事実≠真実
アマリリス……ピアニーの忠誠心を跳ね上げた手腕は流石だが、ナチュラルに闇堕ちを促しやがった……なにしてんだアイツ。
リリーの方は無事に話し合えたみたいだな、少しは肩の荷が下りたか。ニンファーは何故俺への信仰心が上がってるんだ……リリーを保護したのはリノだろう。そしてリリーにまで宗教勧誘を行うんじゃない。
「――結果の報告があると聞いて来たんだが……なぜこの時間から食事なんだ?」
「血が足りてねぇんだよ、血が。料理長がわざわざ大豆、レバー、小松菜、イワシを使った和風料理のコースを作ってくれたんだ。お前も食え」
「血!? ダメージ受けて来たのかっ!?」
「吸血鬼に吸わせたんだよ。皇帝の孫娘な、今はリノの召喚獣にしてある」
「――…………またややこしい事になってるな……」
頭を抱えながら日坂は席に着いた。
説明は全部後、食事が先だ。血が足りん。
料理を食べ終えた。
鉄分を取ったからと言ってすぐに血の量が元に戻る訳では無いが、気休め程度にはなるだろう。
「伊藤料理長。急な頼みだったにも拘らず、こちらの求めた栄養素を含む食材を選び、バランスが良く味も満足できる仕上がりに至っていた……上出来だ。よくやった」
「――! ありがとうございます!」
「このまま俺たちは重要な案件の話に入る。使用人達を全員下げてくれ」
「かしこまりました」
料理長に使用人達を連れて退出して貰う。
食堂に残ったのは、俺と日坂だけだ。
「完全な人払い……フィサリスさんも居ないとなると相当な話みたいだな」
「フィサリスは居ても良いが、国内まで俺にベッタリだと穂乃香の不満が爆発するからな。自重させている」
「……あり得る理由だから何とも言えないな」
まあ、日坂も察するだろう。俺が再三嫌いだと言っている日坂を自ら呼び、2人で話す状況だ。ただの報告では無い。
「ホワイトールについてザックリ纏めると皇帝は生きている。皇帝殺害派のリストを作って騎士団長達に渡したから、時期に片付くだろう。ホワイトールはパープルニアの敵となった。吸血鬼はおまけで貰って来た」
「おまけで吸血鬼を貰って来るってどんな状況だよ……まあ、それは時間ある時に本人かフィサリスさんに聞こう……――本題は?」
「――リコリスの今後打って来る策についてだ」
ホワイトールの取り込みに失敗し、ブライトタウンに送り込んだ工作員も失敗に終わった……だが、あいつがその程度で諦める訳が無い。
「順調に解決出来てる様に見えても実際はギリギリだ。ホワイトールとの敵対……国紋の件も含めれば、ブルーゼムとも敵対……なんて事も十分あり得た話だ。失敗すれば多少のリスクがあると分かってても、成功確率が高く、相手に大きなダメージを与える一手を打って来るのが奴だ」
「次もなにか、しでかして来るのか……?」
「……現状、俺らとの対立となってパープルニアに味方してくれる国は無いに等しい。戦力が違い過ぎて、負け馬になると見えてるからな……だから、次は味方を増やすのではなく、敵を減らす方向に変えて来るだろう」
「敵を減らすって……友好国との仲違いか?」
「いや、もっと確実に戦力を削る方法……――国内分裂だ」
次の一手……それは現在のホワイトールと同じ状態にする事……仲間内で争わせる事だ。
「――! ……できるのか? 氷河を中心としたこの国はかなり結束が強いぞ?」
「出来るんだよ……今は国民達の忠誠心が高くてもな……――日坂、自警団に裏切り者が居る」
「なにっ!?」
「――と、言ったらお前は信じるだろう?」
「………………お前なぁ……」
「――今のは嘘だ……だが、俺が言った嘘は本当の事だとして認識された。為政者の語る事は例え嘘でも国民に本当の事だとして認識される。俺がホワイトールから帰って来て、「訪ねたら相手に殺されそうになった」と言ったら、この国はホワイトールと敵対するだろう? ホワイトールが「そんな事実は無い」と言っても「嘘を吐くな」と言い返すだけだ。それでホワイトールが滅びでもしたら嘘は真実となり、殺そうとしたホワイトールが悪かったという話に終わる…………――嘘って言うのはな、大衆の知る事実となれば本当の事として扱われるんだよ」
「……国民に疑心暗鬼を募らせようっていうのか……?」
「噂を流すのはパープルニアの人間である必要も無い。広げまくれば、観光客が利用されているとも気付かず、発信源となり、それを各地の観光客が多数知ってるとなれば、忠誠心ある国民といえど疑ってみてしまうだろ? 不信感を持ってる内は忠誠を誓う事すら躊躇う……戦力低下は免れないだろ、士気が圧倒的に下がる」
パープルニアの国王は十中八九リコリスの操り人形となっている。
国王が国民に広げている話は、国王自身も本当の事だと思い込んでる嘘も多いだろう。
国民は……特に、中枢にいる直属の部下は俺へのヘイトが集まっている事だろう。
ホワイトールが今苦労してる理由も言ってしまえば、これだ。皇帝は俺を許すなと言って運動していたのに、国存続の為に手の平を返した。判断は間違ってないが、皇帝を信じて俺が悪いと思っていた者達は、皇帝に対し不信感を持った。
それだけ国家元首の言葉っていうのは重いんだ。
「根も葉も無い噂が今後飛び交う事になるかも知れない……内容は今までの『叡智の王』なんて内容じゃ無い。国家の盤石を崩すための悪意の噂だ」
「………………どう対応する? ……事前に伝えておくべきじゃないか? 国民達にも」
「ああ、理解への呼びかけはする……それに加えてだ。臣下の囲い込み、不満解消も必要だと思った――日坂、お前に爵位授与の権限を与える……自営団で優秀な者、忠誠心高き者は早いうちに囲い込め。騎士団は俺がする」
「…………? 自営団も氷河がした方が、能力と人柄を正しく理解出来た上で授与出来るんじゃないか?」
「いや、俺は必要以上にお前の管轄に手を出さない。情報もグラジオラスを通す――お前には御輿になって貰おうと思う」
日坂があからさまに嫌そうな顔をした。でも大公の立場は凄く活きて来るだろう。
「……自営団が裏切り者みたいな扱いは嫌だぞ」
「お前を褒め称えるだけなら問題ない。俺を貶してお前を持ち上げる奴が居たら警戒しろ。外交や内政の面で考えて、俺では無くお前に王となって貰った方が得するのは誰だ?」
「……敵だな。俺のスキルは戦闘特化で、氷河の様に色々出来る訳じゃない……はぁ……俺だけ大公だったのってこの為じゃないよな……?」
「…………俺不在時のトップはお前だろ」
「……そういう腹積もりもあったんだな?」
日坂から目を逸らす。
太陽と月の国紋の国なのに、太陽をないがしろにするなんて、そんな事する訳ないじゃないですかー。
日坂の深い溜め息が聞こえた。
「…………まあ、了解した」
「勇者達を優先的に上げろ、魔法系の奴らは俺が上げて置く。今回敵になって面倒くささを実感した」
「4人の勇者か……」
俺や日坂からすれば全く敵では無い。
だが他の兵にとっては勇者は中々の脅威だ。
今ブルーゼムで扱き使われている初代キタコレこと雲山は、愚かだったが才能は神奈と同等の物を持っていた。ステータスの奴隷補正が掛かって無い事を考えても、現在のほたると良い勝負が出来る程の実力だ。
パープルニアには野球部の棒術使いと、サッカー部の蹴技使いが居る。あの2人は雲山とほぼ同格だ。あと2人の拳術使いと、ピアニーの記憶に居た暗殺術使いだって、弱いわけではない……面倒だ。
「俺に忠誠を誓おうが、お前に忠誠を誓おうが、どっちでも良いが……敵対されるのだけは面倒だ」
「…………心境的にも水奈ちゃんや美鈴は厳しくなるな……穂乃香ちゃんはそうでもなさそうだけど」
ナチュラルに神奈を下の名で呼んだな。ツッコんではやらないけど。
「お前に敵対されたら笑うしかないな。その時は拳で語り合うか」
「拳で語り合うって……国家のトップがする事じゃないだろ……」
「早いところ、国内の安定化を図らないとな……神奈の出産も近い。産まれて来る子供達……次の世代に戦争を引き継がせたくはないだろ」
「そうだな……俺たちの代で争いは終わらせて……子供達には平和に生きて欲しいな」
リノには参加させてしまった……大人として情けない話だが、リノの召喚獣は軍隊並の戦力になっているのもまた事実。
今はリコリスを倒させるつもりでいるのだから酷い父親だ……真っ白だったリノの心に憎悪の炎が広がっている……リコリスを倒したとして、その炎は消えるのか……ほたる次第になりそうだな。
来年には結衣香が5才になる。リノが戦闘訓練を始めた歳だ。リノの初陣は9才だったが、結衣香たちはどれ程才能があろうとも10歳になるまでは参加させない。本来、出兵は15歳以上の成人した者達が好ましい。
結衣香や煌輝の魔法適正は高い、将来優秀な魔法使いになるだろう……実力が足りないからという言い訳が出来なくなるだろうから、歳の話で抑えつけるしかない……抑えれるのは9歳までだ。
後5年……5年の間に争いを全て終わらせる必要がある。




