怪人の村
氷河の不在中に人間族領の宗教国家が、本格的に攻めて来る可能性が高いとの事だった。
グラジオラスさんの母国であるパイシーズ王国との会談は、前々から計画されていたものの為、それに合わせて来るそうだ。
いったいどこから情報が……とも思わなくないが、人間と魔族が公式で歩み寄る歴史的瞬間な訳だから、噂になるのも仕方ないか。
村の南側を見張っていたら、本当にこちらに向かって来る武装兵の姿が見えた。
数はざっと……3000人ぐらい……? うちの村の総人数と変わらないぐらいだ……本格的に戦争でも始める気なんだろうか。
『怪人』月島氷河の不在でチャンスと見たんだろうか……舐められたものだな。
「ロータスさん、神奈、手筈通りに此処で待ち構えます」
「……日坂様。他には私しかおりませんので、神奈様を二人の時で呼んでるように、お呼びして頂いても構いませんよ」
「――っろ、ロータスさん!」
にこやかにとんでも無い事を言われた……一回聞かれてしまっているんだよな。
でも少しこっぱずかしいと言うか……二人きりの時しか名前で呼ばないというのは、お互いに決めた事なので、今は前と同じ呼び方で統一する。
ラミウムさんとフィサリスさんが戦闘に参加できないため、敵を待ち構えるメンバーはこの三人だ。
今回の指揮官は氷河では無く俺の為、相手は極力殺さないスタンスで行く。
その為、氷河なら戦闘員に含めない神奈も、本日は戦闘員として参加している。
「――日坂先輩……来ます……!」
「――皆さん! 現在この掃き溜めに怪人が居ない事は分かっています! そこに怪人の懐刀の姿は見えますがたった三人! 私達の敵ではありません! 攻め込みますよ!」
「「「「「「おおおお!」」」」」」
怪人の懐刀って俺の事なんだろうか……前に氷河と一緒に戦いに行ったからかな……
それじゃ俺が氷河の部下みたいじゃん。氷河の懐刀の名がふさわしいのは、フィサリスさんでしょ。左目って言われてるぐらいだし。
…………全く……舐められたものだ。
「『サモン』」
今日の指揮官は俺だ。氷河じゃ無い。
氷河がなら無傷での完勝を目指すため、圧倒的戦闘力を持つ一部の人しか戦闘に参加させない。口では素直じゃ無いが誰よりも仲間に甘いのはあいつだ。
だが、今回の指揮官は何度も言うように俺なのだ。
「圧倒的戦闘力では無いかもしれない……だが――うちの冒険者に弱い者など居ない!」
――総員150名を超える俺と契約を結んだ冒険者。
たった3000人に負けるような軟な鍛え方はしていない!
「総員……掛かれっ!」
「「「「「「「「「「「「うぉおおお!」」」」」」」」」」」」
「神奈様、切り込みますよ」「了解です!」
ロータスさんと神奈が先陣切って突撃して行く。
あの二人のスピードが他に比べて圧倒的に早いので、敵の先頭が早くもやられていく。
ハッキリ言って俺の出る幕ないな……仲間が危なくなった際にサモンで引き寄せるだけなのだが、恐らくその危なくなる事すら無さそうだ。
敵が寄ってきたりは……しないな……敵司令官がフリーなのに、攻撃して来ないってどういう事なんだろう。
「怪物の懐刀っ! その首、貰い受ける!」
と思ってたら、敵の中でも特に強そうな巨漢がこちらへと向かって来た。
「――はっ!」
腹部へ魔蹴術では無い普通の蹴りを入れる。
巨漢は20メートル後方へと転がって行った……加減を間違えたかな……
敵がこちらを見て固まっている……化け物を見るような目をするんじゃない。
「――流石大将だっ! てめぇら! 大将に続けぇえええ!」
「「「「「「「「「「「うぉおおおお!」」」」」」」」」」」
「……暑苦しいんですよね、うちの冒険者達……」「士気が高い。良い事です」
ステータスが高くなりすぎて加減が難しくなってきている。
そう言えば最近、久しく剣を抜いてないな……
村の東側。
子供達が育てる野菜畑の更に奥から、武装した村の者では無い人間が現れた。
「みんな! 作業を一旦中止して今すぐ協会の中へ!」
子供達をすぐさま協会の中へ避難させ、協会に近づかせない様に錬金術で作った手裏剣やクナイを飛ばして行く。
数はそんなに多くは無い……けど、守りながらだとキツイかもしれない……でも!
「死ね! この悪魔ども!」
「私達は悪魔じゃ無い! ――子供達には一切手を触れさせない!」
空間収納全開放! 今まで溜めて来た金属製ナイフを重力魔法で一斉射撃!
月島君直伝の龍だって今なら作って見せる!
「『フレイムクラッシャー』!!! お待たせしました奏先輩!」
「――! 弥生!?」
「はい! 私ほたる、並びに勇者部隊! 氷河先輩の命により見参致しました!」
「なんでほたるがリーダー風なの?」「まあ、月島先輩と仲良いからな」「いいなぁ」「でも弥生さんリーダーって締まらないよね」「ふわふわしちゃうよね」「でもリーダーやってと言われたらやる?」「「「「やらない」」」」「水奈ちゃんに頼まない?」
「皆さん私語が多いですよっ!? 敵さんが目の前まで来ているんです!」
「敵さんって言っちゃう可愛いさ」「やっぱりふわふわするねぇ」「だがおふざけも此処までだな」「美空先輩と子供達の為にも」「一丁やりますか!」
弥生のクラスメイト達が駆けつけてくれた。
話の内容は和やかだったけど、戦闘態勢に入ったら果敢に戦ってくれる。
……弥生のクラスでの扱いも何となく分かった。予想通り弄られキャラなのね。
「貴様らぁ……人間族の裏切り者風情で!」
「私達異世界人だから、人間族とか魔族とかどうでも良いのよね~……ただ、――美空先輩に手出そうとしてんじゃねぇよ賊風情が」
「子供達に手を上げようなんて、人して終わってるよね」
「アンタらの方が人間の恥さらしなんだよ」
「てな訳で――私達が相手だ」
……生前見た時は15歳だった後輩たちが、19歳になってこんなに成長するなんて……
成長していたのは孤児院の子供達だけじゃなかったんだ……
立派になったなぁ……この子達も。
村の東の方から他国の敵が攻めて来たため、そこに向かう事になった。
今日はお兄ちゃんが魔人族領へと会談に行っていて、それに穂乃香もついて行っている。
統也さんや美鈴は南から来ている大軍と戦っている為、応援は呼べない。
妊婦であるお師匠様達にも頼る訳にはいかないので、私とリノちゃんの二人だ。
リノちゃんを数に含めて良いのかな……もしもの時は、私が頑張らなきゃ。
こちらへと近づいて来る敵を発見した……すぅ…………ふぅ…………よし!
「シアド君は左をお願い! クアアちゃんは私と一緒に右を攻撃するよ!」
『「アクアストリーム」』『サンドストリーム』
魔法で武装兵を7人ほど吹き飛ばした。
しかしそれでも数が多い……っ!
「『サモン』――来て、キュア、メル、ゴウ、クー、ラミ、グルウ」
「な……ケルベロスにグリフォン……ら、ラミアだと……!? なんだこの悪夢はっ!」
『ちょっとリノ! ペットみたいな扱いしないでって言ってるでしょ! ……だから子供は嫌いなのよ』
「――ラミ、手伝って」
『――…………へぇ……貴女そんな顔も出来るのね。良いわ『子供』をして無い時の貴女になら従ってあげる』
「行くよみんな……この人達――ママの所には行かせない」
え、り、リノちゃん……なの……?
あんな怖い顔してるリノちゃん初めて見た……
頬を膨らませて拗ねたりした事はあったけど、そうでは無い静かな怒り……
この感じ……お兄ちゃんが本気で怒ってる時と似てる……冗談抜きで怖いんだよね……
お、親子って事なのかなぁ……
「『ホーリーブラスト』『テレポート』――!」
「――ぐッ!? このガキやりやがっ――っ!」
ま、魔法くらった人が、後ろに転移したリノちゃんの鞭で気絶させられた……
鞭は凄い音したし、あれホントにリノちゃんなの……? まだ9才だよね……?
「『テレポート』」
「っ! シアド君! クアアちゃん! 私達も戦うよっ!」
『了解! サンドカッター!』『ウォーターカッター!』
キュアちゃんとグルウくんが空中から攻撃して、メルちゃんとクーちゃんが地を駆けまわり、ゴウくんとラミさんが巨体を振るう。
リノちゃんのティムモンスターだけでも十分怖い。でも怒ってるリノちゃんもっと怖い。
「――おや、何やら騒がしいと思ったら賊ですかな?」
「お、お爺さん! ここは危険です! 逃げて下さい!」
「ほっほ、この老骨の身など気になさらなくて良いですよ、村長の妹君。それにティムモンスターが居るとは言え、女子供だけに戦闘を任せるなど、大人として恥ですからな。助太刀致しましょう――」
え、お爺さんが消えた……!?
「――かっ……!」
「――ふむ。みねうちでも少し切れてしまった……腕が鈍りましたなぁ」
え!? いつの間にあんな所に!? 攻撃まで!?
……無詠唱の空間転移なのかな……?
「村長のご令嬢が居る手前、流血は控えないといけませんなぁ――」
「――ぐっ……!」
「良かったですな。――ご令嬢が此処に居て」
お兄ちゃぁああああん! この場に怖い人しか居ないんだけどぉおおおっ!




