弥生ほたる
最初は単純に羨ましかった。
見知らぬ異世界、家族や知人とはもう会う事が出来ず、顔を合わせる事が出来るのは出会って4ヶ月のクラスメイト達だけとなってしまった。
他のみんなも同じくそうだったが、水奈ちゃんだけは違った。
忘れ物を届けに来てくれる優しいお兄さんが、巻き込まれて一緒にこっちの世界に来たからだ。
水奈ちゃんが戦闘員組に入って、ダンジョンへ向かう時、月島先輩は必ず水奈ちゃんの頭を撫でていた。そしてダンジョンから帰って来た時は出迎えていた。
行って来いと送り出されて、お帰りと出迎えられる。元の世界では私も家族にして貰えてた事だったけど、この世界では出来ない事。頭を撫でて貰うなんて、周りには同い年のクラスメイトしか居ないから……して貰おうと思える人など居なかった。
水奈ちゃんが羨ましかった。
訳も分からず連れて来られ、戦う事を強要される世界で……年上の人が居る安心感を、私も欲しかった。
水奈ちゃんだけでは無く、如月さんが撫でられるのを見た時、その思いはより大きくなった。
如月さんは水奈ちゃんや月島先輩と幼馴染らしいが、だとしても羨ましい、いやズルい。
王宮には騎士さんやメイドさんが居て、年上の人達ばかりだったけど仮に彼らに撫でられたとしても安心感など得られない。私達をこんな目に遭わせたのは彼らだ。求められているのはスキルと戦闘力……戦闘系スキルなのに戦わないのは勿体無いと言われた。
月島先輩が水奈ちゃんの心の支えになっている事は見て分かった。月島先輩の包容力は他の男子とは段違い。日坂先輩が居ればまた少し違ったかもしれないが、前線に行ってるらしく初日以来見ていない。
私はどうしても撫でて貰いたくて目で追ってしまっていた。そして勇気を出して撫でて欲しいと告げたら撫でてくれた。
凄く嬉しかった。でもそれが原因で月島先輩がパンチされてしまって……申し訳なくなった。
それからは合う機会が少なくて、前の事もあって頼みずらくなってしまった。
でも頼めばよかった。それから数日後に月島先輩は水奈ちゃん、如月さん、神奈ちゃんを連れて居なくなってしまった。
話しによると危なくなった所を助けられたけど、奴隷になる事を迫られ、奴隷になった三人だけ連れて行ったらしい。前線にいる筈の日坂先輩も居たそうだ。
私は戦闘組にならなかった事を後悔した。もし私がその場に入れたら……奴隷になってでも付いて行きたかった……
残ったメンバーはお通夜状態だった。馬鹿にしてた相手に命を救われた男子たち、纏め役の水奈ちゃんとフォローの神奈ちゃんも居なくなって、クラスは纏まらない。王国側もきな臭くなり始めて不安だらけだった。
それから二十日後、転機が訪れた。クーデターが起きたらしく、日坂先輩が私たちの保護の為奴隷になって欲しいと話を持ち掛けた。今度は積極的になると決めた私は、日坂先輩に月島先輩の奴隷になりたいとお願いした。了承して貰えた。
久しぶりに見た月島先輩は、統率者みたいでカッコ良かった。希望の仕事は、月島先輩達が住むお屋敷に出入りが出来る、お世話係を希望した。
顔合わせに呼ばれた時は驚いた。お人形さんみたいに可愛い子だとは思わなかった。
養子って言ってたけど、少し話しただけでも月島先輩に……氷河先輩に懐いてるのがよく分かった。
急に氷河先輩に手を掴まれた時はびっくりした、リノちゃんに咥えられて更にビックリした。
でもそれ以上に衝撃な出来事が翌日に起きた……氷河先輩が私達を置いて居なくなったのだ。
引き止めようとした日坂先輩、神奈ちゃん、如月さんは氷河先輩に負け、リノちゃんがママと呼んでいた人を連れて2人で行ってしまったらしい。
氷河先輩にもきっと理由はある。この為に私はお世話係に任命されたのかもしれない……でも……でも、これはいくら何でも酷すぎやしないだろうか。
リノちゃんは養子だと言っていた。本当の両親と離れ離れになっていると言うのに、義理の両親まで離れるなんて……
事実を伝えた時、リノちゃんは怒る訳でも泣く訳でもなく、悲しげな目をして「そう……」と呟いた。私は我慢できずに泣きながら彼女を抱き締めた。
5歳の女の子がして良い目では無かった。
この子に……この子の為に私が出来る事は何だろうか。分からないけど、出来る事はしてあげようと思った。
元気の無いリノちゃんにひたすら構った。うざがられる時もあったけど、めげずに声を掛け続けた。呆れられると言うか、諦められたのか、相手してくれる事もだんだん増えて、笑ってくれる事も増えた。
リノちゃんの召喚獣のキュアちゃんは進化するとワイバーンになるらしく、リノちゃんは度々レベルアップさせに行こうとしていた。でもいくらリノちゃんが魔法が使えるとは言え、1人では危ない。誰か強い人と一緒なら良いけど、神奈ちゃんと如月さんは氷河先輩に負けて以来ずっとスキルアップとレベリング、実戦練習に力を入れている。日坂先輩はもっと顕著で、冒険者の方々との交流を増やしながら、睡眠時間を削って戦闘訓練も行っている。誰かが止めないと寝ない時もあるぐらいだ。
水奈ちゃんはそんな無茶する人達の回復作業をしている為、お願いは出来ない。
だから、私が強くなろう。私が強くなって、リノちゃんを守ろう。
あまり剣なんか持ちたくないし、戦いだって好きじゃない。でも10歳年下の女の子が強くなろうと戦ってるのに、私が逃げる訳にはいかない。
出来る事はするって決めたから――
地面に倒れる、力が入らない……でも立たないと……認めて貰わないと私は――
「――どうしたほたる、別の専属が付いてリノと仲良くしてる所を、遠巻きに見ていたいのか?」
嫌だ……それは嫌だ……5年間ずっと一緒に色んな事して来たのに……今更一緒に居られなくなるなんて嫌だ……っ。
「……俺の言葉に逆らえない…………お前らの絆はその程度だったのか?」
「――――――」
『ほたる、行くよ』『レモンたべたい』『おんぶ』『ほたる、欲しいの……お願い』『メル、ティムした』『ナイス、ほたる』『……似合う?』『リノ、お姉ちゃんだから』『ほたる、それは違う』『……ありがと』
『ん。また明日』
「――……待って……下さい…………私は構いません……でも、私を思ってくれる、リノちゃんを……馬鹿に、しないで下さい…………」
「……ようやく素を出したか」
膝を付き、疲労で荒くなる呼吸を抑えながら言葉を絞り出したら、
不意に、頭を撫でられた。
「呆れたもんだ。引き金は自分の思いでは無く、リノの思いとはな…………ほたる、それがお前の譲れぬ物だ。ゆめゆめ忘れるな」
「え……と……」
「合格だ。最高幹部に任命する……普段のお前も嫌いじゃ無いが、今ぐらい落ち着いてくれると有難いな」
「合格……と言う事は、私はリノちゃんの専属のままで良いんですね……!」
「ああ、むしろ降ろしたら俺がリノに怒られる」
「……良かった」
「おい、ほたる――」
ほたるに抱き着かれた上で泣かれた。追い込み過ぎたか?
でもここまでしないと素を出さなかったんだ。ある意味頑固だ。
ほたるが落ち着くのを頭を撫でながら待つ。後は今後も素で話せればいいんだけど。
「お前に渡す物がある」
「渡す……物ですか……?」
「ああ、これだ」
ほたるに茶色のローブ、茶色のブーツ、幸運の指輪を渡した。
カラフルローブ三点セットだ。
「安物のローブだから買おうと思えばすぐ帰るし、町の中にも真似して持ってる奴も多い。けど、俺から手渡されたのはお前を含めて12人しか居ない」
紫、赤、緑、黄色、黄緑、青、水色、オレンジ、ピンク、ベージュ、白、黒、そして茶色。
……リノもその内最高幹部になるかな……なるな。召喚獣達の総合戦闘力は洒落にならん。
あいつの芯もまた強い。俺の嫁になるって頑なだからな……そこで発揮しなくても。
席は12席埋まった。リノが13席目に入るのか……あいつなら座れそうだな。
「お揃いのローブ……! 氷河先輩! 大好きです! 結婚して下さい!」
「断る」
「即答っ!? …………ふふふ、ありがとうございます。氷河先輩」
吹っ切れた……と言うかいい感じにほぐれたな。
「リノにお礼しとけよ。お前を最高幹部にしてくれと頼んだのはあいつだからな」
「リノちゃんが……! 氷河先輩、リノちゃんを娘に下さい!」
「駄目だ、リノは俺の娘だ」
「ではお嫁に!」
「本人の同意を貰った上で、俺とフィサリスを納得させれるならな」
「お嫁は良いんですか……」
いや、そりゃ親として幸せにしてくれる男を見つけて欲しいと思うけど……本人が女性と幸せになりたいと言うなら俺は拒否できない。水奈と穂乃香を許してるからな。
でも……孫の顔は見てみたいよなぁ……リノの子だ、可愛くない訳が無い。
「お前ももう二十歳だ。そろそろ落ち着けよ?」
「……はい。落ち着いて孤児院に参拝に行きますね?」
「……俺の像に向かって祈りを捧げるの止めてくれない?」
「嫌です!」
笑顔で言い放ちやがった。
嫌です……か。反発出来る様になった事は嬉しい事だが、信者として成長するなんて思わなかった……。どうしてこうなった。
「お兄さん。弥生ちゃんに宗教勧誘されたんですが、アレ何なんですか?」
「知らん、俺に聞くな」
「なんで孤児院にお兄さんの像があるんですか? ……あ、ちょっと、出し過ぎです」
「穂乃香が作ったんだよ、壊したくないって駄々こねたから置かせて貰ってる……多い方が良いだろ」
「穂乃香作だったんですね。あまりにリアル過ぎて、お兄さん自ら作ったのかと思いました……ダメです、多いと零れて顔や手に付きますよ」
「俺は自画像作りたいと思わないし、ナルシストじゃねぇ……先に少し吸い出せば良いだろ」
「でもモデルにはなったんでしょう? ナルシ入ってますよ……初めから中をパンパンにしなければ、零れないですよ」
「モデル無しで作り上げたんだよあいつ……クリームの少ないシュークリームはシュークリームとして認めない」
「……穂乃香のお兄さん大好きレベルを舐めてました……何ですかその拘り」
料理人指導を行うに当たって弟子の神奈を呼び寄せた。
シェフには食事を作って貰うのがおもな仕事だが、デザートなども作って貰う。
俺も相当だが、神奈のデザートに関する拘りは強い。そして作る時は呼んでくれと言われている。甘いもんばっか食べてるのに神奈は体質的に太らない。ラミウムやフィサリスが羨ましがっていた。
「あの像の腕って何を表してるんですか?」
「乗った時にお姫様抱っこされる形だそうだ。でも所詮石像程度の強度しかないから、その内腕だけ取れてるかもな」
「取れた場合、腕が取れる程重いというショックを受けた上に、穂乃香と崇拝してる人達に怒られるわけですね……悲惨だなぁ」
それは確かに可哀想だ……ガタが来ていてたまたまと言う場合もあるかもしれないが、責められるのはその時乗った人だからな。
……錬金術で強度を上げておくか。なんで俺がこんな事……すべては宗教のせいだな。




