず、お前にも喰らい付くぞイクシオン」
「……流石陛下のご令嬢様ですな」
接待試合など無用、本気で当たれと告げた。
リノは俺と戦う事でメキメキと成長を遂げているが、リノにとって俺という壁は大きすぎる。戦闘力に差があり過ぎるんだ。
差が大きい相手よりも、差の小さい相手と戦う方が成長をより実感する事が出来る。
実力的に言うとほたるや水奈が適任なのだが、こいつらはリノに甘いから……その内神奈やアイリスには相手を頼むかもしれない。
イクシオンと本気試合をさせる事で、イクシオンは昔のキレを取り戻し、リノはそれに合わせて成長するだろうと思っていたが……護衛候補の育成も悪くない。
魔法戦に加えて接近戦が可能なケレス、結界術による防御と回復術が扱えるエリスは、どちら共に護衛に向いている。別に護衛にならなかったら、ならなかったで穂乃香の私兵となるだけだ。強くなる分に問題は無い。
「リノの実力向上に確実に繋がると判断したら、今後も相手を頼むかもしれないな」
「――! 精いっぱいお相手務めさせて頂きますっ!」
「はぁ……もう…………すみません、よろしくお願い致します……」
エリスは完全に巻き込まれた訳だが、弟の為に腹を括ったか……良い姉だ。
エリスはケレスに可能性は無いと思っている様だ。まあ、現段階リノに見向きもされてないからな。
でも0では無い。ケレスの頑張り次第では……どうだろう……リノの理想が俺だからなぁ……
ほたるのポジションに近づくだけでも可能性はグッと上がるだろう。まずはそこが目標かな。
リノ対エリス&ケレスの戦いが始まった。総合戦闘力で言えばエリス達が高いが、個人戦闘力ではリノの方が高い。
テレポートによる空間転移と鞭の変則的な軌道に苦戦を強いられてるな。初手はリノが優勢か。2人は防戦となっているがエリスの障壁によりダメージは入っていない。魔法戦に持ち込めればエリス達が優勢に立てる……さてどうなるかね。
「エリーザ、折角だしお前も訓練して置くか」
『ぅえぇ!? わ、私もですか!?』
急に話を振られたエリーザがオロオロし始めてしまった。まあ、落ち着け。
エリーザは元皇女だったが故に接近戦の心得は皆無だ。
だが、吸血鬼になった事で桁外れの脚力や腕力を手に入れた事でポテンシャルだけ高い。
キチンと技を学べば強いのに宝の持ち腐れ状態だ。強くなり過ぎた力に振り回されて制御が完全ではないと言うのもある。日坂と同じ状態だな。
今は水奈が重い物を持とうとした時に、代わりに持つぐらいの使い方しかしてないが、ゆくゆくは護衛として接近戦もこなして貰う事になる。
ここで鍛えて置くのも有りだろう。
「まずはお前の武器だが、有り余るその力と速さを最大限に活かすなら、この武器が良いと、俺は思う」
空間収納から俺の選別品をエリーザに渡す。
『…………大きなハンマーですね』
「ああ、常人には振る事すら難しいだろう。だがお前なら使いこなせる筈だ」
剣術や拳術を教えても力や速さが有った所で、達人の域にある者には勝てない。
武術は技術とセンスがモノを言う。だがこのハンマーに関しては訳が違う。
本来ならハンマーも挙動が遅くなるため技術が必要だが、エリーザはこのハンマーをステッキを振る感覚で扱う事が出来る。しかも移動速度は、今まで制限していたのを速めるだけなので下がる事は無い。むしろ重しが付いた事で制御しやすくなってより速められるだろう。
巨大ハンマーのデメリットをエリーザの制御しきれていない余分が相殺している。それどころかパワーアップだ。
大盾持ちの水奈と並べば、本来片腕ずつ持つ武器を2人で扱っているようにも見える。見栄えもバッチリだ。本来はハンマーでは無くフレイルかもしれないが。
「持ってみた感触はどうだ?」
『悲しいぐらいに問題ありませんね……』
「戦闘術はグラジオラスとイクシオンに習うと良い。ハルバード使いと大剣使いだ、重量武器扱いの心得は教えてくれるだろう」
「いや、ボス。俺のはいう程重くねぇぞ」
ボスじゃ無くて陛下な。一般兵も訓練場に居るんだから。
グラジオラスのハルバードは軽量化の為、斧が少し小さめになってはいるが、決して軽くは無い。イクシオンの大剣は間違いなく重い。
両刃では無く片刃のゴツイ奴。切るだけでは無く砕く効果も期待できる大剣だ。
「まあ、教える分には問題ねぇか。よろしくな」
『え、あ、はぁ……よろしくお願いします……ラミさんに恨まれたりしませんよね……』
「その風潮止めてくれ……」
グラジオラスに近寄る女性にはラミが睨みを効かせているからな。本物の蛇睨みだ。
ラミは悪い奴じゃないんだけどなぁ……面倒見良いし。
自由結婚の発言以来、日坂に擦る寄ろうとする女が増えたって神奈に文句言われたな。
それは美鈴ちゃんパワーで引き止めて下さい。俺に言うな。
「そんな大きな武器持ち歩くの大変じゃない?」
水奈は戦闘に向かう時以外盾を持ち歩かないからな。
でも水奈、此処に居る人達大きな武器持ち歩いてる人達なんだぜ?
「まあ、確かに……護衛役を務めるには大き過ぎる武器だな。腕が塞がっちまう」
「背中に括りつけれる様にするか? エリーザなら括りつけた状態でも問題なく動けるだろ?」
試しに錬金術でエリーザに括りつけてみる。動きに問題は無さそうだ。
『問題無く動けますね……自分の異常性を実感します……』
「気に病むなエリーザ。俺と日坂でも出来る」
「お兄ちゃん達のステータスがおかしいんだよ……」
括りつけ道具はまた準備してやるとして……そろそろリノ達の戦いに決着がつくな。
俺がエリーザにハンマーを渡している間、ほたるとイクシオンは3人の戦いを集中して見ていた。イクシオンは子供達の成長を見ている訳だが、ほたるも似た心境なのが面白いな。
序盤は優勢に立ちまわっていたリノだったが、後半はMPの残量が少なくなり転移の頻度が下がった。そこを魔法戦に持ち込まれて応戦した結果MP切れ。応戦せずに転移で回避を続けてても同じくMP切れだっただろう。
リノはステータスの都合上MPがHPの半分しかないのだから、もう少しペース配分を考えるべきだったな。長時間の戦闘に向かないなら、短期決戦の為に序盤で仕留める。それが不可能なら転移の回避を減らし、アクロバットでの回避を増やすべきだ。
戦闘を終えた3人の下に向かう。水奈が一番疲労の色が濃いリノの回復に入る。
「どうだリノ。俺が言っていた『転移に頼り過ぎるな、自身で回避しろ』の意味がよく分かったんじゃないか?」
「……はぁっ……はぁっ……はぁっ…………うん」
「後半の、ホーリーボールを相手の魔法の側面に合わせて、逸らすのは良かったぞ。お前の戦闘に置ける発想とセンスは悪くない……ポーションを飲んだら次はイクシオンの相手だ」
「連戦ですか!?」「お兄ちゃん! リノちゃんを休ませて!」
「……と言われているが……休憩が欲しいか? 望めばやるぞ?」
「……はっ…………はっ…………要らない」
「リノちゃん……」
リノに必要な分だけのHPポーションとMPポーションを渡す。
最近は調合師団によってハイポーションも作っていて手元にあるが、リノに渡すのは普通のポーションだ。
節約と言う意味合いもあるが、効果の高いポーションを渡したらリノのハーフタイムが短くなるからな。ポーションを飲む間だけがコイツの納得できる休憩時間だ。
「リノが準備終わるまでに総評でもするか。ケレス、お前は錬金術にもっと汎用性を持たせろ。錫杖の錬金だけじゃ勿体無い」
地に手を付き目の前に錬金術で壁を作り上げる。
「簡単な防御壁を作れるだけで戦術はかなり広がる。姉の結界術に防御を頼るな。慣れれば俺の様に足から魔力を通して錬金が可能だ、構える必要が無い」
「うおっ!?」
「こういう風に絡み付かせて敵を封じる事も出来る」
「俺で試すなボス!」
「ボスじゃ無くて国王な。お前ほどの実力者相手でも拘束できるって証明だよ」
グラジオラスの拘束を解く。コイツが拘束されるのはお約束、ラミもよくやってる。
この場に居るメンバーで俺を抜くと一番強いのはグラジオラスだから。ま、後付けだけどな。
「錬金術を用いた戦闘術は、アイリスが上手いから助言を貰うと良い」
「え、アイリス先生って戦えるんですか?」
「お前達はまだ知らないか……イクシオンの全盛期と同等の戦闘力を有してるぞ」
「……なんで孤児院の院長先生してるんだろう………」
そりゃ俺が頼んだから。適任だったし。
アイリスは戦える人間ではあるが、戦いを好む人間では無い。人間では無く魔族だが。
戦わなくて良いなら戦わせない。可能な限りはな。
「…………私には何かありますか?」
「無いな。エリスは立ち回り、実力共に合格点だ」
「……ありがとうございます」
「更に強くなりたいのであれば、魔法コントロールについてフィサリスに弟子入りするか、水奈の様に盾術を習得するかだな。変に接近戦を試みるより防御に徹した方がお前は良い。『障壁があるから大丈夫』は『障壁が破られたら無防備』を意味する。障壁が破られたり間に合わない場合も想定しておけ」
「――! はい!」
伸び悩んでいたのだろう。向上心が高いのは大いに結構。
さて、リノがポーションを飲み終えトイレも済ませたな。訓練を続けようか。




