セラピー
「―――――! ―――!」
まだ、眠い……
「お――――! あさ――!」
ふぁ……
「おとうさん! おはよう!」
朝一で結衣香の笑顔を見れる……顔つきは俺似の癖に、笑顔は穂乃香そっくりだな。笑顔と言うか笑い方か。
結衣香の額にキスして、結衣香を抱えつつ上体を起こす。
「ほっぺ! おでこじゃなくて、ほっぺにしてー!」
「ほっぺにもか? 仕方ないな……」
お姫様のご希望通り右頬にキスをする。
すると今度は左頬を向けて来た……欲張りだな。左頬にもしてやろう。
「えへへ~……おとうさんにたくさんチューしてもらえた」
「……それだけ聞くと事案に聞こえるな……さ、起きて着替えるぞ」
「またどれすー? うごきにくいのいや」
「リノも我慢してるんだ。結衣香も我慢してくれ」
王族たる月島家は皆、それ相応の格好を常にしていなければならない。
私服生活をしていたラミウムも建国と同時にドレスの毎日に戻った。元々その生活をしていた為、問題は無いらしい。
問題があるのは穂乃香と水奈、リノと結衣香だ。フィサリスは側近という立場ゆえ、戦闘服が許可されている。難を逃れたわけだ。
煌輝はまだ物心がつく前だし、王子の格好はまだ動きやすい方だ。
結衣香は動きやすい格好をしていた時の記憶がある。最初は煌びやかなドレスを着れて喜んでいたが、毎日だと嫌らしい。
因みに俺はと言うと……穂乃香のおかげで回避も可能になった。
正式な式典では礼装に身を包む必要があるが、普段は戦闘着を着ている。
孤児院に俺の像としてローブ姿が残されているからだ。観光客や謁見が不可能な立場の者が、俺の姿を見る事が出来るのはあの像となる。
つまり戦闘着で居る俺の姿が国王のイメージとして広まっている訳だ。故に国王としてローブ姿で居ても問題は無い。
穂乃香、水奈、リノが戦闘着を着れるのは本格的戦闘を行う時のみ、結衣香に関しては戦闘訓練をしていないため、寝間着のネグリジェ以外はずっとドレスである。
結衣香に本人希望のパープルピンクのドレスを着せてやる。いつもは結衣香付きの侍女がしているが、今日は俺が結衣香の部屋で寝ていた為、俺が許可しない限り部屋に入って来れない。
そして結衣香は俺に着せて貰いたがる。娘のおねだりとなれば仕方ない。親バカ上等掛かって来い。
ドレスの色は、俺の紫とリノのピンクの間を取ってパープルピンクらしい……青紫では無いんだな……母さんが悲しむぞ。
「今日、父さんはママと出かけなきゃならない。良い子にしてるんだぞ」
「……またおしごと?」
「そうだ」
「…………わかった……おとうさん! がんばってね!」
あぁ……うちの子良い子……お父さん頑張るよ。
睡眠不足で重かった身体が、結衣香セラピーで回復した。結衣香と寝るために、頑張って仕事を片付けたかいがあったな。
セラピー効果が続いてるうちに、今日の用事もさっさと終わらせて来たい所だ。
フィサリスとピアニーを連れてホワイトールの帝都へとやって来た。
アポは取ってない。先ぶれも出してない。完全にお忍びである。
俺が訪ねると先ぶれを出せば、タイミングを合わせて殺されるに決まってる。臣下に1人も合うことなく、皇帝と接触する必要がある。
まあ、ブルーゼムで2度成功させているからな。忍び込む事なんて難しくない。
フィサリスは気配を消す手段を持たないため、城下町に待機させる。皇帝との接触が取れた後に呼び出す事になる。
宮廷は安定の空間魔法阻害エリアとなっている為、見張りの目に入らないギリギリまで転移で移動し、後は気配を消して徒歩で行く。
どこの国にもあるな空間魔法阻害エリア……まあ、ピアニーみたいな奴が現れて、サクッと殺されたり、リノみたいな奴が現れて、「サモン」ってされたら簡単に滅ぶからな。設置して置くのは当然と言えば、当然だ。
我が国ブライトタウン王国には設置していない。俺が居るからな。
阻害エリアを作るデメリットは、味方にリコリスの様な裏切り者が潜んでいた、もしくは火事なんかが起きた場合に逃げれない事。もう1つは昨日のほたるの様に、重傷を負った者を確認できても呼び出せない、呼び出すにはエリア外までダッシュするしかない事だ。
メリットが俺の存在によって無効化されている上、デメリットで俺の利点が消されてる。設置する意味が無いんだ。
俺の異常性がよく分かる。単純な戦闘力でいえば、ステータスの暴力たる日坂の方が上だが、他国が警戒し畏怖するのは俺な訳だ。
まあ、日坂も日坂だけどな。レベル80のボーナスに『意思伝達』というスキルを手にしていた。主から奴隷へ離れていても指示を伝えれるスキルだ。
『心眼』が一方的な受信であるのに対し、『意思伝達』は一方的な送信だ。
言葉に出さずとも命令を直接脳に送る、返答は聞かない……まさに支配者たるスキルだ。
俺も使えたら面白かったんだが、追体験しても俺のスキルにはならなかった。
もし俺が使えたら千里眼の範囲内で、奴隷と何時でも会話が可能になっていた。
まあ俺が使えた時は、信託が下ったと言って信者たちの神聖視化が進むだろうから、使えなくても良しとする。
直接脳に語り掛けが来るわけだからな……日坂の神聖視化もそう遠くないだろう。
ざまぁ。
ピアニーの透視でも警備の目を掻い潜る事は可能だが、俺の場合は警備兵の巡回パターンを理解し未来予測まで出来ている為、なんの不安も無く皇帝の部屋にまで辿り着く。
扉は開ける物では無く、開けて貰う物。天井に張り付き、行き来する人と一緒に移動する。ピアニーよ、これがプロの暗殺者だ。
皇帝以外に護衛の騎士が2人と報告に来た外交官1人……ね。
「――陛下、パープルニアからの大使が面会を求めております」
「またか……何度来ても同じだと言うのに……だが無下にはできん――」
パープルニアからの大使……リコリスを目撃したリノが俺の手元に戻って来た事で、情報が伝わったと向こうも急いだか。
リッチであるリコリスは他国にまで動けない……故に俺の勝ちだ。
「『隔離結晶』」
「なっ……!?」
「「「陛下っ!」」」
ピアニーには気配を消したまま待機させて、俺は皇帝以外の3人を結界の外に弾き出す。
「つ、月島殿……!?」
「久しぶりだな、皇帝陛下。何やらパープルニアの大使とやらが来ているみたいだが……皇帝陛下は俺と話すより、大使とのお話の方が大事だったりするのかな?」
暗に、ブライトタウン敵対の話しに賛同するのかと聞いてみる。
「貴様! 陛下に近寄るな!」
「止めよ! お前達も剣を仕舞え!」
俺を賊と認識した外交官が吠え、騎士たちは結界を破ろうと攻撃して来ていた。
「滅相も有りません……ホワイトールはブライトタウンと敵対など致しませぬ。それを和平を破棄せよと言い寄られて困っていたのです」
やはり皇帝は俺と敵対したくないらしい。それを臣下にも伝えている。
「……そうか」
俺が隔離結晶を解除すると、皇帝はホッと溜め息を吐いた。
「『結界障壁』」
「――! ……貴様ら、これは何のつもりだ……!」
俺が隔離結晶を解いた……それを見て護衛の騎士2人が――皇帝に斬りかかった。
外交官は目を見開き、俺に守られた皇帝が発した言葉には怒気が発せられていた。
「弁明があるなら申してみよ……!」
「こ、これは……」「……そ、そやつです! 叡智の王に操られて――」
「――なら、なぜ俺が皇帝を守っている……そもそも俺が皇帝を殺したいなら、最初に姿を現す必要すらないだろう」
「そ、それは……」「……ぼ、謀略です! 我が国を内側から破壊するための――」
「――話にならないな……――ピアニー、仕事だ」
ピアニーは、片方の騎士の首に投剣が刺さると同時に、手持ちナイフでもう片方の首を刈った。
「……月島殿……これはいったい……」
「パープルニアがレッドリアの残党の吸収を終えた。ブライトタウン相手に戦った同志であるホワイトールも仲間にしたいが……その為には邪魔な者が居る……という事だろう」
「「――!」」
「俺はその可能性を危惧しに来たんだが……此処まで毒が浸食してるとはな」
「――デノール! 今すぐパープルニアの大使を追い返すのだ!」
「はっ!」
外交官は部屋から退出して行った。部屋に残ったのは俺と皇帝、ピアニーの3人だ。
「先ぶれ無しの非礼は詫びよう……だが出せばタイミングを合わせて殺されると判断した。俺としてもあんたに死なれては困るんだ――此処を更地にしないといけなくなる」
「――――……この度は……味方して頂けると思って、よろしいでしょうか……?」
「味方では無い……が、敵でも無い。利害は一致したから協力はしてやる」
「……お力添え感謝いたします……」
「……座って話が出来る場所はあるか? 詳しく話す。ミルアグナとアルビナを呼べ、この2名の忠誠心は揺るがない」
国内に居る敵と味方について教えておかないとな。




