障害
『商店街の大通りから4番目の路地に入って、2つ目の十字路を右に、そこから3つ目の十字路を左に曲がって突き当たった先に、移住民受け入れ用の空き家地帯がある。向かって北側から路地裏に入り、右に2回、左に3回曲がったら右手に見える建物だ』
『………………えと……』
『空き家地帯を探せ、そこに居ない筈の移住者が居る。お前の透視なら空き家地帯さえ辿り着けば分かるだろ』
このブライトタウン王国には、国王陛下が用意した空き家地帯が複数箇所存在している。
その中でも商店街に一番近い空き家地帯に、祖国の工作員は潜んでいるらしい。
私の透視の有効範囲は視線先100m。国内全てを見通せる陛下には到底及ばないが、空間転移でカバーは出来る。
空き家地帯に到着し、私の視界に映った人物は――
「――あれ、ピアニーちゃん? 氷河ちゃんが来ると思ったんだけど」
――私の上司だった。
「……こんな所で何していらっしゃるのですか、アマリリス様」
「入り込んだネズミを見つけたから、氷河ちゃんのGOサインが出たら、殺そうと思ってたんだ~」
「……捕縛の可能性は考えなかったのですか?」
「――無いね。生かしておく理由が無い」
私は生かされたのですが……
「ピアニーちゃんは別だよ? 透視を持ってた事も1つではあるけど、決定的な違いは氷河ちゃんへの敵対心だ」
「工作兵は敵対心が強いと? 何故言い切れるですか?」
「ピアニーちゃんで失敗してるからさ。殺されたならまだしも、生存して敵に付いた。ピアニーちゃん自身には、氷河ちゃんに対する敵対心がそこまで無かったからさ。なら次は忠誠心に加えて、敵に従わない敵対心を持たせた兵を送るに決まっているだろう?」
「……取り込みは不可能でも捕虜には可能なのでは?」
「要らないね。情報は氷河ちゃんの視界に入った時点で抜き取られている。統也ちゃんの敷いた警戒網を突破できるほど優秀であればこそ――味方に出来ないなら殺すだけだ。厄介だからね」
優秀だから殺す……優秀な透視持ちを死なせはしないと言われたけれど…………敵対心が強くあったら……私は殺されていたのですね……
『パープルニアに消えて欲しくない臣下が居ないなら、俺は迷わず消している』
……今は……死ぬことも出来ない…………
「……警戒網に引っかからなかったのに……何故アマリリス様はこの場所が分かったのですか?」
「ん~……じゃあちょっと付いておいで」
アマリリス様は壁を蹴り上がり、屋根の上まで登り上げた……公爵家令嬢なのに……辺境伯の娘ではあったけれど、暗殺者として育てられた私以上に身軽ですね。
アマリリス様に連れて来られたのは、祖国の工作員が居る建物の上だった。
…………本当に元同僚ですね……
「見てごらん。あれが氷河ちゃんの王城、あっちは統也ちゃんの自警団本部で、あっちが奏ちゃんの孤児院だ。この位置はこの国の需要な3拠点が同時に見渡せる……それに加えて商店街も見えるだろう? これはこの建物内の窓からでも、可能なんだ」
「見晴らしが良い……監視がしやすいと言う事でしょうか」
「それだけじゃないさ。此処の地点までの道のりは入り組んでいただろう? 周りは空き家の為人も寄り付かない。路地裏なんて通る人少ないしね……まるで此処に隠れてくれって言ってる様な建物じゃない?」
「アマリリス様は事前に当たりを付けていたと言う事ですか?」
「違うよ。これだけの条件が一致する建物は――国内に此処だけなんだ」
「国内に……? ――! まさかそんな……!」
「――氷河ちゃんは、わざとそうなる様に計算して家を建てたんだ……此処を悪だくみをする人間が集う一等地としてね」
家の配置……空き家地帯にしているのも、おびき出すための罠なのですか……!
国内に他に無いと言う事は……国内の他の建物は、此処と条件が一致しない様にすべて作られている……全て陛下の計算の上…………
「でも国内は氷河ちゃんの御膝元だから、別にこんな事しなくても、悪だくみをする人間はすぐ見つかるんだよ。じゃあ何故わざわざ作ったと思う?」
「……陛下が不在の時に、私達で対処するためでしょうか」
「惜しい。此処は人の目につかない場所だ、それは隠れる側もそうだし、暴く側もそうだろう? 氷河ちゃんはね、わざわざ対象が人目の付かない所に移動するのを、待たなくて良い様にしてくれたんだ。暗殺者である僕たちに気を遣ってくれたんだよ」
暗殺者の仕事に気を遣う…………そんな国家元首聞いた事がない。
暗殺者とはどんな状況でも策と技術でターゲットを殺してみせる者。お膳立てされて行う事など有り得ない。
「この建物について知ってるのは氷河ちゃんと僕、今知ったピアニーちゃんだけだろうね。僕以外で気付けるとしたら……奏ちゃんか穂乃香ちゃんかな……でも2人とも孤児院と城籠りっぱなしで、国内を歩き回る事は無いだろうから気付かないだろうね」
この人は自力でその答えにたどり着いたのですか……どんな頭をしてるんでしょう。
「ピアニーちゃんは自分から討伐を名乗り出たんでしょ?」
「……はい」
「だよね。配下に甘々な氷河ちゃんが、こんな酷い事命令するとは思えないもん」
陛下が甘々……けして甘いお方では無いと思いますが。
「氷河ちゃんなら「お前が殺す必要は無い」とか言ってそうだけど……――工作員を殺さらなくて良い訳じゃ無いからね? 氷河ちゃんは確実に殺せる自身か僕を使おうとした筈だ。それをピアニーちゃんが引き受けたのなら……――殺せなかったら僕がピアニーちゃん殺すから」
「――――っ!」
「だってそれは、僕たちに対する敵対行為だろ? 殺さないは許されない」
『俺に忠誠心を示せ』
――…………そういう事ですか、陛下。
すぅ…………ふぅ…………
「――大丈夫です。確実に殺してみせます」
「ふーん……じゃあ、行っておいで」
全ては……祖国の存続の為に。
かつての同僚は、この国の地図を作っていた。
それが祖国へ渡ってしまうと、作戦を綿密に練られて不利になってしまう。
ごめんなさい、ギルーノ……でも、パープルニアの未来は、貴方の働きにでは無く……私の働きに掛かっているのです…………
「……『テレポート』」
死角へと転移し、一気にナイフを首に突き刺す――!
「――っ! ぐおっ!」
直前で気付かれて、首では無く肩を切り裂いた…………っ。
「て、てめぇぇぇえええ! ピアニーっ! 裏寝返っただけじゃなく、俺らを殺そうとまでしやがるのか!!! この売国奴が!!!」
「――――っ! ……貴方達の進む道は破滅の道です……我が祖国の存続にはこれしかないのです……!」
「てめぇに心配なんかされたくねぇんだよ、裏切り者! 我が国を祖国などと名乗るな!」
溢れそうになる涙をグッと堪える……泣いていても何も始まらない……!
殺さなければならない……覚悟は、出来ている……っ!
「――――君の国王が愚かだから、その子は孤軍奮闘してるのに……その言い方は無いんじゃないの~?」
「――誰だっ! 出て来い!」
アマリリス様の声……けれど、どこに居るのか私にも分からない……
「――――信用できないと周りに言われる仕事環境の中、祖国を守る為に一生懸命働いているのに、守られてる側にまで敵視されちゃったら可哀想じゃ無い……君たちが抗えば抗う程、その子の苦しみは増えて行くのに」
「守る!? 国王の命で此処に来た俺を殺す事がか! 国家に反逆してるのに守るも糞もあるか!」
「――――そうやって国家のおつむが足りてないから、彼女は報われない」
「どこに居る! 出てこい!」
「――ずっと、此処に居るじゃないか」
「「――!?」」
私とギルーノの間にアマリリスが立っていた。
まるで、最初からそこに居たと言わんばかりに。
「――てめぇは……『死神』!」
「その通り名って本採用なんだね~……――じゃあ、こういうのはどうかな」
「「――――――」」
く、く、首が……アマリリス様の首が伸びて……!
「ば、ばば、化け物がっ!」
「淑女に対してそれは酷くない~? ま、伸びるのは首だけじゃないけど」
アマリリス様の指先が全て伸びて、ギルーノの体に絡みつき拘束する。
「――! ~~~~~!!!」
「うわぁ……むさい男の触手プレイとかマジ需要ない……やるなら奏ちゃんか氷河ちゃんにしてよ……――さて、ピアニーちゃん。君の仕事は何だい?」
…………お膳立てをして頂いた……私の仕事は……
「我が国と我が祖国の未来の為に……――障害を排除する事です」
ごめんなさいギルーノ……かつての同志……
リッチに唆されている貴方達に、未来は無いの……
「かッ――――!」
「――……墜ちる先が地獄でも……私には、生きていて欲しい人達が居るのです……――さようなら」




