スタンス
使用人育成に当たって、俺自ら執事服を着て作法を教え込んで行く。
水奈と穂乃香は俺の執事姿に大喜びだったが、フィサリスは主が従者の真似事をしている事に対し不満そうだった。
日本的感覚を持った水奈と穂乃香は、姫として扱われる事に憧れがあるが、フィサリスは違う。
俺があいつに遜るのは、あいつの忠誠心に対する冒涜行為だ。仮にでもそんな事をすれば間違いなくブチ切れるだろう。
ただ指導の為には必要な事でもある。フォローは入れて置くか。
一度指導を終えて休憩に入る。
テーブルを囲むのは俺とフィサリス、水奈と穂乃香、そして俺の膝の上に座る結衣香である。
リノと煌輝は、両親ともに指導を行って貰っている為、うちで預かっているビオラちゃんと遊んでいる。
侍女の1人が全員分の紅茶を準備する。指導者である俺の休憩時間であって、使用人である彼女らはまだ仕事中だ。まあ、俺の指導時間以外はローテーションが組まれている為、休みはちゃんとある。
因みに結衣香にはジュースが出されている。
「なあ、フィサリス。魔法師団は作った方が良いと思うか?」
「う~ん……要らないんじゃないかな」
「え、要らないの?」
水奈が不思議そうに首を傾げた。
二十歳になってその仕草はどうなの? 凄く可愛いです。
「花形としては悪くないが、実用性が低いんだ。騎士や兵士は警備兵や護衛兵、案内人として扱える。戦闘以外に使い道があるが、魔法師団に求められるのは戦闘だけだ。そして戦闘力で言えばこの町は大国以上の戦闘力を保持している。現状そこまで必要としていないんだ」
それに魔法使い自体そんなに多いわけでは無い。
魔法使いはレベル5の魔法が使えれば国内有名人、レベル7が使えて他国に名が広まるレベルだ。
レベル9はレジェンド級だ。つまり俺とフィサリス、穂乃香がおかしいだけで、レベル7使えるってだけで貴重な人材なんだよ。
水奈もレベル7が使える……月島家は優秀な魔法師家系だな。
「ブルーゼムの宮廷魔術師次席のサーシスは全ての魔法がレベル5だった。フィサリス級の魔法使いってそうそう居ないんだ」
「末端はレベル3、幹部はレベル5、トップはレベル7使えないと作る意味無いよ」
俺、フィサリス、穂乃香を別格としても、水奈より魔法のレベルが低いとなれば、格好がつかないからな。
まあ、水奈は正しくは精霊魔法師だけど。
そういえば指揮官の1人がレベル5の魔法使えたな……でもやはり数が少ない。
「魔法師団の検討は、人口が増えて優秀な魔法師が増えたらだな。幹部候補も居ないんじゃ育成のしようも無い」
「この際、スキルレベル5以上の魔法師10人ぐらいだけでも良いんじゃない? 末端を雇う必要ないと思うよ」
「魔法兵無しか……それも悪くないな」
魔法使いに関しては鍛えて強くしてやるものでは無くて、自らの鍛錬で強くなるものだからな。技の制御の仕方を教える事は出来ても、発動は自力で至るしかない。
優秀そうな魔法使いを、スカウトして増やして行くのが一番だな。
「そういえばご主人様、ほたるちゃんは最高幹部に上げないの?」
「あ、昨日落ち込んでたよ。お兄ちゃん、ほたるちゃんに厳しくない?」
「ほたるはなぁ……あいつが俺のファンを止めない限り、最高幹部には上げるつもりないな」
「……ファン?」
結衣香とじゃれていた穂乃香が急に反応した。
俺関係の話に関して、反応早すぎだろ。
「ほたるは強くなったし、人柄も良い。努力家な所や他人思いな所も好感が持てる――だが、あいつはリノのお世話係に就任してから、一度も素で俺と話したことが無い」
「……素? キャラ作ってるって事?」
「いや、ファンなんだよ」
そう、あいつの俺に対する対応は憧れの対象と話す時のものだ。
神奈やリノ、水奈と話してる時と、俺と話してる時のテンションが明らかに違う。
無自覚だろうが、喜怒哀楽が激し過ぎるんだ。構って下さいと言わんばかりにな。
「普通に絡む分には良い。こちらとしても悪い気分になる訳じゃ無いしな。けど最高幹部としては駄目だ。最高幹部は今後の未来を話し合いを行うメンバーだ。そこにただ肯定するだけや、機嫌取り、盛り上げ役は求めて無い」
人にはそれぞれスタンスがある。俺、日坂、水奈、穂乃香、神奈、ラミウム、ロータス、フィサリス、グラジオラス、アイリス、アマリリス。これだけ思想が別々の者が集まって全員の意見が一致する事などあり得ない。
納得がいかず反発する場合もあるだろう。俺がこのメンバーの中で言い合いになった事が無いのはアイリスぐらいだ。日坂、穂乃香、神奈、ロータス、グラジオラスの五人とは一度剣を交えている。まあロータスに関して言えば防がれただけだが。
じゃあほたるはどうだ、反発する事があるだろうか? 言い合いをするだろうか?
否だろうな。だって今までほたるはずっと、拒否されたら項垂れながら諦めて来たんだから。
よく言えば物わかりが良い。悪く言えば意思が弱い。諦めの悪さで言えばリノの方が断然強い。だからリノに押し切られる。
思想が無いわけでは無い、それは鑑定で知っている。だがそれを俺の前で言葉に出して示したことが無い。言葉に出せずスキルで伝わっても仕方ないだろう。
「最高幹部が絶対服従者じゃ駄目なんだ。言われてそれをただ忠実に聞くだけなら配下と変わらない。意見を出す、反論を出す、自分の考えを主張出来て、貫き通せなければならない。あいつがそれに気付けないならずっと幹部のままだ」
「んー……でも、ほたるちゃんの性格だと難しいんじゃないかな……? だいぶ明るくなったけど、元々押しの強い子では無かったし」
「なら幹部のままだ」
つまりNO! と言えない日本人は駄目なんだよ。
確固たる自己を持て。
「――パパ」
「……なんだリノ」
煌輝とビオラちゃんと遊んでいた筈のリノが、俺の下にやって来た。
「ほたるに優しくしてあげて?」
「……こればっかりはだな……」
「パパ、お願い」
驚いた……リノが俺に頭を下げるとは思わなかった。
娘に頭を下げられたとなると、動ない訳にはいかないな。
視線の下がったリノの頭を撫でてやる。お前にこんなに思って貰えるほたるは幸せ者だな。
「仕方ないな……ほたるを一度追い込んで見るか」
「「え!? 追い込むの!?」」
「氷君は甘いね~」
甘いか……そうかもな。
俺は弟子にはどうも甘いのかもしれん。
町からやや離れた荒れた大地。
もともと何にもない所に作ったから、町のすぐ外は殺風景である。
暴れても問題なさそうなスペースを確保した俺は召喚術でほたるを呼び出した。
「わっ……あ! 氷河先輩! お呼びですか!? ここは何処ですか!?」
「町から少し離れた所だ」
(ふ、2人っきり……! こんな人気のない所で……――)
「そう言うのじゃない」
「夢ぐらい見させて下さい!」
肩を落として項垂れてる。
やっぱり面白いよな、ほたる。俺はこのキャラ気に入っているんだが……
「ほたる、お前最高幹部になりたいか」
「――! はい! なりたいです!」
「そうか……」
なら……そのままじゃ駄目だな。
「――剣を抜け」
「え? ……訓練ですか?」
「ああ、模擬戦だ。俺の納得のいく結果を出したら最高幹部にしてやる」
「――! 本当ですかっ!?」
「但し、届かなかった場合――リノの専属から外す」
「――――――」
降りても良い、代わりに最高幹部になるチャンスはもう廻って来ない。
「お前の覚悟を俺に示せ、弥生ほたる」
「…………分かり、ました……!」
ほたるが剣を構える。俺は錬金術で腕を生やし、剣を構える。
剣は2本では無く1本しか持たない、だがほたるは俺が腕を生やす事の意味を知っている。
俺が本気で臨むと言う事だ。手は抜かない、甘えは許さないという意思表示だ。
ほたるに掛かるプレッシャーは相当だろう。今も剣を持つ手が微かに震えている。
さて、ほたるの本気を見せて貰おうか。
「――来い」
「――はい!」
ほたると剣の打ち合いを重ねる、やはり戦闘力としては十分に付いた。
スパルタ指導の賜物だな、ロータスの後釜に入った副騎士団長、ダリア並の力はある。
問題は精神か……俺のスパルタを耐え抜く強さはある。だが譲れない事を優先できない所が駄目だ。
リノと離されるかもしれないのに嫌だと言わない。思っているだけだ。今のほたるを仮に俺が専属から外したら、泣くだろう、絶望するかもしれない……だが俺に縋りはしない。
俺の決定は絶対で逆らってはならない……そんな考えがほたるの中にあるからだ。
それじゃ駄目なんだよ。
リノなら絶対拒否するぞ、専属はほたるしか認めないとあいつは言う。ほたるの為に頭下げる程だからな。俺におねだりする事はあっても、頭を下げたのは初めてだ。
「ほたる、お前何の為に剣を振るう?」
「何の、為に――?」
「そうだ、何の為に強くなったんだ?」
「それは……くっ……リノちゃんを、守る為に――!」
「リノを守ろうと思った切っ掛けは?」
「リノちゃんの……っ! ……お世話係を任されて……!」
「リノのお世話係を希望した理由は?」
「それは…………その……」
「ああ、俺への憧れだな。でもあの頃のお前は戦いを嫌い、故に俺もお世話係を命じたんだ。護衛じゃ無い。戦う事を嫌がってたお前が、戦う決意をしたのは何時だ?」
思い出せほたる。お前の――根柢の話だ。




