暗闇の時間
水奈が泣いている……誰だ水奈泣かせたのは。良い度胸だ。
いや、水奈だけでは無くリノも……それに穂乃香とフィサリスは酷い顔をしている。
全員が喪服を着ている……これは葬式か?
だがフィサリスだけでは無く、穂乃香まで涙が枯れ果て、やつれた顔をしてるとなると……
……もしかしなくてもこれは――俺の葬式か……?
「…………夢か……」
不吉な夢を見た。良い目覚めとは言い難いな。
昨日の戦争……いや、暗殺を仕掛けられたせいか? 後で八つ当たりにでも行くか。
俺がもし死んだら……問題があるのは外交ぐらいか……?
トップに日坂を据え、人員の採用はラミウムに任せる。戦力はフィサリス、ロータス、グラジオラスが居るし、孤児院はアイリスが居る。助産師も俺以外で確保できたし、治療類は水奈が居る。
外交も日坂にラミウムを付ければ不可能では無いだろう。実質この町は俺が居なくても回る事には回るんだ。
だが、それはあくまで町の維持であって、成長や発展となると難しい。
俺が今行っている仕事をそれぞれに分担させるとなると、1人当たりの仕事量が増えすぎて他に手が回らなくなってしまう。手が回らない状態で無理に規模を大きくしようとすれば、発展は愚か衰退を辿ってしまう。
つまり俺は……少なくてもこの町が安定し、発展し続けて行く軌道に乗るまで……あとを任せれる後継者達を育成するまでは、死ぬわけには行かないか。
「ん、ご主人様。起きたの?」
「ああ。お前は相変わらず睡眠時間が短いみたいだな」
「もう慣れみたいなもんだからね~」
牢の中で過ごしていた事による生活リズムの崩れ。そして俺と過ごした半年間は睡眠時間3時間が基本だった為、フィサリスは短い睡眠時間で十分な体質になってしまった。
それは起きていられる時間が長いと言う利点であり、他人よりも夜が長いという欠点でもある。
周りが寝静まる中、1人ただ暗闇を見続ける時間が出来てしまうのだ。
それはそれとして。
「なあ、俺の腕を胸に挟んでいる事に関しては良いとしよう。だが俺の手の甲に股を擦り付けるのはアウトだろ。指一本動かせねぇだろ」
「動かしても良いよ? それに穂乃香ちゃんもしてるじゃん、私だけじゃないよ~」
良くねぇよ。
確かに穂乃香もしている。一度起きた際に俺の腕を胸に挟み込み、指を入れてから寝やがった。こちらも動かせない。
だがそちらは義手の為感触までは伝わって来ない。穂乃香がモゾモゾと動くたびに、微かに水の様な音が聞こえるのは気のせいだ。
フィサリスが挟むのは左腕。つまり義手では無い俺の腕だ。感触がリアルタイムで伝わって来る。
もしこれで俺の息子が反応してみろ、俺の上で眠る水奈の下腹部を押し上げてしまう。
これで水奈が動いて入りでもしたらどうする。両腕拘束されてるのに睡姦とかシュール過ぎる。
よって俺は左手も動かさない。動かざること山の如し。
「……ご主人様はずるい……弱点ばっかりピンポイントで突かれるから気持ち良過ぎる……でもそれ以上に幸せ過ぎる。幸福で頭いっぱいになって、またして欲しくなっちゃう……1回この幸せを知ってしまったら抜け出せなくなっちゃう。一種の中毒だね」
「人を麻薬みたいに言うな。お前は抜け出したいのか?」
「ヤダ。私はもうずっとご主人様に溺れておく」
フィサリスは俺の腕に強く抱き締めた。
この可愛い年上の妻を抱き締めたい所だが、両腕動かせないため何も出来ない。
キスだけでもしたい所だがそれすらできない。フィサリス、顔をもっと近う寄れ。
「お前は愛され過ぎると穂乃香や水奈みたいに、戦場から遠ざけられる……人殺しを禁止させられる……だから愛されるのを躊躇っているな?」
「…………だって、私はご主人様の従僕だから。ご主人様が戦ってるのに、私だけ守られてるなんて耐えられない……ご主人様の愛は私にも向いている……それだけでも、私は幸せだよ?」
「ああ、お前は緩い様でも主従関係は徹底している。それはお前の望む事であるから、俺もそうしている」
そうだ。フィサリスとは夫婦でありながら、従者と主の主従関係でもある。
だが、しかしだ。
フィサリスを重力魔法で少し浮かせて顔を近づけさせる。
「それはそれ、これはこれ。俺からの愛を少量しか受け取らないで良い理由にはならない。勝手に線引きを作るな、俺はお前を愛する事に手を抜いてなどやらない――」
「――~~~~!!!」
フィサリスの口内を蹂躙する。生意気な従者にはお仕置きだ。
「――……っ……はっ……はっ…………ご主人様、反則……」
「蕩けた目して何言ってやがる…………覚えてるか? 今でこそ光の灯った目をしてるが、魔人族領に居た半年間は、俺もお前も、仄暗く濁った人殺しの目をしてたんだぜ」
「…………そうだね」
「俺はそんな目を穂乃香や水奈にして欲しくない。だからこいつらには人殺しはさせない」
「うん……私も2人にはそうなって欲しくないかな」
「じゃあ、フィサリスなら良いのか? 既に人を殺した事あるから? それは違う。俺は出来る事ならお前にも人をもう殺してほしくないと思う。さっきみたいに乙女な目をしてればいいと思う」
「お、乙女な目なんてしてない! 乙女なんて歳でも無いよ!」
「だがお前に人殺しを禁じると、信じて貰えてないとか言い出すだろ? 必要とされてないと思い始める、従者としての忠誠心故にな。でも他2人にさせてないのにお前にだけさせてるのを、自分は2人程愛されてないからだと解釈する。心の片隅で俺に大事にされてる2人を羨んでるだろ」
「………………」
矛盾してるんだこいつは。
そもそも妻であり従者である事が矛盾している。
俺の左目でありたい、故に戦場に立たされない、人殺しから遠ざけられるなんて事はあってはならない。俺のする事を、俺の手先として動く従者なのだから。
でも俺の妻である心が、俺に大切にされている水奈と穂乃香を羨んでいる。
家族となって見た時に自分が一番大切にされてないのだと感じてしまう。
全く難儀且つ我が儘な奴だ。
「お前は俺の左目だ、俺の一部であるが故に人を殺す事も許可する。だが同時にお前は俺の妻である、なら余すところなく俺の愛を受け取れ。理解しないなら理解できるまで教育し続けるからな」
「あー! もう、分かったってばっ! ……ぅぅうううううぅぅ! ずるい! ずるいずるいずるい! 幸せで文句言えないじゃん…………ばか」
顔を真っ赤にして拗ねる様に顔を背けた。だが俺の腕を抱き締める力は強まった。
俺はスキルでどのくらい思われているのかを知っている。でもこいつらは態度で表し、言葉と行動で示さなければ、本人の受け取りと実際の思いとの差が生まれる。
フィサリスは思いを渡すのは得意なくせに、受け取るのが下手なんだ。願望はある癖に、甘えるのが下手。だから俺は容赦なく攻めて行く。
フィサリスに顔を合わさせて啄む様なキスを繰り返す。
年上のお姉さんとして余裕を見せたいけど、顔が真っ赤でそれが出来ない。そんな所がまた可愛い。
しばらくキスを繰り返した後、フィサリスは仕返しとして俺の手の甲に股を擦り付け始めた。そっちは駄目だって。
「そういえば、あの暗殺者はどうしたの?」
「奴隷にして客間に寝かせた」
「奴隷にしたんだ……酔ってたとは言え、暗殺者が来た時点で服は着るべきだったね」
そう酔っていた。あからさまに酔っていたのが水奈と言うだけで、俺もフィサリスも穂乃香も酔っていたのだ。まあ、ピアニーには隠す意味が無いのもあったんだけど。
「でも、見られて興奮してただろ?」
「うぅぅ……でも見られて良い物では無いよ!」
自身が蕩けてる所や、喘いでいる所、俺の裸も見せたくないか。
俺に腕がもう一本生えないか? 今すぐこの嫁抱きしめたいんだが。
そうして、俺とフィサリスの長い様で短い2人の夜は、もう少し続いた。




