我慢
住民総数が1万人を超えた。
金回りの良いうちの町で支店を出したいと、チェーン店が多く進出し、どんどん増えて行った結果、もうちょっとした都市並みにこの世界で有名な店が立ち並んでいる。
しかも人間側のチェーン店と魔族側のチェーン店、両方ともうちの町限定通貨で取引されている為、人間が魔族の店を、魔族が人間の店を唯一使う事の出来る町となっている。
魔族も元を辿れば人間なのだから好みにそう違いは無い。しかし完全に離別したまま発展を遂げた為、互いの領には無い目新しい物を見る事が出来る。
魔族の店を気に入ってしまった……しかし自分は人間だ、この町でしか利用できない。
人間の店を気に入ってしまった……しかし自分は魔族だ、この町でしか利用できない。
そうだ! この町に住もう! ……なんて言うのが割と居るんだ、独身は。たまに家族連れでそれを行う所もある。
この経済効果を知って、うちも支店を出すぞー! が増えるから、人も増えるし店も増える。
商業ギルドはこのチャンスを見逃せなかったのか、人間側、魔族側共に支部をうちの町に設立した。互いの取り分領分の話も俺立ち合いの下行われ、無事纏まった。
今までは月島証券が全て管理していた物を、2つのギルドを間に挟む事になった。
なったとは言え、大元は月島証券であり、ギルド職委員が俺がやっていた作業を肩代わりするような物だ。働くから金をくれと言う話である。構わんよ。
人材不足過ぎて町長の過労死が予測され始めていた頃合いだ、向こうから労働力を作ってくれるのなら別に構わない。
冒険者ギルドの方も話が簡単に纏まれば有難いのだが、こっちはまだ難しそうだ。
冒険者ギルドが出来ればこの町に住む冒険者が増えるかもしれない……が、今のところは別に構わないし、俺も自ら仲介役をしやるつもりは無い。
だって町を守る戦力は十分過ぎる程に足りてるし。血の気の多い冒険者がやって来て、人間側と魔族側で喧嘩起こされるぐらいなら今のままで問題ない。
うちの冒険者共が、わざわざ最寄りの国の冒険者ギルドまで行くのが面倒だろうから、うちの町にも出来たら有難いかな……ってだけの話であって。無いなら無いで困っては無い。
最寄りの国からうちの町までの交通整備を、いつもお世話になっている錬金術先生に頼った所、まあ綺麗に出来まして。
住民は1万人の町だが、観光客を含めるとその倍……多い時は5万人近く町に居たりする。ザ・観光スポットである。
日坂たち治安維持部隊も忙しそうである。
だが、最近は少しずつ客足が遠のき始めても居る……と言うのも、人間族領の宗教団体がいよいよ兵力の徴収を終えたからである。
「――結衣香、お父さんは今から大事な話し合いがあるんだ。リノお姉ちゃん達と遊んでてくれないか?」
「いや! おとうさんともあそぶ!」
結衣香が俺の服を掴んで放してくれない……遊んでやりたいのは山々なんだけど、超重要案件なんだよな。
「また、今度遊んでやる。今日は我慢してくれ」
「うそ! おとうさんこんどこんどって、ゆいかとぜんぜんあそんでくれない! ゆいかたくさんがまんした! もう、がまんできない!」
たくさん我慢……させてるな。
結衣香は煌輝のお姉ちゃんだから、余計に我慢する事が増えたんだよな。
おもちゃや人形だけじゃなく、リノお姉ちゃんや水奈お姉ちゃんの取り合いもしてるからな。
「そうだな……じゃあ、今日お風呂の時に一緒に入ってあわあわにしてやる。それで手を打たないか?」
「いっしょにおふろ!? ほんとっ!?」
「ああ、ホントだ。だからそれまではリノお姉ちゃん達と一緒に待っててくれ」
「うー…………わかった……」
「良い子だ」
結衣香の頭を撫でてやる。気持ちよさそうにしている。
うちの家族はアレだよな。基本みんな頭撫でられるの好きだよな。
フィサリスは撫でられ慣れてない所があるから、たまに撫でてやると反応が面白い。
俺の従者であると主張する割に、四歳年下に頭を撫でられるのは恥ずかしいらしい。
まあ、フィサリスは年上の兄姉や、頭を撫でてくれる親的存在が居たわけじゃ無いからな。むず痒いんだろう。
俺? 俺はほら、フィアお母さんが居るから。ツンツンばっかりで滅多に無いけど、ごくまれに頭撫でてくれるから。和む。
「リノ、ほたる。すまないがよろしく頼む」
「パパ。お風呂の件、リノもね」
「……良いだろう」
ちゃっかりしてやがる。
リノはもう10歳なんだから1人でも良いだろうに。
「パパは今からお仕事?」
「ああ、かなり重要な案件だ」
「……わかった。結衣香ーおいで? お姉ちゃんと遊ぼう。キューとマリンも呼ぼうか『サモン』」
「……キュー?」
「きゅーだぁ!」
結衣香が呼び出されたキューに抱き着いた。結衣香はキュー大好きだもんな。
そしてキューと一緒に呼び出されたマリンは、リノの新たな召喚獣になったマーメイドだ。
『あの……リノ様? 水のない所に長時間居るのは辛いのですが……』
「……水槽準備しよっか?」
『あ、いえ、そうでは無く……大丈夫です、耐えきります』
水槽の中で観賞魚の様に扱われるぐらいなら、水なしの耐久を選ぶ様だ。
移動手段が無いに等しいが、遊び相手ならできなくは無いしな。
今もマリンに興味を持った煌輝とビオラちゃんが近づいてるし。
「氷河先輩。煌輝くんやビオラちゃんも見るって事は、王女様やお母様もお話し合いに参加するんですか?」
「ああ……ほたるがペナルティくらった時の事覚えてるか?」
「うっ……リノちゃん達に会えず、孤独死するかと思った地獄の三日間……忘れもしないです……」
「……おい、どこを見て話している。股を見るな目を見ろ」
「す、すいません!」
水奈の事を思ってくれた事は素直に嬉しかったし、そろそろほたるにもローブを用意してやろうと思ったんだけどな。
ファーストキスもまだなのに、一物ポッキーゲーム状態になった院長があまりに不憫過ぎて……酔っていたとは言え流石に酷すぎるので、ほたるにはペナルティを与えさせて貰った。茶色のローブを用意はしたんだが……渡すのはまたの機会だな。
まあ、あの日の女子会は、一番生々しい話をするのが水奈の時点で、まだマシだったんだろう。
水奈、穂乃香、フィサリス、ラミウムで酒交えて行った場合、内容がヤバい。恐らく一番生々しく無いのが水奈。
「……戦争が始まる……最高幹部全員に招集を掛けた」
「…………氷河先輩、私呼ばれてないんですが……」
「お前は幹部ではあるが最高幹部には一歩足りん。その内リノの方が先に名乗り上げるかもな」
「そんなぁ~!」
実力は付いたんだけどなぁ……一歩足りないいんだよ、ほたるって。
……落ち着きかな。 状況判断力もラミやフィアの方が有るしな。
さて、行く前に……水は用意してやらないとな。
空間収納の中から調合用の鍋を取り出す。
「『ウォーターボール』……マリン、渇くだろうから此処に水を置いておく。適度に体に入れて置け」
『ありがとうございます……!』
「煌輝やビオラちゃんが鍋を倒してしまわない様にだけ、気を付けてくれ。……良い子にしてるんだぞ、2人とも」
「あーう」「う……」
ビオラちゃんは返事してくれるのに、煌輝が素っ気ない。
……お父さん、かなりショックなんだけど…………構ってやれてないからかな……




