リノの心霊探検隊 後編
リノちゃんと共に倒れているゾンビの体へと近づいた。
「――ん。『ホーリーボール』」
そうして、成仏しきれていない屍骸を全て成仏させた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
『――みんな……どこに行ったの……?』
それは唐突に、人の気配のしなかった建物からフッと現れた。
『……みんな……居なくなっちゃったの……? あぁ……ぁあぁああああ! 私のせいで……っ……私のせいで……っ!』
それは確かに少女の幽霊だった。でも少し変わった点がある。
「……少女の幽霊って魔族だったの……?」
『――!? 誰っ!』
少女が勢いよくこちらを振り向いた。
その目には悲しむ様な、憎む様な、絶望した様な、複雑な感情が現れていた。
『貴女達が……みんなを消したの……どうして……っ……どうして! 殺すならっ! 魔族の私だけで良いじゃない!!!』
「消したんじゃない……滅びた肉体に留まるしか出来なくなった魂を、成仏させただけ」
『成仏……? じゃあ…………村のみんなは……!』
「……天へと旅立った。私はみんなに貴女を……リリーを任された――おいで、リリー」
『うぅぅうううぁぁあぁぁぁっ……ぁあああぁぁああああああ!!!』
聖母だ……! 聖母が居る!
とても11歳とは思えない母性! そして一人称が『私』のリノちゃんに違和感っ!
……21歳私、リノちゃんに母性で負けたりしてないよね? してないよね……?
少女の幽霊こと、リリーちゃんの今の種族はレイスらしい。
リリーちゃんがレイスになったのは三年半前、レッドリアがこの村を攻めて来たそうだ。
理由は魔族であるリリーちゃん一家を匿っていたから。この村はギリギリパープルニアの領土に入るらしい。他国の村を滅ぼして御咎めが無かったって事は、パープルニアの許可の下行われた可能性がある。やっぱりパープルニアはブライトタウンの敵国みたい。
レッドリアの兵士達はリリーちゃん一家を磔にして、長い時間苦痛を味合わせた後、火炙りにしたらしい。
リリーちゃんは炎の熱さと磔の痛みに逃げ出したい一心で、死ぬ直前に幽体離脱に至ったそうだ。そしてその目で見た、村のみんなまで兵士に殺されていくところを。
村は最終的に焼き払われ、村のほとんどは焼死……では無く、煙による一酸化炭素中毒だった様で、身体は五体満足のままの死体が多かった。
レッドリアの兵士達は焼き払った後、燃え尽きるまでは残らずそのまま国へと帰った……その結果、死体は処理される事無く残り続け、ゾンビ化した者が多かったらしい。
ゾンビとなった者達は、人の滅多に訪れない辺境の村故に、今まで通りの生活を送っていたそうだ。
日の光がある内は外に出る事の出来ないレイスのリリーちゃんは、夜にみんなに謝罪して回ったそうだ。
だけど村の者でリリーちゃんを責める者は居なかった。みんなに受け入れられたリリーちゃんは夜限定だが、村の者達と一緒に暮らしていた。
そんな生活が終わったのはつい最近の事、4人組の冒険者達がレベルアップの為と、村を襲った。
日の出ている時間だった為、リリーちゃんは建物から出る事が出来ず、ゾンビとなった村人達が再び殺される所を見ている事しか出来なかった。
そして冒険者達が全てのゾンビを倒して帰った夜から、リリーちゃんは毎夜泣きながらゾンビの体一つ一つに謝って回ったそうだ。
私のせいなのに、私だけ残って、2度も死ぬ苦しみを味合わせてごめんなさいと。
リノちゃんが聞いた村人の声は、村の人達は煙で死んだ為、呼吸がしにくい事以外の苦しみは無かった。ゾンビになった後は痛覚が無かったので痛くも無かった。リリーちゃん程の苦しみは味わっていない、だから謝らず、そして泣かないで欲しいと。
これを聞いたリリーちゃんは号泣した。そりゃ泣くよね。
霊体……魂そのものに会話の術は無く、リノちゃんのスキル『意思疎通』でようやく話ができるらしい。レイスのリリーちゃんでも霊体の感知は出来ても、会話は出来ないみたい。私は霊体が居る事すら分からなかったけど。
「リリー、独りは寂しい。一緒に来ない?」
『え、でも……私は……村の皆さんには許して貰えたのかもしれませんが……まだもう1人……親友だったニンファーちゃんって子に、謝れてないんです……』
「「ニンファー?」」
『……え?』
「……その子って三つ編みハーフアップの茶髪で、胸大きめ、身長高めの子?」
『ニンファーちゃんを知ってるんですか!?』
知ってます……マリンちゃんと3人で良くお祈りを捧げてる仲です。
リリーちゃんと歳変わらないなら……ニンファーちゃんてまだ19歳なの!? 私より2つ下じゃん! 落ち着き過ぎでしょ!
リリーちゃんは三年半前の15歳の姿のままらしい。
世間って狭いなぁ……
「パパの部下」
「リノちゃんのお父さんが国王を務めるブライトタウン王国のお城で、使用人をしていますよ」
『リノさんのお父さんは国王!? リノさんは王女なのですか!?』
「うん」
リリーちゃんが跪いちゃった……レイスになっても人間的な所は変わらないんだね。
『ご無礼致しました!』
「立ちなさい、リリー」
『はい!』
「気にしない、普通にして」
『えと……』
「私の召喚獣になりなさい」
『は、はい! ……はい?』
リノちゃんは契約前の意思疎通の体勢に入ってる……レイスも扱いはモンスターだもんね。
『――だ、駄目ですよ! 私は元魔族でレイスです! 迷惑が――――――ケルベロスやラミアも居るんですか!? ――――』
……リリーちゃんはそのまま声に出しちゃってるね。
あ、終わったみたい。
『うぅ……リノさんはかなりの強引です……』
「ん、慣れて。ニンファーとは何時でも会える。配属先はパパが決める」
『国王様もまた強引な方なんですね……』
肩を落とし気味のリリーちゃん。最初に比べてだいぶ明るくなった。
元気になった様で良かった。
目的は達成できたし、早い所帰らないと、氷河先輩やお母様が心配――
『――おや、こんな所に人が居るとは珍しいですね』
「ひっ!」「……ん?」
『だ、誰ですか……?』
『これは失礼。私、リッチです』
アンデッド系モンスターの頂点……リッチ。
幽霊であるレイスに対し、リッチは屍。見た目も怖いけど実力も高い。
『同じアンデッドのレイスが居るとの噂を聞いて来てみたのですが……元魔族ですか……期待外れでした』
「む」「リノちゃんっ」
『そちらのお嬢様達は何故、元魔族のレイスと一緒に居られるのですか? モンスターとなってしまった私には関係ありませんが、貴方達は人間でしょう?』
「私達の国は人間も魔族も一緒に暮らしてるんです」
『おや、ブライトタウン王国の方でしたか。実は私は生前に、氷河王のお世話になりましてね。ご関係者ですか?』
「……? パパの知り合い?」
『――イレギュラーの娘ですか』
態度が急変して――! 不味いっ!
『「サイクロン」』「『ブリザードストリーム』」
『魔法剣士ですか……あの男と同じ……癪に触りますね』「リノちゃん! リリーちゃんを安全な所へ!」
『「グレイシャー」』「『フレイムトルネード』」
不味い……相性でどうにか凌げてるけど、魔法は向こうの方が強い……!
『「トルネード」』
威力を下げて来た……? MPの温存――違うっ!
私のフレイムトルネードに重ね合わせて来た……っ! 火災旋風――!
『「テレポート」』「『アイスボール』!!!」
リノちゃんと竜巻の間にMPを全て注ぎ込んで上半円の巨大アイスボールを作る。
相殺は不可能……なら! リノちゃんだけでも守って見せる――!
MPを全て注ぎ込んだと同時に……身体が熱風に包まれた――
――――――――――――――――!!!!!
「―――……? ―! ―――!!!」
何も見えない……真っ暗だ……それに、何も聞こえない……
ああ、でもこの温もりは覚えてる……私の手を握ってくれたリノちゃん温かさだ。
リノちゃんを……守れたんだ…………良かった。
「―――――…………―――、―……」
「―――! ……―……―――!!!!!」
ちゃんと……喋れたかな……
……自分の技が、原因で……リノちゃんを、危険に晒すなんて…………最後まで、情けなかったなぁ……――――
『――愚かですね。他人を守り、我が身滅ぼす……とても理解し難い』
生かした所で何も無いでしょうに。騎士と言う生き物はやはり意味が分からない。
『「テレポート」』
「………………」
『さて、貴女にも死んで貰いましょうか、イレギュ――』「――『サモン』」
なっ……んです、この幻獣の数は……っ!
「『――我が使い魔達に主が命ずる――」
『イレギュラーの娘もイレギュラーという事ですか……!』
「――そいつを、叩き潰せ――』」
くっ……! 正面からユニコーンとナイトメアの突進、下からはアルラウネの蔓、上はグリフォンとハーピーに挟まれ、左右にケルベロスとラミア……後ろにまだ4体控えてる事を考えて……無理ですね。
『此処までですね……「テレポート」』
「…………っ! うぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁああああああああ――――――――――!!!!!」
私でも怖気づく程の殺気と怒気……でも、今はそれよりも――
『っ……! リノ! ほたるを早く水奈の所に連れて行くわよ!』
ほたるの欠損状態が酷い……全身の皮膚が焼けただれ、顔や髪まで……下手すると内臓の器官もやられてるかもしれない……早くしないと手遅れになる……!
「――ユリ! ほたるの気管を確保して他を外気に触れない様に包み込んで! キュー! ユリとほたるをメアから落ちない様に結んで! メル! メア! 全速力!『ホーリーボール』!」
リノはメルに乗って、ほたるとほたるを包むユリはメアに乗って北へと向かった。
真っ暗で視界の先が見えないと空間移動は逆に危険……聖魔法で明るくしても見えるのは数メートル先……時間的タイミングは最悪ね。
『……これ、うち達はどうなるの~?』
『リノが帰国すれば呼び出されるでしょ。仮にリノがほたるの事で頭一杯になってても、ボスが気付くわよ』
リノが帰って来てないとなれば、ボスは寝てない筈。
ボスの千里眼の範囲にさえ入れば、水奈とほたるがすぐさま呼び出されて、治療に当たる筈……ボスも間違いなくキレるわね……今日は機嫌良かったのに……
『ホントムカつくわねあのリッチ。みんな、周囲の警戒を怠らないで。これで私たちまで怪我したら、リノが怒りに呑まれるわよ』
『怖かったね~リノちゃま。まるで獣の咆哮だったよ』
『リノ様もやはり氷河様の子、素晴らしい命令でした』
あの時の命令……怒気を含んだ王者の言葉……主権限を使われなくても思わず従いそうになる程の圧力……とても11歳の子供とは思えないわ。
『末恐ろしいわね。成人する頃にはどうなるのかしら……さっきのが初めてでしょ? リノが主権限を使うの』
『……また……っ……また……私のせいで……』
この子は……レイス……? ゴースト程喋りがお粗末では無いわね。
『貴女、名前は?』
『……リリーです……っ……ごめんなさい……っ……ごめんなさい……っ……私のせいで、ほたるさんが……』
『落ち着きなさい、リリー。ほたるはまだ死んでないわ。ボスがそんなの許す訳無いもの、何としても助けるわよ……そんな端じゃ危ないわよ。ほら、来なさい』
『……っ……ごめんなさい……』
まったく世話が焼けるわね……私は子守も得意じゃないのよ? 今回限りでお願いしたいわ。




